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跳ねろ、この音で
リスタートの音
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翌日の午後、スタジオの入口に立った悠人は、ドアノブに手をかけたまましばらく動けなかった。
(あいつら、来てるかな)
LINEで「少しだけ音出してみないか」と送ったのは、昨夜の深夜だった。
返事はすぐには来なかったけれど、蓮だけは「行くよ」と一言返してきた。
それだけでも、十分だった。
意を決して扉を開けると、すでにギターを肩にかけた蓮がコードをチェックしていた。
「お、来たな」
笑いながら言う声に、いつもの空気が少しだけ戻った気がした。
「……他は?」
「さっき、翼から“あと10分くらい”って。
結華は……わかんねえ。既読もついてねえし」
「そっか」
悠人はギターを取り出し、マイクの前に立った。
その姿を見て、蓮が小さく頷く。
「で、曲は?」
「まだ、カケラしかない。でも……鳴らしてみたいフレーズはある」
「それで十分」
蓮がにやっと笑った。
そのとき、ドアが小さく開いた。
「……お、早ぇな」
悠人が思わず声を漏らす。
入ってきたのは、翼だった。
「遅れてないだろ」
いつものテンポでスティックケースを肩から下ろすと、
彼は何も言わずにドラムに向かって腰を下ろした。
スティックを構えると、軽くリムを叩いてリズムを刻む。
「お前ら、音合わせる気あるなら、早く始めろ」
悠人と蓮が顔を見合わせて、笑った。
バンドが、音を鳴らしはじめていた。
ギターとベース、ドラムの音が、スタジオにゆっくりと満ちていく。
まだ形にはなっていない。
でも、確かに“音楽”の匂いが戻ってきていた。
「これ、昨日ふと思いついたコード進行なんだけど」
悠人が弾くシンプルなフレーズに、蓮がすぐにベースを重ねていく。
「悪くないな。もうちょい低音支えてもいいかも」
「テンポ、ちょっと落としてみるか」
翼がスネアをゆっくりと刻みながら言う。
悠人は、コードを弾く手を止めた。
「……なんかさ。やっぱり音って、言葉より正直だな」
「今さら?」
蓮が笑う。
「いや、まじで。
こうして音出してるだけで、ちょっとだけ救われてる気がする」
そのときだった。
スタジオのドアが、ゆっくりと開いた。
誰も何も言わずに、その方向を見た。
立っていたのは――結華だった。
帽子もかぶらず、ギターケースを背負ったまま、
少しだけ気まずそうに立っていた。
「……邪魔だったら帰るよ」
「……来いよ」
悠人が静かに言った。
結華は一歩ずつスタジオの中に入ると、
ケースを下ろし、無言でギターを取り出した。
「まだ何にもできてないけど」
悠人が言った。
「それでも、また一緒に……音、鳴らしてくれたら嬉しい」
結華はコードを差し込んで、肩にギターをかけた。
「じゃあ、ちょっとだけ聴かせてよ。その“できてない音”」
翼が「戻ってきたな」と、スティックでリムを軽く叩いた。
蓮はにやりと笑い、ベースを構える。
「よし、最初から合わせてみっか」
スタジオに、4人分の音がそろった。
はっきりと、“バンド”が戻ってきた瞬間だった。
ギター、ベース、ドラム、そして歌。
まだ言葉も、タイトルも決まっていない。
でも、4人の音が一緒に鳴るこの瞬間に、確かに“何か”が宿っていた。
「……今のコード、もう一回いい?」
結華がギターの弦を軽く鳴らしながら、悠人に声をかける。
「うん、この部分」
悠人が弾き直すと、今度は結華が同じ進行にハーモニーを乗せる。
「これ、今の流れでBメロまでいけるんじゃね?」
蓮が耳を澄ませながらリズムを合わせ、
翼もその展開に合わせてビートを少しだけ変える。
「……ああ、これだ」
悠人がふと呟いた。
「これが、ずっと出てこなかった音だ」
そこに、言葉はまだない。
でも、全員が“感じている”。
この音の奥に、まだ形になっていない叫びがある。
それを言葉にできた瞬間、この曲は“生まれる”。
「詞、まだ何もないけどさ」
悠人がマイクの前で苦笑する。
「いっそ、仮タイトルつけとく?」
蓮がふざけ半分で言うと、結華がぽつりと呟いた。
「……“まだ終わってない”でいいんじゃない?」
3人が一斉に彼女を見る。
「あたしが勝手に止めたのに、
みんな、ちゃんと迎え入れてくれたから。
だから、まだ終わってないって。……私が信じたい」
悠人は、しばらく黙っていたが――
やがて、頷いた。
「じゃあ、そのまま歌詞も書いてみる。
“まだ終わってない”――
俺たちの今を、そのまま残すみたいに」
翼がふっと笑って、スティックを構えた。
「じゃあもう一回、最初から合わせようぜ」
まだ名前だけの新曲。
だけど、その音は――誰よりも今の自分たちに、必要だった。
(あいつら、来てるかな)
LINEで「少しだけ音出してみないか」と送ったのは、昨夜の深夜だった。
返事はすぐには来なかったけれど、蓮だけは「行くよ」と一言返してきた。
それだけでも、十分だった。
意を決して扉を開けると、すでにギターを肩にかけた蓮がコードをチェックしていた。
「お、来たな」
笑いながら言う声に、いつもの空気が少しだけ戻った気がした。
「……他は?」
「さっき、翼から“あと10分くらい”って。
結華は……わかんねえ。既読もついてねえし」
「そっか」
悠人はギターを取り出し、マイクの前に立った。
その姿を見て、蓮が小さく頷く。
「で、曲は?」
「まだ、カケラしかない。でも……鳴らしてみたいフレーズはある」
「それで十分」
蓮がにやっと笑った。
そのとき、ドアが小さく開いた。
「……お、早ぇな」
悠人が思わず声を漏らす。
入ってきたのは、翼だった。
「遅れてないだろ」
いつものテンポでスティックケースを肩から下ろすと、
彼は何も言わずにドラムに向かって腰を下ろした。
スティックを構えると、軽くリムを叩いてリズムを刻む。
「お前ら、音合わせる気あるなら、早く始めろ」
悠人と蓮が顔を見合わせて、笑った。
バンドが、音を鳴らしはじめていた。
ギターとベース、ドラムの音が、スタジオにゆっくりと満ちていく。
まだ形にはなっていない。
でも、確かに“音楽”の匂いが戻ってきていた。
「これ、昨日ふと思いついたコード進行なんだけど」
悠人が弾くシンプルなフレーズに、蓮がすぐにベースを重ねていく。
「悪くないな。もうちょい低音支えてもいいかも」
「テンポ、ちょっと落としてみるか」
翼がスネアをゆっくりと刻みながら言う。
悠人は、コードを弾く手を止めた。
「……なんかさ。やっぱり音って、言葉より正直だな」
「今さら?」
蓮が笑う。
「いや、まじで。
こうして音出してるだけで、ちょっとだけ救われてる気がする」
そのときだった。
スタジオのドアが、ゆっくりと開いた。
誰も何も言わずに、その方向を見た。
立っていたのは――結華だった。
帽子もかぶらず、ギターケースを背負ったまま、
少しだけ気まずそうに立っていた。
「……邪魔だったら帰るよ」
「……来いよ」
悠人が静かに言った。
結華は一歩ずつスタジオの中に入ると、
ケースを下ろし、無言でギターを取り出した。
「まだ何にもできてないけど」
悠人が言った。
「それでも、また一緒に……音、鳴らしてくれたら嬉しい」
結華はコードを差し込んで、肩にギターをかけた。
「じゃあ、ちょっとだけ聴かせてよ。その“できてない音”」
翼が「戻ってきたな」と、スティックでリムを軽く叩いた。
蓮はにやりと笑い、ベースを構える。
「よし、最初から合わせてみっか」
スタジオに、4人分の音がそろった。
はっきりと、“バンド”が戻ってきた瞬間だった。
ギター、ベース、ドラム、そして歌。
まだ言葉も、タイトルも決まっていない。
でも、4人の音が一緒に鳴るこの瞬間に、確かに“何か”が宿っていた。
「……今のコード、もう一回いい?」
結華がギターの弦を軽く鳴らしながら、悠人に声をかける。
「うん、この部分」
悠人が弾き直すと、今度は結華が同じ進行にハーモニーを乗せる。
「これ、今の流れでBメロまでいけるんじゃね?」
蓮が耳を澄ませながらリズムを合わせ、
翼もその展開に合わせてビートを少しだけ変える。
「……ああ、これだ」
悠人がふと呟いた。
「これが、ずっと出てこなかった音だ」
そこに、言葉はまだない。
でも、全員が“感じている”。
この音の奥に、まだ形になっていない叫びがある。
それを言葉にできた瞬間、この曲は“生まれる”。
「詞、まだ何もないけどさ」
悠人がマイクの前で苦笑する。
「いっそ、仮タイトルつけとく?」
蓮がふざけ半分で言うと、結華がぽつりと呟いた。
「……“まだ終わってない”でいいんじゃない?」
3人が一斉に彼女を見る。
「あたしが勝手に止めたのに、
みんな、ちゃんと迎え入れてくれたから。
だから、まだ終わってないって。……私が信じたい」
悠人は、しばらく黙っていたが――
やがて、頷いた。
「じゃあ、そのまま歌詞も書いてみる。
“まだ終わってない”――
俺たちの今を、そのまま残すみたいに」
翼がふっと笑って、スティックを構えた。
「じゃあもう一回、最初から合わせようぜ」
まだ名前だけの新曲。
だけど、その音は――誰よりも今の自分たちに、必要だった。
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