叫べ、まだ終わりじゃない

おくなみ

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跳ねろ、この音で

生まれたばかりの曲

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スタジオに響く、反復するリフ。

 昨日までは「出てこなかった」ものが、
 今は自然に指先からこぼれていた。

 悠人はギターを止め、真新しいノートを開く。
 数日前まで真っ白だったそのページに、今日は何かを書きたくなっていた。

 「詞、少しでも浮かんだ?」
 結華がコードを確かめながら聞く。

 「うん……ちょっとだけ」

 「なんか、“ちゃんと見てる”って言葉、入れたい」
 悠人はそう呟いた。

 「誰かが観てくれてる、っていうのがさ。今の俺には一番の救いだったから」

 結華と蓮が同時に、あかねの顔を思い浮かべた。
 けれど、それを言う必要はなかった。

 翼がリズムパッドを叩きながら、口を開く。

 「さっきのAメロ、後ろにもう一段展開入れてもよくね?
  ストレートすぎるより、ワンカーブくらいあった方が、刺さる」

 「それ賛成。展開的にワンブロック余白作って、
  そこにサビの伏線みたいな詞を乗せても面白いかも」

 蓮がタブレットを使ってコード進行をメモしながら頷いた。

 「じゃあ、Bからのサビは――」

 悠人がゆっくりとコードを鳴らす。

 今はまだ歌詞も曖昧で、メロディも即興に近い。
 けれど、不思議と“完成図”が見えかけていた。

 「……これ、いい曲になるな」

 悠人がぽつりと呟いた言葉に、
 結華が静かにうなずく。

 「うん。“あの夜の続き”って感じがする」

 「まだ終わりじゃない、だな」
 翼の言葉に、誰も否定しなかった。

 バンドは今、“続き”を鳴らし始めていた。

練習を終えたスタジオ。
 湿った汗と熱気の残る空気の中で、悠人はギターを丁寧にケースへ戻していた。

 「今日のやつ、録音してた?」
 蓮がふと尋ねると、結華がタブレットを持ち上げて見せた。

 「うん、全部。音も映像も」

 「ありがてぇ……ちょっと客観的に見たいやつだな」

 「……でも、ちゃんと“バンド”だったよな」
 悠人がぽつりと漏らす。

 誰も返さなかったけど、それは否定ではなかった。
 スタジオの空気に、今日の演奏の“手応え”が静かに残っていた。

 「これさ、藤代さんに見せていい?」

 「映像、ってこと?」

 「うん。正式な発表はまだだけど、フェスのラインナップに載せてもらえるって言ってたし、
  今のうちに“動き”見せておきたい」

 「いいと思う」
 翼が即答した。

 「現場のリアルなやつ、観てる側には伝わるからな。……そういうのが一番、響く」

 「……わかった。じゃあ、明日送ってみる」

 蓮が軽く息をつく。

 「なんか、やっと進み出した感じするな」

 「うん。長かった」
 悠人も応じた。

 そのとき、結華のスマホが震えた。

 SNSの通知だった。
 何気なく開くと、そこには一本の投稿。

 > 『“まだ終わりじゃない”ってバンド、なんかすごいのきてる気がする。
 > さっきの動画、リハとは思えん……感情ぶつけてくる音って、久々に刺さった』

 投稿の下には、先ほど録ったばかりの映像が添付されていた。

 (……誰か、もう観てる)

 心臓が静かに跳ねる。

 音はもう、スタジオの中だけのものじゃなくなっていた。

翌日の昼過ぎ。
 悠人のスマホに、藤代からの着信が入っていた。

 「もしもし、悠人か? 今、時間あるか?」

 「はい、大丈夫です。どうかしました?」

 「昨日送ってきたリハ映像、観た。……いいな。
  前より、ずっと“自分たちの音”になってる。正直、びっくりしたよ」

 電話越しの藤代の声は、いつになく熱を帯びていた。

 「ありがとうございます」

 「それでな――ひとつ提案がある」

 言葉を区切る間。
 悠人の背中に、じわりと緊張が走る。

 「来月、CRAWLと組ませるライブ、一本空いてる。
  出演、どうだ?」

 「……CRAWL?」

 自然と声が漏れる。

 CRAWL――インディーズの中でも、今ノリに乗っているバンド。
 SNSフォロワーは数万単位。ライブは毎回即完。
 以前から名前を聞くだけで、どこか“遠い存在”だった。

 「まだ終わりじゃない、の音が今のまま続けば、
  確実に客に届くって確信がある。……受けるか?」

 悠人は一瞬、黙り込んだ。

 けれど、胸の奥で何かが鳴った。
 あの夜、4人で合わせた音――それが背中を押した。

 「……出ます。やります」

 「よし。詳細は後で送る。頼むぞ」

 通話が切れたあと、悠人はスタジオのグループに連絡を入れる。

 > 「CRAWLとの対バン、決まりました」

 すぐに、蓮から既読とスタンプ。
 結華から「了解。燃えるね」
 そして翼からは、「逃げんなよ」の一言。

 悠人は思わず笑って、ギターを手に取った。

 次の音が、すぐそこにあった。

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