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IGNITION
IGNITIONへの招待状
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その日のスタジオには、いつになく緊張した空気が漂っていた。
藤代が手にした一枚の封筒。差出人は《the blaze》所属事務所、そして封筒に刻まれた大きなロゴ。
IGNITION’24
国内最大級にして、“伝説のバンドたちが生き残ってきた”舞台。
蓮が封筒のロゴを見た瞬間、小さく息を呑んだ。
「……マジで、来たのか」
「サブステージのトリだってさ」
藤代が答える。
「正確には“推薦”。主催の志賀が名指しで言った。“あのバンドにやらせろ”って」
誰もすぐには言葉を返せなかった。
ただ静かに、信じられないような現実が、確かに目の前にあった。
翼が先に動いた。
壁によりかかりながら、口元を拭って小さく笑う。
「こえーな……。すげーけど、マジでこえーわ」
「同感」
結華が、ギターの弦を巻きながら呟いた。
「ここからは、もう“バズ”じゃ通用しない」
そんな4人の様子を見て、藤代が椅子から立ち上がった。
「言っとくぞ、お前ら」
その声に、全員が振り返る。
「IGNITIONってのは、フェスでもイベントでもねえ。あそこは“選ばれたバンドしか立てない場所”だ」
「……知ってるよ」
悠人が言う。
藤代は頷いて、続けた。
「だけどな、あそこは“試される場所”でもある。
一発の奇跡じゃどうにもならねえ。2回目も奇跡なら、それはもう実力だ。
けど3回目——本物は、ここから先に残る奴らだけだ」
蓮が、拳を握る。
「“伝説になった”って言われて、まだ1回だけっすもんね」
「そうだ」
藤代は言う。
「お前らが“本当にまだ終わってない”のか、それを証明するステージだ」
「……なあ藤代さん」
翼が、静かに訊く。
「俺ら、やれっかな」
藤代は缶コーヒーを片手に、まっすぐ4人を見渡して、言った。
「やれるかどうかじゃねえ。
やるしかねえんだよ。
だって、お前ら——もうここまで来ちまったんだから」
沈黙のあと、4人は顔を見合わせた。
それぞれの胸に、火が灯り始めていた。
「……サブステの、トリ」
帰宅した悠人は、ベッドに座ったまま何度も呟いていた。
言葉はすぐ口にできても、現実として受け止めるには、時間がかかりすぎた。
スマホには、藤代から転送された招待状のPDFが開かれている。
メールの署名には《the blaze》の事務所のロゴと、志賀零士の名前。
何もかもが、現実離れしていた。
一方、結華はスタジオの控え室でギターの弦を張り直していた。
いつも通りの作業のはずなのに、手がかすかに震えているのが自分でもわかる。
「このステージに立ったら、もう“若手”じゃ通用しないんだ」
独り言みたいに呟いた言葉は、少しだけ寂しげだった。
憧れていたステージの“中”に、自分が足を踏み入れようとしている。
蓮は部屋の床に寝転び、天井を見上げていた。
イヤホンから流れるのは、自分たちのライブ音源。
「……俺ら、あそこで通用すんのかな」
口にした瞬間、笑ってしまった。
自信がないわけじゃない。でも、答えはどこにもなかった。
「通用するかじゃねえな。……ぶっ壊すしかねえんだ」
その言葉と同時に、音量をもう一段上げた。
そして翼は、ドラムのスティックを握ったまま公園のベンチに座っていた。
夜の空気が肌を刺す。
でも、心の中のざらつきの方がよほど痛かった。
「“楽しみ”って気持ちだけで乗り切れるレベルじゃねえ」
過去最高のテンションも、過去最大のプレッシャーも、全部まとめて背負う覚悟。
自分はできてるのか。まだわからない。
それでも、スティックは離さなかった。
悠人は、スマホを閉じてベッドに倒れ込んだ。
瞼を閉じると、自然と浮かんでくるのは、観客の顔じゃなかった。
——フロアの一番後ろで、涙をにじませて叫んだ、あの人の姿。
「……見ててくれるかな」
誰にも聞かせるつもりのない言葉だった。
でも、その声には確かに“願い”が宿っていた。
数日後、いつものスタジオに4人が集まった。
練習の予定は組んでいない。ただ、顔を合わせるだけの時間だった。
静かな空気。
だがそれぞれの中で、確実に何かが変わっていた。
「……出るよ。IGNITION」
先に言葉を出したのは悠人だった。
誰も驚かなかった。むしろ、ようやく口にしてくれたという空気だった。
「覚悟はしてる。でも、ビビってないって言ったら嘘になる」
「ビビるのは当たり前だろ」
蓮が軽く笑う。
「でもさ、それでも“出たい”って思えたの、俺たち今までで初めてじゃね?」
「わたしは、やるよ」
結華が言う。
「一番怖いのは、やらないで終わることだから」
「……俺も。やる」
翼が、スティックを握ったまま小さく頷く。
「怖いとか不安とか、全部まとめて叩きつけてくる。……それが、音楽だろ」
4人の視線が、自然と重なった。
言葉は少なくていい。
それでも、ここにいるのは、“次へ進む”と決めた者たちだった。
スタジオの奥で、アンプのスイッチが入る音が響いた。
「じゃ、そろそろ鳴らすか」
悠人が立ち上がる。
次に響く音は、もう“迷い”じゃない。
それは、“始まりの音”だった。
藤代が手にした一枚の封筒。差出人は《the blaze》所属事務所、そして封筒に刻まれた大きなロゴ。
IGNITION’24
国内最大級にして、“伝説のバンドたちが生き残ってきた”舞台。
蓮が封筒のロゴを見た瞬間、小さく息を呑んだ。
「……マジで、来たのか」
「サブステージのトリだってさ」
藤代が答える。
「正確には“推薦”。主催の志賀が名指しで言った。“あのバンドにやらせろ”って」
誰もすぐには言葉を返せなかった。
ただ静かに、信じられないような現実が、確かに目の前にあった。
翼が先に動いた。
壁によりかかりながら、口元を拭って小さく笑う。
「こえーな……。すげーけど、マジでこえーわ」
「同感」
結華が、ギターの弦を巻きながら呟いた。
「ここからは、もう“バズ”じゃ通用しない」
そんな4人の様子を見て、藤代が椅子から立ち上がった。
「言っとくぞ、お前ら」
その声に、全員が振り返る。
「IGNITIONってのは、フェスでもイベントでもねえ。あそこは“選ばれたバンドしか立てない場所”だ」
「……知ってるよ」
悠人が言う。
藤代は頷いて、続けた。
「だけどな、あそこは“試される場所”でもある。
一発の奇跡じゃどうにもならねえ。2回目も奇跡なら、それはもう実力だ。
けど3回目——本物は、ここから先に残る奴らだけだ」
蓮が、拳を握る。
「“伝説になった”って言われて、まだ1回だけっすもんね」
「そうだ」
藤代は言う。
「お前らが“本当にまだ終わってない”のか、それを証明するステージだ」
「……なあ藤代さん」
翼が、静かに訊く。
「俺ら、やれっかな」
藤代は缶コーヒーを片手に、まっすぐ4人を見渡して、言った。
「やれるかどうかじゃねえ。
やるしかねえんだよ。
だって、お前ら——もうここまで来ちまったんだから」
沈黙のあと、4人は顔を見合わせた。
それぞれの胸に、火が灯り始めていた。
「……サブステの、トリ」
帰宅した悠人は、ベッドに座ったまま何度も呟いていた。
言葉はすぐ口にできても、現実として受け止めるには、時間がかかりすぎた。
スマホには、藤代から転送された招待状のPDFが開かれている。
メールの署名には《the blaze》の事務所のロゴと、志賀零士の名前。
何もかもが、現実離れしていた。
一方、結華はスタジオの控え室でギターの弦を張り直していた。
いつも通りの作業のはずなのに、手がかすかに震えているのが自分でもわかる。
「このステージに立ったら、もう“若手”じゃ通用しないんだ」
独り言みたいに呟いた言葉は、少しだけ寂しげだった。
憧れていたステージの“中”に、自分が足を踏み入れようとしている。
蓮は部屋の床に寝転び、天井を見上げていた。
イヤホンから流れるのは、自分たちのライブ音源。
「……俺ら、あそこで通用すんのかな」
口にした瞬間、笑ってしまった。
自信がないわけじゃない。でも、答えはどこにもなかった。
「通用するかじゃねえな。……ぶっ壊すしかねえんだ」
その言葉と同時に、音量をもう一段上げた。
そして翼は、ドラムのスティックを握ったまま公園のベンチに座っていた。
夜の空気が肌を刺す。
でも、心の中のざらつきの方がよほど痛かった。
「“楽しみ”って気持ちだけで乗り切れるレベルじゃねえ」
過去最高のテンションも、過去最大のプレッシャーも、全部まとめて背負う覚悟。
自分はできてるのか。まだわからない。
それでも、スティックは離さなかった。
悠人は、スマホを閉じてベッドに倒れ込んだ。
瞼を閉じると、自然と浮かんでくるのは、観客の顔じゃなかった。
——フロアの一番後ろで、涙をにじませて叫んだ、あの人の姿。
「……見ててくれるかな」
誰にも聞かせるつもりのない言葉だった。
でも、その声には確かに“願い”が宿っていた。
数日後、いつものスタジオに4人が集まった。
練習の予定は組んでいない。ただ、顔を合わせるだけの時間だった。
静かな空気。
だがそれぞれの中で、確実に何かが変わっていた。
「……出るよ。IGNITION」
先に言葉を出したのは悠人だった。
誰も驚かなかった。むしろ、ようやく口にしてくれたという空気だった。
「覚悟はしてる。でも、ビビってないって言ったら嘘になる」
「ビビるのは当たり前だろ」
蓮が軽く笑う。
「でもさ、それでも“出たい”って思えたの、俺たち今までで初めてじゃね?」
「わたしは、やるよ」
結華が言う。
「一番怖いのは、やらないで終わることだから」
「……俺も。やる」
翼が、スティックを握ったまま小さく頷く。
「怖いとか不安とか、全部まとめて叩きつけてくる。……それが、音楽だろ」
4人の視線が、自然と重なった。
言葉は少なくていい。
それでも、ここにいるのは、“次へ進む”と決めた者たちだった。
スタジオの奥で、アンプのスイッチが入る音が響いた。
「じゃ、そろそろ鳴らすか」
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それは、“始まりの音”だった。
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