叫べ、まだ終わりじゃない

おくなみ

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この音に、答えはまだない

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ライブが終わった後のバックステージは、熱がまだ残っていた。
 機材の片付けが進む中、メンバーやスタッフの笑い声が聞こえてくる。

 だけど悠人は、その中心にはいなかった。

 彼はひとり、ステージ裏の誰もいない廊下を歩いていた。
 タオルで額の汗を拭きながら、無言で。

 会場の外に出ると、空気が一気に冷たくなった。
 星が少しだけ見えている。
 そしてその下で、フードを脱いだあかねが、ひとり佇んでいた。

 顔を上げた彼女と目が合う。

 悠人は、ゆっくりと歩み寄った。

 「……おつかれ」

 「うん。……最高だったよ」

 それだけで、胸がいっぱいだった。
 けれど、それだけでは終われないと、どちらもわかっていた。

 悠人が、少しだけ前を向いて口を開いた。

 「言葉、探してた。ずっと」

 「……うん」

 「ライブが終わって、全部出し切って、それでもまだ足りない気がして。
  でも今は、これしかないって思う」

 

 「——俺、あかねが好きだよ」

 

 空気が止まった。

 あかねは驚いたように目を見開いて、少しだけ、ほんの少しだけ口元が揺れた。

 「怖かったけど、それでも。あのとき来てくれて、叫んでくれて、飛び込んでくれて——
  俺、ほんとに支えられた。あれがなかったら、今、ここに立ってなかった」

 あかねは何も言わない。けれど、目には確かに涙がにじんでいた。

 悠人は、ぎこちなく笑った。

 「……まだ、返事とかいらない。でも、ちゃんと伝えたかった」

 数秒の沈黙のあと、あかねが小さく首を振る。

 「いらないわけないでしょ」

 そして、彼女は静かに、けれどまっすぐに言った。

 

 「——わたしも、好きだよ」

 

 それだけで、十分だった。

 夜風がふたりの間を通り過ぎる。
 フェス会場の明かりが遠くで滲んでいた。

 音も、光も、すべてが遠ざかっていく。
 けれど——ふたりの距離だけが、もう縮まっていた。

 

 まだ、終わってなんかいない。
 むしろここからだと、ふたりは思っていた。

控室に戻った瞬間、静かなはずの楽屋がざわついていた。
 誰よりも先に蓮が気づいた。「なあ……誰か来てる」

 ドアが開く。立っていたのは、黒のライダースジャケットを羽織った男。
 **RAZORLIGHT(全国ツアークラスのメジャーバンド/王道ロック)**のボーカル、藤巻啓人。

 「お前ら……マジでやったな」
 「……藤巻さん?」翼の声が上ずる。

 「俺、こういう“熱血バンド”って正直苦手だったんだけどさ……ステージ観て、思わず笑ったわ。
  あの“バズ”が、あんな形で続くなんて思ってなかった。悔しいけど、今日は完敗だよ」

 握手を求められた悠人は、一瞬言葉を詰まらせながらも、しっかりとその手を握り返した。

 「なあ、今のってほんとに現実?」
 蓮が隣でぽつりと呟く。
 それに結華が、まだ息の整っていない声で返した。

 「……わたしも、ちょっと信じきれてない」

 続けざまに入ってきたのは、煙草の香りとともに現れた
 **TAC(武道館経験あり/ポストロック界の重鎮)**のギターボーカル・橘一誠。

 「中ステージってさ、本来“ここから上がってこい”っていう試験みたいな場所だろ?
  でも今日のお前ら……試験官側だったよ」

 その言葉に、翼が目を丸くする。

 「すげえな……あの人、後輩にあんな言い方しねえって有名なのに」

 さらに、各ジャンルから現役トップクラスの名が次々に現れる。

**GEARHEAD(Spotify月間300万再生/グランジ・低音重視)**志村慧:
 「ベース。……あれ、殺しに来てたな。いい音だった。潰された気分」
 蓮が思わず笑う。「殺し返されそうですけどね、あんたに」

Y.U.N.O(女性ソロSSW/渋谷系~エモ寄り):
 「歌ってたね、じゃなくて……心が剥き出しだった。“あたしもこうなりたい”って、素直に思った」

 その一言に、悠人が小さく息を飲む。
 “ちゃんと届いてる”——それが、たったひとことの中に詰まっていた。

 全員が、未だ実感の追いつかないまま、ただ黙ってそのひとつひとつを受け止めていた。

 そんな中、最後に現れたのは——
 グレーニットとキャップ、喉の枯れた声で知られる、**the blaze(伝説的ロックバンド)**のボーカル・志賀零士。

 誰も声を出せなかった。

 志賀はふっと笑いながら、悠人の前に立つ。

 「名前、尖ってるなって思ってた。“まだ終わりじゃない”なんて。……でも今はもう、他に名乗っちゃダメだろ。あれはお前らの旗だ」

 悠人は言葉も出せず、ただ深く頭を下げる。

 志賀はポケットからスマホを取り出し、スタッフに画面を見せながら言った。

 「IGNITION。うちのフェス。サブステのトリ、空いてんだ」
 「……は?」蓮の声が裏返る。
 「出ろよ。あのステージ観たあとで、オファーしない理由が見つかんねえ」

 その場の空気が一瞬止まる。
 そして、翼がぽつりとつぶやいた。

 「……夢って、こんなふうに叶うのかよ」

 結華は、手元のチューナーをぎゅっと握ったまま、静かに笑った。
 その手は、ずっと震えていた。

 悠人はゆっくりと、志賀を見返す。

 「……行きます。俺たちの、次を見せに行きます」

フェスの打ち上げ会場は、都内のライブバーを貸し切って開かれていた。
 フロアには所狭しとバンドマンやスタッフが詰めかけていて、照明も音響も本番さながら。
 乾杯の音頭のあとには、そこら中で「お前やばかったな!」「握手してくれ!」の声が飛び交っていた。

 蓮は先輩バンドとギターの話で盛り上がり、翼はドリンクカウンターでずっと誰かに捕まっていた。
 結華は同じく女性ギタリストのY.U.N.Oと“鳴らし方”の談義でヒートアップしていた。

 そんな中、悠人はひとり外の喫煙スペースへ抜けていた。

 静かな風の中で缶ビールを片手に立っていると、
 あとから現れた藤代が、缶コーヒー片手に隣へ立った。

 「……お前、ああいう場苦手だろ?」

 「うん。ああいうのは、みんながいてくれるから成立してんだよ」

 「はは、わかるわ」
 藤代は空を見上げて、小さく笑った。

 「でもな、今日だけは言わせてくれ」

 「……なに?」

 悠人が顔を向けると、藤代の声は不意にまっすぐになっていた。

 「お前……ちゃんと、戻ってきたな」

 「……うん」

 「前のあのボロボロだった姿とか、音が出なかったときとか、
  “もう無理かもしれんな”って思ってたんだ、正直。……けど、諦めなかったな」

 「藤代さんが諦めてたら、俺たちもういなかったっすよ」

 「まあな。でも、最後にステージに立つのは、やっぱりお前らだ。
  俺はただ、火種の場所を教えただけ」

 藤代は缶コーヒーを掲げて、にやっと笑う。

 「じゃ、あらためて言っとくか。お前らは、ちゃんと伝説になった」

 「……」

 「でも——“まだ終わりじゃない”んだろ?」

 悠人はその言葉に、声ではなく、笑顔で答えた。

 乾杯の音や笑い声が中から漏れてくる。

 夜はまだ、終わらなかった。

フェスが終わって一夜。
 日付が変わってもなお、SNSでは《まだ終わりじゃない》の名前が止まらなかった。

 

 《#まだ終わりじゃない》が国内トレンド1位。

 

 ライブ中に撮影された違法スナップが、むしろ公式の投稿よりも早く拡散され、
 あかねのダイブを捉えた画像には「これが本物の“支える”ってやつか」「愛しかない」の文字が並んでいた。

■リスナーたちの声
 「今まで“バズっただけ”って思っててすみませんでした」
 「1曲目で鳥肌、2曲目で泣いた。サブステとは思えん」
 「音が刺さるとか言うけど、これはもう、ぶん殴られて号泣した感じ」
 「叫んだあの女の子誰……? 伝説の仕掛け人すぎる」
 「“まだ終わってないでしょ!!”って叫び、人生で一番ライブで泣いた瞬間だった」

■インフルエンサー/業界の声
音楽レビュアー(@revu_ogawa):
 「ステージ演出でも照明でもない。“熱量”だけで観客を引き戻したバンド。《まだ終わりじゃない》、とんでもない原始力。」

フェス公式アカウント(@___FESinfo):
 「中ステージ、最高動員。今期のベストアクトと言われて当然の瞬間がありました。」

元有名プロデューサー(@sound_mrX):
 「売れる・売れないの軸で語るバンドじゃない。今の空気を一番揺らせるバンド。それが“まだ終わりじゃない”。覚えとけ。」

■バンド仲間・ライバル勢
 「……もう“下”じゃないな。正直、嫉妬した。おめでとう」(某有力インディーバンド)
 「うちもやり返すからな。トリ、お前らから奪い返す」(共演経験ありの同期バンド)
 「やっぱ音は人間だな、って思った。完全に感情でぶっ飛ばされたわ」

 《まだ終わりじゃない》は、もう一発屋でも、偶然のバズでもなかった。

 この日を境に、彼らは“本物”として業界内外に刻まれた。

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