叫べ、まだ終わりじゃない

おくなみ

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この音に、答えはまだない

終わらない歌

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 「まだ終わってねぇだろーーー!!」
 「ラスト、あれだろ!? あれやれよ!!」

 もはや演出でもなんでもない、衝動そのものだった。
 拳と声と涙が混じったその叫びに、スタッフも思わず顔を見合わせていた。

 「……どうする?」

 「予定、もう全部出し切ったけど」
 「やるだろ」

 悠人の返事は、迷いなかった。

 「《まだ終わりじゃない》。これが俺たちの最後の一発だ」

 蓮と翼がうなずく。

 フロアが再び沸き上がる。
 会場全体が、まるで揺れているようだった。

 スポットライトの中、悠人がマイクを握り直す。

 「お前ら、まだ叫べるかーーー!!!」
 「うおおおおおお!!!!!」
 「だったら、一緒に叫べ。——これは、俺たちの“まだ終わりじゃない”だ!」

 イントロが鳴る。
 結華のギターがゆっくりと切り裂くように始まり、蓮のベースが心拍のように重なっていく。
 翼のドラムが、決意のリズムを刻み出す。

 そして——悠人が、歌い出す。

 

 「なにひとつ、終わらせちゃいなかった——」

 

 その声が放たれた瞬間、あかねの足が、自然と前へ踏み出していた。

 もう、震えていなかった。
 自分でも気づかないうちに、口元が笑っていた。

 ステージはまっすぐ見えていた。
 距離なんて関係ない。
 だって——悠人が、音が、ちゃんと届いているから。

 次の瞬間。

 あかねは、フロアに、飛び込んだ。

観客が一斉に手を伸ばした。

 誰もが驚いた。けれど、誰ひとり拒まなかった。
 あかねの体は、まるで波に浮かぶように、ゆっくりと客席の上を運ばれていった。

 ——初めてのダイブ。
 彼女は、その中で目を閉じた。
 ステージの音が、振動が、歓声が、肌から伝わってくる。

 まるで世界が、自分を肯定してくれているようだった。

 ステージの上。
 悠人は一瞬、言葉を失っていた。
 けれどすぐに笑って、叫んだ。

 「お前ら!! しっかり運んでやれよ!! この人、今この瞬間のために来たんだ!!」

 観客が応える。
 拳が、手が、声が、ひとつになってあかねを支える。

 その様子は、ステージの上から見ていると、まるで光が流れていくようだった。

 「届け。……全部、届け」

 悠人はマイクを握り直し、もう一段階ギアを上げるように歌った。

 音が熱を帯びていく。
 観客の声が、ステージに向かってぶつかってくる。

 “この瞬間のために生きてきた”
 そんな言葉が冗談ではなく、本気で胸に宿っていた。

 あかねは、ゆっくりと前に運ばれていた。

 ステージが近づいてくる。
 音の中心。
 彼の歌う場所。

 そのすべてが、何もかもが——愛しかった。

 ラストのサビ。

 《まだ終わりじゃない》という言葉が、千の声となってフロアを満たす。

 叫びが重なり、熱が重なり、光が重なる。

 悠人は、最後の一節を叫ぶ前に、
 客席の上を運ばれているあかねと、視線を合わせた。

 そのとき——世界が、ひとつになった。

最後のコードが鳴り響いた。
 ステージの照明が、ゆっくりと沈んでいく。
 ドラムの余韻、ギターのフィードバック、観客のざわめき——
 それらすべてがひとつの“祈り”みたいに混ざり合っていた。

 客席の上を渡ってきたあかねは、フロントエリアの最前列で、誰かの肩に支えられて立ち上がっていた。
 頬は赤く、目元にはうっすらと涙が光っていた。

 悠人は、ギターを背中に回し、マイクだけを手に持っていた。
 深呼吸をひとつ、ふたつ。
 会場中が、その言葉を待っていた。

 「……ありがとう」

 ざわっ、と歓声が漏れる。
 けれどそれ以上に、静けさが会場を包み込んでいた。
 誰もが、“次に彼が何を言うのか”に耳を澄ませていた。

 悠人は、前を見た。
 遠くの照明、その向こうに、あかねがいる。
 さっき、確かに自分を見ていたあの瞳。
 叫び、飛び込み、支えてくれたその人。

 そして、マイクを口元に運ぶ。

 「……今日、俺——」

 言葉が一度止まる。
 けれど迷いはなかった。

 

 「……大好きな人に、支えてもらいました」

 

 歓声が、一瞬で歓喜に変わる。
 誰かが泣いた。誰かが叫んだ。
 観客はそれぞれの感情で、今この瞬間を受け止めていた。

 あかねは、前を見ていた。
 顔を隠さない。視線を逸らさない。

 悠人が何を言うか、もうわかっていた気がした。
 でも、実際にその言葉を聞いたとき——胸の奥が、少しだけ震えた。

 ステージに戻ったメンバーたちが、悠人の背中に手を添える。
 誰も何も言わない。ただ、それで十分だった。

 悠人はマイクを下ろして、小さく笑った。

 これが、俺たちの“まだ終わりじゃない”。
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