叫べ、まだ終わりじゃない

おくなみ

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IGNITION

越えるか、燃やされるか

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 《まだ終わりじゃない》の熱狂が終わったあと。
 ステージ裏には余韻のような拍手とスタッフの慌ただしい足音だけが残っていた。

 汗だくのまま機材を片付けようとする4人を、スタッフが制した。

 「……行ってこいよ。お前ら、観ておくべきだ」

 言われるまでもなかった。

 彼らは、まっすぐに客席の脇を抜けて、ステージ袖の一角に立った。
 そこに、志賀零士がいた。

 照明もSEもないまま、ステージに現れた男たち。

 the blaze。
 日本のロックシーンを20年近く走り続けてきた“本物”の塊だった。

 ギターの音も鳴っていないのに、フロアがざわつく。
 姿が見えただけで、空気が震える。

 悠人は、それを見て初めて、“空気の支配者”という言葉の意味を理解した気がした。

 志賀は何も言わない。
 客席も、もう何も言わない。
 代わりに、ギターの一音が鳴る。

 

 ——それだけで、世界が始まった。

 

 何の煽りもない。テンポも速くない。
 ただ、重く、鋭く、“音が音として鳴っていた”。

 翼が言った。
 「……あれ、もはや“演奏”じゃないな」
 「“制圧”だ」
 蓮が答える。
 「ステージと客席、同じ地平にないのに、完全に繋がってる」

 志賀の声が響く。
 怒鳴っていない。しゃがれた、低い声。
 なのに、観客はまるで喉元を掴まれたように前のめりになる。

 悠人は、その瞬間を見ていた。
 あの人が“歌っている”んじゃない。

 

 観客が、あの声に選ばれていた。

 結華がつぶやいた。
 「……これが、越えなきゃいけない壁、か」

 誰も返事をしなかった。

 ステージの上の志賀が、ほんの一瞬だけ視線を横に流す。
 ちょうど袖の奥、《まだ終わりじゃない》の4人が立っている方へ。

 

 だが、何も言わない。頷きもない。

 

 そして——志賀は、マイクに口を寄せる。

 「燃えた奴だけが、生き残る。……燃えてねぇ奴は、踏んでく」

 その一言で、フロアが燃えた。

 照明が爆ぜ、轟音が走り、観客が一斉に飛び跳ねる。

 悠人は、拳を握った。
 その顔には、敗北も、敬意も、そして——闘志も全部混ざっていた。

ギターが唸るように吠え、ドラムが地面を割るように鳴る。

 the blazeのライブは、音楽じゃなかった。
 それは**“闘争”そのもの**だった。

 ステージ上、志賀零士はマイクを握りしめながら、観客を睨みつけていた。

 「……拳、上げてねぇやつは、いらねぇ」

 

 その一言に、フロア全体が揺れた。

 拳が一斉に突き上がる。
 前列の観客が肩をぶつけ合い、モッシュが広がる。

 袖でそれを見ていた翼が、ぽつりとつぶやいた。

 「ヤベェ……ドラム、暴れてんのに、バンド全体は1ミリもズレてない……」

 「っていうか、ズレたら殺される空気ある」
 蓮が引き攣った笑みを浮かべる。

 結華は腕を組んだまま、ステージを見つめていた。

 「あのギター、鳴ってるっていうより……殴ってきてる」

 誰も返さない。
 だけど、全員がそれを認めていた。

 

 ——音楽じゃない。生き様だ。

 志賀が、静かに言う。

 

 「死んだ目でステージ立つな。
  “どう生きるか”を鳴らせない奴は、帰って寝ろ」

 

 悠人が喉を鳴らす。

 さっきまで自分が叫んでいた言葉が、まるでこの男には通じないかのような壁を感じた。

 けれど——負けたくないとも思った。

 ステージの光が、the blazeを照らす。
 だがそれはスポットライトなんかじゃない。

 炎のような音が、彼ら自身を照らしていた。

 「……あれだな」
 蓮がぼそっと呟く。

 「“刺したまま”の次は、**“燃やして灰にする”**なんだな」

 結華が目を細める。
 その横顔は、恐れていなかった。

 

 ——ただ、“目標”として、燃えていた。

ラストナンバー。
 曲名の紹介すらなかった。

 ただ、ギターがうなり、ドラムが心臓を撃ち抜くように響く。
 志賀の声が、会場全体に突き刺さっていた。

 

 「……全員、終わらせんなよ」

 

 その一言に、観客のど真ん中から絶叫が起きた。

 拳が跳ね、肩がぶつかり、モッシュが爆発する。
 ステージと客席が完全に“戦場”として繋がっていた。

 その光景を、袖から《まだ終わりじゃない》の4人が見つめていた。

 誰も言葉を発さない。
 ただその音と姿を、生き様として受け止めていた。

 “これが、俺たちの前に立つ者”——誰もがそう理解していた。

 曲が終わる。
 ギターの残響が消え、志賀はマイクを通さず、客席を見つめる。

 

 右の袖へ、ほんのわずかに首を傾けた。

 

 視線の先には、悠人がいた。
 汗まみれのTシャツ、手に残るギターのタコ。
 “バンドを生きてる人間”の顔だった。

 志賀は、顎で一度だけ合図するように持ち上げ、
 軽く笑って、こう呟いた。

 

 「——どうだ、超えられるか」

 

 その声はマイクに乗っていない。
 けれど確実に、悠人の胸に突き刺さっていた。

 フロアが拍手に包まれる中、志賀は静かにステージを降りる。
 照明もSEもない。
 音が止まったあとでも、彼の“存在だけが残っていた”。

 悠人は拳を握ったまま、息を吐いた。

 「……燃やされたな」

 蓮が苦笑いする。
 「灰になるか、火種になるか。……次でわかるな」

 誰もが、その背中を見つめていた。

 “越えなきゃならないもの”が、ちゃんと見えた。

 

 そして、火は絶えていなかった。

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