叫べ、まだ終わりじゃない

おくなみ

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IGNITION

燃え尽きたその夜に

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ラストステージの照明が完全に落ちた頃、
 楽屋の中では、まだ汗が蒸気のように立ち上っていた。

 誰も口をきかなかった。
 でも、その沈黙は重くなかった。

 

 ——全部、出し切った。

 

 その実感だけが、静かに空間を包んでいた。

 蓮が床に座り込み、ペットボトルの水を一気に飲み干す。

 「これ、死ぬほど疲れたけど……たぶん、今までで一番生きてた」

 翼が笑った。
 「だな。手、震えてるけど、脳はまだバチバチに音鳴ってる感じ」

 結華はギターケースを閉じながら、静かに言った。

 「……ねえ。あたしら、本当に“刺した”と思う?」

 誰もすぐには答えなかった。
 けれど悠人が、汗でぐしゃぐしゃの髪をかき上げて、ぽつりと返す。

 

 「刺したよ。……たぶん、“抜けない”くらいには」

 

 その言葉に、誰も笑わなかった。
 でも全員が、ほんの少しだけ口元を上げていた。

 そのとき、ドアの外から声がかかる。

 「おい! 早く来い! スタッフも他バンドも集まってんぞ!」
 「“今日の主役”、置いてけぼりかよ!」

 ライブを終えたばかりの藤巻や、CRY&RIOTのヒナタ、他の共演者たちがわざわざ待ってくれていた。

 翼が顔を上げる。
 「……今日、すげぇ日だったな」
 蓮が言う。
 「すげぇ日すぎて、明日が来るの怖ぇわ」

 

 でも、結華が言った。

 

 「それでも、音は鳴らすんでしょ」

 

 その一言で、全員が立ち上がる。

 楽屋を出ると、冷たい夜風が吹いていた。
 でもその風が、今夜だけは、どこかあたたかく感じた。

夜風に吹かれながら、4人はステージ裏の通路を歩いていた。
 照明のほとんど落ちたその道は、さっきまであれほど喧騒に包まれていた空間とは思えないほど静かだった。

 

 ——でも、耳の奥にはまだ“鳴っていた”。

 

 鼓動か、ドラムか、歓声か。
 わからない。けれど確かに、まだ終わっていなかった。

 案内された控室前の広いラウンジには、既に何人ものバンドマンたちがいた。

 RAZORLIGHT、TAC、GEARHEAD、luminary blue——
 今日同じステージを踏んだ者たち。

 藤巻が気づいて手を挙げる。
 「おーい、やっと来たな! 本日の優勝バンド様、ご到着~!」

 歓声と拍手が一斉に飛んだ。

 悠人は、思わず苦笑いする。
 「……何だよ、これ」

 「祝勝会……って言うにはみんな悔しそうだけどな」
 蓮が肩をすくめる。

 志村が缶ビールを片手に近づいてきて、
 「やるじゃん、“おこちゃまバンド”。うっかり泣きそうになったわ」
 「ベース、マジで刺さってきた。……くっそ、悔しいけどな」
 と、素直とは言い難い賛辞を送ってきた。

 Y.U.N.Oが結華のもとに来て、小声で言った。

 「あなたのギター、うるさくて綺麗だった。あんなの、ずるい」
 「あ…ありがとうございます。柚葉さんの歌も、すごかった」

 2人はそれ以上、何も言わなかった。

 でも、それで十分だった。

 悠人はふと、ステージがあった方向を見た。
 照明は落ちていたけれど、まだそこには熱の残像が漂っていた。

 「……あそこに、全部置いてきたんだよな」

 翼が言う。
 「だけど、火が消えてねぇのがすげぇよな。誰かの中で、まだ燃えてる気がする」

 蓮が笑う。
 「その“誰か”って、お前のことだろ」

 そのとき、ひときわ静かな足音が近づいてきた。

 振り返ると、志賀零士がそこにいた。
 彼は何も言わず、手に缶コーヒーを持ったまま立っていた。

 

 悠人と目が合う。

 

 次の瞬間——志賀が口元で、小さく笑った。

志賀零士が缶コーヒーを片手に立っていた。

 誰もが息を呑んだわけではない。
 でも、その空気は明らかに変わった。

 ステージで全てを燃やし尽くしてきた男が、
 静かに、ただそこに立っているだけで——まるで空間の芯が動いたようだった。

 悠人と目が合う。

 志賀は一言も発さず、ただ缶を持った手で軽く顎を上げた。

 それだけで、言葉は全部伝わっていた。

 ——見てたぞ。
 ——刺してきたな。
 ——さあ、次は?

 悠人も何も言わなかった。
 けれど、その表情には“次は超える”という意思がはっきりと刻まれていた。

 沈黙が、言葉よりも深く場を支配した。

 そのまま志賀は背を向けて、何も言わずに歩き出す。
 視線も返さず、名も呼ばず、ただひとつの存在として去っていった。

 だが、その背中こそが——
 「また会おうぜ」のすべてだった。

 残された4人が、ほぼ同時に肩を落とす。

 翼が小さく笑って言う。

 「こわ……あの人、やっぱマジで生きてる化け物だったな」
 蓮が頷く。
 「うん。でも、あの人が見てくれてたってだけで、今夜の価値が変わる気がする」

 周囲のバンドマンたちがぽつぽつと帰り支度を始めていた。

 音が鳴っていないのに、どこか耳の奥がうずく。

 今日の全てが、まだ終わっていないように感じていた。

 結華がギターケースを背負いながらぽつりと呟く。

 「ねえ、これからだよね。全部」

 「だな」
 悠人が答える。

 

 「伝説になんか、なりたくない。
  今を更新し続けるバンドになりたい」

 外へ出ると、深夜の空が広がっていた。
 風が冷たく、でもどこか優しい夜だった。

 

 IGNITIONは、終わった。

 

 けれど《まだ終わりじゃない》の物語は、まだ始まったばかりだった。





IGNITIONフェスのすべてが終わったあと、
 深夜の都内某所。貸し切られた打ち上げ会場には、火が残ったままの熱量が集まっていた。

 RAZORLIGHT、GEARHEAD、CRY&RIOT、Y.U.N.O、the blazeの面々。
 そして、ど真ん中の席には——

 

 「おら! まだ終わりじゃないァァァァ!!!!」

 

 缶ビールを両手に掲げてはしゃぎ倒す、志賀零士の姿。

 「刺してきたな~~!? え!? お前らぁ~~~!!!」
 「おい悠人、お前言ったよな? 『超えれます?』ってぇぇぇ!!」
 「このぉ~~~~っ!!」

 そう言って、満面の笑みで悠人の肩をバンバン叩く志賀。

 「お、おれ……あのときはマジで真剣に……」
 「うるせぇぇ~~~! いじらせろぉ~~! カッコよかったぞコラァ!」

 周囲のバンドマンたちが拍手しながら爆笑する。

 「“超えれます?”はさすがに攻めすぎだろ!」
 「いやでも、刺したとは思うよ。あのセリフごと!」

 「ちゃんと刺したままにしましたってな~~!」
 「流行語だな、今日の!」

 志賀は飲みかけのビール缶を振りながら、テーブルに乗りそうな勢いで語り出す。

 「でもな! あの言葉が言える奴がいないんだよ、今のシーンには!!
  それを言って、しかも“結果”で示したんだから——それが全部だ!!」

 酔っているのに、そこだけは絶対にブレなかった。

 蓮が呟く。
 「……こんなに盛り上がってるの、俺初めて見た」
 翼も笑いながらうなずく。
 「志賀さん、酔うとマジで……うるさいな」
 結華が静かに言った。

 「でも、嬉しいよね。ちゃんと“刺さった”んだって、今なら信じられる」

 そのあとも、演奏の話、機材の話、下らない話で夜は続いていった。

 誰も帰ろうとしない。
 この熱が冷めるのが惜しかった。

 気づけば、空が少しだけ白んでいた。

 

 “次の一歩”が、ゆっくりと始まろうとしていた。
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