108 / 132
鳴らすために、生きている
響く声、広がる波紋
しおりを挟む
|照明が落ちても、拍手は止まらなかった。
スタッフが何度かアナウンスを入れてようやく、
観客たちは名残惜しそうに帰りはじめた。
ステージ裏。
《まだ終わりじゃない》の4人は、誰も言葉を発さず、ただ呼吸を整えていた。
汗だくでへたり込む結華に、
翼がタオルを投げる。
「おい、ギターが飛んでどうすんだよ」
「……あんたが言うなよ、いつも暴れてるくせに」
結華がぐったりと返すと、翼は笑った。
「でも、かっこよかった。ほんとに。……マジで、ぶち抜いてた」
蓮もうなずく。
「てか……あそこまで出すとは思ってなかった。
俺、結華のギターにマジで押されたわ」
「ありがと。……私も、自分でも驚いてる」
結華はギターをそっと抱え直しながら、
まだどこか夢の中にいるような目をしていた。
そのとき、背後から声がかかる。
「……最高だったよ」
振り返ると、そこに立っていたのは柚葉だった。
「アンコール、あれはずるい。
でも……やられた。ほんとに」
結華が立ち上がり、深く頭を下げた。
「ありがとうございました……! あの言葉がなかったら、
きっと、私はあそこまで……」
「ううん。私が言わなくても、あなたは行ったよ。
背中、押しただけ。ちゃんと、自分で踏み出してた」
柚葉は一歩近づいて、結華の肩に軽く触れる。
「……次、楽しみにしてる。
私たち、まだ全然本気出してないからね」
「……はい、絶対、追いつきます」
言葉に込められた気迫に、柚葉も満足げに頷いた。
一方、悠人はステージ裏のベンチで座り込んでいた。
「はぁ……結華が主役の回、マジで空気読めなかったわ」
「でも……全部鳴らしきったろ、お前」
そう言ったのは蓮。
隣で翼が補足するように言う。
「逆に、お前が煽らなかったからこそ、
結華のギターが引き立った気もするわ。結果オーライじゃね?」
悠人は苦笑しながら、空を仰いだ。
「……あのギターが、もう少し先の景色に連れてってくれる気がする」
楽屋に戻ると、
スタッフのひとりが紙の束を手に持ってやってきた。
「SNS、すごいことになってますよ。
“結華が歌った《まだ終わりじゃない》”、
“ギターが飛んだ夜”、
“完全に主役食ったじゃん”って」
蓮が笑う。
「……マジで伝説作っちまったな」
この夜、《まだ終わりじゃない》は、
またひとつ、名を刻んだのだった。
ライブが終わって1時間も経たないうちに、
SNSは《まだ終わりじゃない》の名前で溢れていた。
—「ギターが主役になるバンド、初めて観たかもしれない」
—「歌詞も演奏も尖ってたけど、何より“表情”が刺さった」
—「まさかあの結華が……泣きそうになった」
“結華”という名前が、個人としてもトレンドに入りかけていた。
「#ギターが飛んだ夜」
「#まだ終わりじゃない」
「#結華ボーカル」
ライブ映像を編集したファンの投稿、
ダイブ中の結華の瞬間を捉えた写真、
現地レポートのスレッド——
あらゆる角度から、あの夜が語られていた。
関係者の間でも反応は早かった。
「正直、想定外でした。
バンドとしての熱さは前からあったけど、今回は“何かが跳ねた”」
——名古屋のプロモーター
「ギターの子、完全にステージ飲んでた。あれは武器になる」
——とある音楽ライター
「え、ギターが歌ったってマジ? Zepp埋めてそれって…ヤバくね?」
——あるバンドのマネージャー
空気が、動いていた。
一方、会場の外。
搬入口近くの路地で、藤代が煙草をくゆらせていた。
少し離れた場所では、観客や他バンドのスタッフが余韻に浸っている。
そこへ4人が出てくる。
シャワーも浴び終え、Tシャツに着替えた姿。
「お疲れ」
藤代が、ぽつりと声をかける。
「……ありがとう。色々、巻き込んじゃって」
悠人が笑いながら頭を下げる。
「巻き込むくらいじゃないと、意味ねぇよ」
藤代は煙を吐き出して言った。
「今日はな……文句なしだった」
結華が少しだけうつむいたまま、つぶやく。
「……すいません。勝手なこと、して」
「勝手じゃない」
藤代はすぐに返す。
「お前が信じた音鳴らしただけだろ。
それが刺さった。だったら正解だよ」
翼が笑いながら肩をすくめた。
「じゃあ次から結華ボーカル曲、正式にセトリ入りだな」
「え……」
結華が驚いたように顔を上げると、蓮がうなずく。
「必要だろ? “この音”」
誰も否定しなかった。
もう、答えは出ていた。
空はまだ夜の匂いを残していたが、
その向こうには、確かに新しい朝が待っていた。
この夜、《まだ終わりじゃない》はまたひとつ、階段を駆け上がったのだった。
名古屋の夜が明け、
《まだ終わりじゃない》は次なる地・大阪へ向かっていた。
次のステージはZepp Osaka Bayside。
今回の対バン相手は、バンド界隈でも圧倒的な演奏力で知られるTAC。
新幹線の窓の外には流れる街並み。
だが4人の表情には、どこか落ち着きと覚悟が宿っていた。
「……柚葉、やっぱすげぇな」
翼がぼそりと呟く。
「うん。でも、結華も負けてなかった」
蓮のその言葉に、結華は苦笑いする。
「ありがと。でも、あの夜だけ。
あんな無茶、毎回やったら死ぬって」
悠人は少しだけ笑ってから、
スマホを見つめた。
そこには、“#ギターが歌った夜”のタグがまだトレンドに残っていた。
「……今回は、マジで届いてたな」
次の公演は数日後。
だが、気持ちはすでに“次”に向いていた。
結華のダイブと歌唱で掴んだ波。
それを一時の爆発にせず、継続して進化させられるかが鍵だった。
大阪のホテルに着くと、各自が短く打ち合わせを済ませ、
翌日の会場入りに備えて音合わせの準備に入った。
Zepp Osakaは、構造も空気感も名古屋とはまた違う。
客席との距離感、ステージの奥行き、照明の配置。
「……ちょっと、深めだな。
音、沈まないように注意しよ」
翼がドラムセットの周囲を確認しながら言う。
蓮はベースをチューニングしながら、
「TACの音圧、まじで侮れねぇからな。
前に観たとき、地面ごと鳴ってるかと思った」
この日、楽屋の椅子に座った悠人は、
ふとスマホを開き、あかねからのメッセージを見た。
《明日は行けないけど、応援してるね。
また動画で見せて。大好きだよ》
その短い文に、ふっと口元が緩んだ。
、
2人の間にはもう迷いはなかった。
悠人は、キーボードで《ありがとう。俺も大好き》とだけ打ち、
スマホを伏せた。
次は、“音だけで勝負する”2本目の対バン。
フロアには飛ばない。暴れない。
けれど、それでも“届かせる”。
そんなライブが、もうすぐ始まろうとしていた。
スタッフが何度かアナウンスを入れてようやく、
観客たちは名残惜しそうに帰りはじめた。
ステージ裏。
《まだ終わりじゃない》の4人は、誰も言葉を発さず、ただ呼吸を整えていた。
汗だくでへたり込む結華に、
翼がタオルを投げる。
「おい、ギターが飛んでどうすんだよ」
「……あんたが言うなよ、いつも暴れてるくせに」
結華がぐったりと返すと、翼は笑った。
「でも、かっこよかった。ほんとに。……マジで、ぶち抜いてた」
蓮もうなずく。
「てか……あそこまで出すとは思ってなかった。
俺、結華のギターにマジで押されたわ」
「ありがと。……私も、自分でも驚いてる」
結華はギターをそっと抱え直しながら、
まだどこか夢の中にいるような目をしていた。
そのとき、背後から声がかかる。
「……最高だったよ」
振り返ると、そこに立っていたのは柚葉だった。
「アンコール、あれはずるい。
でも……やられた。ほんとに」
結華が立ち上がり、深く頭を下げた。
「ありがとうございました……! あの言葉がなかったら、
きっと、私はあそこまで……」
「ううん。私が言わなくても、あなたは行ったよ。
背中、押しただけ。ちゃんと、自分で踏み出してた」
柚葉は一歩近づいて、結華の肩に軽く触れる。
「……次、楽しみにしてる。
私たち、まだ全然本気出してないからね」
「……はい、絶対、追いつきます」
言葉に込められた気迫に、柚葉も満足げに頷いた。
一方、悠人はステージ裏のベンチで座り込んでいた。
「はぁ……結華が主役の回、マジで空気読めなかったわ」
「でも……全部鳴らしきったろ、お前」
そう言ったのは蓮。
隣で翼が補足するように言う。
「逆に、お前が煽らなかったからこそ、
結華のギターが引き立った気もするわ。結果オーライじゃね?」
悠人は苦笑しながら、空を仰いだ。
「……あのギターが、もう少し先の景色に連れてってくれる気がする」
楽屋に戻ると、
スタッフのひとりが紙の束を手に持ってやってきた。
「SNS、すごいことになってますよ。
“結華が歌った《まだ終わりじゃない》”、
“ギターが飛んだ夜”、
“完全に主役食ったじゃん”って」
蓮が笑う。
「……マジで伝説作っちまったな」
この夜、《まだ終わりじゃない》は、
またひとつ、名を刻んだのだった。
ライブが終わって1時間も経たないうちに、
SNSは《まだ終わりじゃない》の名前で溢れていた。
—「ギターが主役になるバンド、初めて観たかもしれない」
—「歌詞も演奏も尖ってたけど、何より“表情”が刺さった」
—「まさかあの結華が……泣きそうになった」
“結華”という名前が、個人としてもトレンドに入りかけていた。
「#ギターが飛んだ夜」
「#まだ終わりじゃない」
「#結華ボーカル」
ライブ映像を編集したファンの投稿、
ダイブ中の結華の瞬間を捉えた写真、
現地レポートのスレッド——
あらゆる角度から、あの夜が語られていた。
関係者の間でも反応は早かった。
「正直、想定外でした。
バンドとしての熱さは前からあったけど、今回は“何かが跳ねた”」
——名古屋のプロモーター
「ギターの子、完全にステージ飲んでた。あれは武器になる」
——とある音楽ライター
「え、ギターが歌ったってマジ? Zepp埋めてそれって…ヤバくね?」
——あるバンドのマネージャー
空気が、動いていた。
一方、会場の外。
搬入口近くの路地で、藤代が煙草をくゆらせていた。
少し離れた場所では、観客や他バンドのスタッフが余韻に浸っている。
そこへ4人が出てくる。
シャワーも浴び終え、Tシャツに着替えた姿。
「お疲れ」
藤代が、ぽつりと声をかける。
「……ありがとう。色々、巻き込んじゃって」
悠人が笑いながら頭を下げる。
「巻き込むくらいじゃないと、意味ねぇよ」
藤代は煙を吐き出して言った。
「今日はな……文句なしだった」
結華が少しだけうつむいたまま、つぶやく。
「……すいません。勝手なこと、して」
「勝手じゃない」
藤代はすぐに返す。
「お前が信じた音鳴らしただけだろ。
それが刺さった。だったら正解だよ」
翼が笑いながら肩をすくめた。
「じゃあ次から結華ボーカル曲、正式にセトリ入りだな」
「え……」
結華が驚いたように顔を上げると、蓮がうなずく。
「必要だろ? “この音”」
誰も否定しなかった。
もう、答えは出ていた。
空はまだ夜の匂いを残していたが、
その向こうには、確かに新しい朝が待っていた。
この夜、《まだ終わりじゃない》はまたひとつ、階段を駆け上がったのだった。
名古屋の夜が明け、
《まだ終わりじゃない》は次なる地・大阪へ向かっていた。
次のステージはZepp Osaka Bayside。
今回の対バン相手は、バンド界隈でも圧倒的な演奏力で知られるTAC。
新幹線の窓の外には流れる街並み。
だが4人の表情には、どこか落ち着きと覚悟が宿っていた。
「……柚葉、やっぱすげぇな」
翼がぼそりと呟く。
「うん。でも、結華も負けてなかった」
蓮のその言葉に、結華は苦笑いする。
「ありがと。でも、あの夜だけ。
あんな無茶、毎回やったら死ぬって」
悠人は少しだけ笑ってから、
スマホを見つめた。
そこには、“#ギターが歌った夜”のタグがまだトレンドに残っていた。
「……今回は、マジで届いてたな」
次の公演は数日後。
だが、気持ちはすでに“次”に向いていた。
結華のダイブと歌唱で掴んだ波。
それを一時の爆発にせず、継続して進化させられるかが鍵だった。
大阪のホテルに着くと、各自が短く打ち合わせを済ませ、
翌日の会場入りに備えて音合わせの準備に入った。
Zepp Osakaは、構造も空気感も名古屋とはまた違う。
客席との距離感、ステージの奥行き、照明の配置。
「……ちょっと、深めだな。
音、沈まないように注意しよ」
翼がドラムセットの周囲を確認しながら言う。
蓮はベースをチューニングしながら、
「TACの音圧、まじで侮れねぇからな。
前に観たとき、地面ごと鳴ってるかと思った」
この日、楽屋の椅子に座った悠人は、
ふとスマホを開き、あかねからのメッセージを見た。
《明日は行けないけど、応援してるね。
また動画で見せて。大好きだよ》
その短い文に、ふっと口元が緩んだ。
、
2人の間にはもう迷いはなかった。
悠人は、キーボードで《ありがとう。俺も大好き》とだけ打ち、
スマホを伏せた。
次は、“音だけで勝負する”2本目の対バン。
フロアには飛ばない。暴れない。
けれど、それでも“届かせる”。
そんなライブが、もうすぐ始まろうとしていた。
0
あなたにおすすめの小説
異世界の花嫁?お断りします。
momo6
恋愛
三十路を過ぎたOL 椿(つばき)は帰宅後、地震に見舞われる。気付いたら異世界にいた。
そこで出逢った王子に求婚を申し込まれましたけど、
知らない人と結婚なんてお断りです。
貞操の危機を感じ、逃げ出した先に居たのは妖精王ですって?
甘ったるい愛を囁いてもダメです。
異世界に来たなら、この世界を楽しむのが先です!!
恋愛よりも衣食住。これが大事です!
お金が無くては生活出来ません!働いて稼いで、美味しい物を食べるんです(๑>◡<๑)
・・・えっ?全部ある?
働かなくてもいい?
ーーー惑わされません!甘い誘惑には罠が付き物です!
*****
目に止めていただき、ありがとうございます(〃ω〃)
未熟な所もありますが 楽しんで頂けたから幸いです。
〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー
i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆
最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡
バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。
数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)
一億円の花嫁
藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。
父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。
もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。
「きっと、素晴らしい旅になる」
ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが……
幸か不幸か!?
思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。
※エブリスタさまにも掲載
2月31日 ~少しずれている世界~
希花 紀歩
恋愛
プロポーズ予定日に彼氏と親友に裏切られた・・・はずだった
4年に一度やってくる2月29日の誕生日。
日付が変わる瞬間大好きな王子様系彼氏にプロポーズされるはずだった私。
でも彼に告げられたのは結婚の申し込みではなく、別れの言葉だった。
私の親友と結婚するという彼を泊まっていた高級ホテルに置いて自宅に帰り、お酒を浴びるように飲んだ最悪の誕生日。
翌朝。仕事に行こうと目を覚ました私の隣に寝ていたのは別れたはずの彼氏だった。
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
【完結】指先が触れる距離
山田森湖
恋愛
オフィスの隣の席に座る彼女、田中美咲。
必要最低限の会話しか交わさない同僚――そのはずなのに、いつしか彼女の小さな仕草や変化に心を奪われていく。
「おはようございます」の一言、資料を受け渡すときの指先の触れ合い、ふと香るシャンプーの匂い……。
手を伸ばせば届く距離なのに、簡単には踏み込めない関係。
近いようで遠い「隣の席」から始まる、ささやかで切ないオフィスラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる