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鳴らすために、生きている
音が導くその先へ
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Zepp Osaka Bayside。
リハーサルが終わった会場の空気は、すでに張り詰めていた。
《まだ終わりじゃない》の4人は袖からTACの演奏を見つめていた。
音出しだけのはずなのに、
まるで本番のような緊張感と音圧。
「……やっぱり橘さんのギター、えぐいな」
翼の声が自然と低くなる。
TACのステージには、計算と暴力のバランスがある。
轟音の中に緻密な構成が隠れ、爆発の裏に技術と美学が潜んでいた。
時間が進み、本番。
SEが鳴り、照明が暗転。
そして1曲目——
いきなり観客の肺を潰すような音が、ステージから放たれた。
ドラムの東郷真が、狂気としか思えない力でスティックを振る。
ベースがそれを支え、橘一誠のギターがその上を引き裂くように走る。
だが、それでも一誠のボーカルはぶれない。
叫びも、囁きも、空間を支配するような“説得力”があった。
2曲目はテンポを落としたミドルバラード。
観客の中には拳を下ろし、
ただステージを見つめている者もいた。
それほどまでに、TACの演奏は“視線”を奪う。
聴くというより、見つめてしまう音だった。
「……あの空間、完全に支配されてるな」
蓮が唇を噛む。
「音の暴力じゃない。……支配力って感じ」
結華もギターを持ち直す。
ステージ上の橘一誠は、最後の1曲に入る前、
マイクを握ったまま笑った。
「《まだ終わりじゃない》が控えてるけど……
ここはまだ、俺らの時間だ。遠慮なく、全部鳴らす」
その言葉とともに始まったのは、
彼らの代表曲『ZERO DISTANCE』。
緻密な展開、極限まで研ぎ澄まされたリフ、
そして——破壊的なラストサビ。
曲が終わったとき、観客から拍手はなかった。
歓声すら一瞬止まった。
ただ、“圧倒された”という沈黙。
次の瞬間、フロアが爆発したような歓声に包まれた。
袖でそのすべてを見ていた《まだ終わりじゃない》。
悠人は深く息を吐いた。
「……やるな、TAC。完璧に仕上がってる」
翼もタオルで額をぬぐいながら言う。
「でも……ここからっしょ。俺らは俺らの音で、真っ向からぶつかる」
照明が切り替わる。
スタッフの声が飛ぶ。
「次、《まだ終わりじゃない》、準備お願いします!」
蓮がベースを構え、結華がギターを抱える。
悠人はマイクを握り直し、呟いた。
「じゃあ、行こうか。“音だけ”で食いに」
照明が落ち、SEが鳴る。
それは静かな始まりだったが、観客はすでに熱を帯びていた。
TACの圧倒的なステージを見たあと——
次に来るものを、見極めるような目。
だが、《まだ終わりじゃない》の4人に迷いはなかった。
悠人がマイクを握り、口を開いた。
「……今日は、飛ばねぇ。けど、鳴らす。
全部、音だけでぶつけにきたから」
そして、翼がスティックを掲げる。
◆1曲目《空白の景色》
ミドルテンポのこの楽曲は、序盤の空気を掌握するための“足場”。
結華のギターがゆっくりとリフを刻む。
蓮のベースが重く、低く響き渡る。
——だが、今夜は違った。
翼のドラムが、いつもより鋭い。
タムの1打に、明確な“意図”が乗っていた。
悠人が歌いながら振り返る。
「……いいな、翼」
とでも言いたげに、微かに笑う。
観客も気づいていた。
音が立っていた。
“音だけ”で押し寄せる波に、フロアが静かに反応する。
◆2曲目《インフェルノビート》
イントロの一音目。
スネアが叫ぶように響き、ドラムから始まる構成。
翼は、迷いなくテンポを上げた。
「俺がこの空間を作る」
そう言わんばかりの攻めたドラミング。
蓮が少し驚いたようにベースで食らいつく。
結華もギターを引きずるように伸ばし、
悠人がマイクを握って煽る。
「どうした大阪ァ!飛ばなくても暴れられるだろ!」
フロアが一気に跳ねた。
拳がいくつも上がる。
翼はその反応に一切揺れず、
逆に、観客の“揺れ”すらリズムに取り込むかのように叩き続ける。
◆3曲目《月と赤信号》
このバンドが初期から大切にしてきたバラード。
静かな入り。
結華のクリーントーンが空間を撫でる。
だが、この曲でも翼のスネアはしっかりと“鼓動”を打ち続けていた。
——支える、というより、
**「導いている」**という意識。
その音に、蓮が合わせてベースのボリュームを微調整する。
結華がサビで音を少しだけ厚くする。
誰も指示していない。
けれど、翼の音に全員がついていっていた。
サビのラスト、翼が一瞬だけロールを仕掛けたとき——
観客の拍手が、自然と起きた。
“見えていた”のだ。
彼が今日、何かを越えようとしているのを。
◆ラストナンバー《ハロー・ゼロ》
いつもは疾走感で走り切るこの曲も、
今夜は**“支配”されたグルーヴ**で始まった。
翼のドラムが、まるでドームの屋根のように全体を覆い、
結華がその上に鋭く立つように音を差し込む。
蓮は笑っていた。
「……今日の翼、マジでやばいな」
口の中でそう呟きながら、音で応える。
悠人はマイクを前に出しながら叫ぶ。
「この音が、俺たちだ!聴こえてんだろ、大阪!」
翼は最後のフィルを、
いつもより1拍だけ長く引っ張った。
その“粘り”に、観客のタイミングが完璧に合った。
爆発するようなラストサビ。
全員が同じリズムに乗り、同じ“鳴らし”をしていた。
照明が落ち、音が止まる。
しばしの沈黙のあと、歓声と拍手が割れるように会場を揺らす。
だがステージに残った4人は、全身から汗を噴きながらも、
確信に近い“充実”の顔をしていた。
蓮がぽつりと呟いた。
「……今日の主役は、翼だったな」
誰も否定しなかった。
この夜、鼓動の中心は確かに翼だったのだ。
演奏が終わった瞬間、フロアが一度静まりかえった。
だが、それは一瞬だった。
「まだ終わりじゃない!!!」
「アンコール!!!」
「やれよォ!!!」
怒涛のような声が飛び交い、足踏み、手拍子、叫び。
Zepp Osakaが揺れ始めた。
ステージ袖で4人が息を整える中、スタッフが小声で確認してくる。
「……やりますか?」
悠人がメンバーを見渡した。
蓮が笑う。翼がスティックを肩にかけ、結華が静かにうなずく。
悠人は、ひとつだけ言った。
「……やってなかったな、今日。“あの曲”」
再びステージに立つと、歓声は悲鳴のように変わった。
照明がぐっと落ち、SEすらないまま始まる。
——《まだ終わりじゃない》。
ギターのリフ。ベースのうねり。
そして、翼のドラムが**“戦場の号砲”**のように響き渡る。
悠人の声が、言葉にならないほどの熱を伴って放たれる。
「おい大阪ァ! 終われねぇんだよ、こっちはよ!!」
曲が走り出すと同時に、フロアは崩壊した。
モッシュ、サークルピット、クラウドサーフ、叫び。
前列も後列も関係ない。**狂気と熱狂の坩堝(るつぼ)**が生まれた。
だが、その中心にいる悠人は——
飛ばなかった。
ステージの端から端まで動き回りながら、
マイクを天に突き上げ、叫ぶ。
「もっと来い! お前らが終わらせるな! こいこいこいこいこいこいこい!!」
音を途切れさせず、ギリギリのテンポで演奏が続く。
それを叩き切るように支配するのは、覚醒した翼のリズム。
結華のギターがサビで爆発し、蓮がベースをうねらせる。
誰も正気じゃない。
ステージも、フロアも。
ただ“音”に導かれ、叫び、暴れ、叩きつけられる。
ラストサビ。
悠人はマイクスタンドを握りしめ、顔を上げた。
叫ぶように、だがまっすぐに歌い上げる。
「なぁ、こんなもんで終われるかよ!!
——まだ終わってねぇんだよッ!!!」
最後の一音、翼が全力でスネアを叩き落とし、
ギターとベースが駆け抜けるように終わる。
照明が落ちる瞬間、悠人が一言だけ、低く呟いた。
「……完璧だったよ。大阪」
沈黙。そして——爆発。
拍手、叫び、笑い声。誰かが泣いていた。
誰かが「もう一回!」と絶叫していた。
でも、ステージにいた4人にはわかっていた。
今夜が、“限界のその先”だったということを。
ライブが終わって、まだ数分。
Zepp Osakaの外。
湿った夜風が吹くなか、観客たちは汗と余韻に包まれていた。
「え、最後の“まだ終わりじゃない”やばすぎない……?」
「ステージから飛ばないのに、あれだけ煽れるって何者……」
「翼くん、覚醒してた。てかもう今のバンドの心臓じゃん」
目を真っ赤にして出てくる者。
喉を潰したまま友達と笑い合う者。
言葉が出てこない者もいた。
けれど、その表情は、確かに言っていた。
——“見届けた”。そして、“また見たい”。
SNSでは、#まだ終わりじゃない がトレンドを席巻。
《TACもすごかったけど、最後は全部持っていかれた》
《翼のドラムが空間ごと持ってった。今日の主役だろ完全に》
《マジでこのツアーやばすぎた。次、野音ってマジか……震える》
動画、ライブ写真、セトリ予想、泣き笑いの感想がタイムラインを埋め尽くす。
中には、こんな言葉もあった。
《今日、人生でいちばん“音に殴られた日”だった》
《Zeppが足りなかった。野音で正解。絶対に観る》
《最後の1音、耳から離れない。なんだあれ、バケモノかよ》
関係者エリアでは、複数のプロモーターやA&Rが沈黙していた。
「……言葉いらんよな」
「もう“起きてる”ってことだろ、このバンドには」
「野音、完売するぞ。普通に、伝説になるかもしれん」
あるベテランスタッフがぽつりと呟いた。
「飛ばなかったのに、客が暴れてた。……そういうバンドだよ、あいつらは」
帰り道、誰かがポツリと呟く。
「……次、野音か」
もう、告知はとっくに出ている。
ポスターも、SNSも、ラジオも、すべてがその日を“予告”していた。
けれど、この夜を体験した者にとって、
その言葉にはただの予定を超えた意味があった。
“本当にあそこに立つんだ”という実感。
そして、確かに皆が感じていた。
まだ終わりじゃない——そう思わせてくれたこのツアーの、次の一歩が“あの場所”にあると。
熱は、まだ終わらない。
この音は、まだ響き続ける。
ステージ袖に戻ると、4人はしばらく誰も言葉を発さなかった。
汗が滴り落ちる音すら、やけに大きく聞こえるほどの静けさ。
蓮がタオルを握りしめて、小さく呟いた。
「……終わった、な」
「やばかったな……今日」
翼が息を整えながら言う。
スティックを持つ手がわずかに震えていた。
その様子を見た結華が、苦笑まじりに言う。
「……なんか、別人みたいだったよ。あんたのドラム」
「いや……ただ、叩いてて思ったんです。
自分が“足場”にならなきゃ、バンド全体が崩れる気がして」
その言葉に、悠人も静かにうなずいた。
そこに、TACのギターでありリーダー・橘一誠が現れた。
「お疲れ」
その声に4人が揃って立ち上がる。
「今日は、本当にありがとうございました」
悠人が一礼する。
一誠は軽く笑って肩を竦めた。
「礼なんかいらねぇよ。こっちも刺激もらったしな。
正直、飛ばないって聞いてて、どうなるかと思ってたけど——」
その視線が、真っ直ぐに翼へ向けられる。
「……ドラム、すごかった。
“ああ、こいつら今、地面から変えてきたな”って思ったよ」
翼が驚いた顔で、少し照れくさそうに笑う。
「光栄です……ありがとうございます」
一誠はポケットに手を突っ込んだまま、続ける。
「音だけでここまで暴れさせるバンド、そうそういないよ。
なんだかんだで、お前ら“ちゃんと育ってる”ってことだろ」
結華が小さく、でも確かな声で答える。
「まだ、全然です。……でも、確かに何かは越えた気がします」
「うん、それでいい」
そう言って、一誠は軽く右手を上げた。
「じゃ、またどっかでな。今度はもっとデカいとこでやろうぜ」
悠人が深く頭を下げる。
「はい。ぜひ、よろしくお願いします」
一誠はそれに頷いて、控室の奥へと歩いていった。
その背中を見送ったあと、再び静けさが戻る。
翼がぽつりと漏らす。
「……すごい人だな。言葉、全部“音”みたいだった」
蓮も大きく息を吐きながら言った。
「俺たち、やっとここまで来たんだな……って、やっと思えた」
悠人はペットボトルの水をひと口飲み、空を仰ぐ。
「……でも、まだ“そこ”が終点じゃない。
次は野音。——本番は、ここからだ」
リハーサルが終わった会場の空気は、すでに張り詰めていた。
《まだ終わりじゃない》の4人は袖からTACの演奏を見つめていた。
音出しだけのはずなのに、
まるで本番のような緊張感と音圧。
「……やっぱり橘さんのギター、えぐいな」
翼の声が自然と低くなる。
TACのステージには、計算と暴力のバランスがある。
轟音の中に緻密な構成が隠れ、爆発の裏に技術と美学が潜んでいた。
時間が進み、本番。
SEが鳴り、照明が暗転。
そして1曲目——
いきなり観客の肺を潰すような音が、ステージから放たれた。
ドラムの東郷真が、狂気としか思えない力でスティックを振る。
ベースがそれを支え、橘一誠のギターがその上を引き裂くように走る。
だが、それでも一誠のボーカルはぶれない。
叫びも、囁きも、空間を支配するような“説得力”があった。
2曲目はテンポを落としたミドルバラード。
観客の中には拳を下ろし、
ただステージを見つめている者もいた。
それほどまでに、TACの演奏は“視線”を奪う。
聴くというより、見つめてしまう音だった。
「……あの空間、完全に支配されてるな」
蓮が唇を噛む。
「音の暴力じゃない。……支配力って感じ」
結華もギターを持ち直す。
ステージ上の橘一誠は、最後の1曲に入る前、
マイクを握ったまま笑った。
「《まだ終わりじゃない》が控えてるけど……
ここはまだ、俺らの時間だ。遠慮なく、全部鳴らす」
その言葉とともに始まったのは、
彼らの代表曲『ZERO DISTANCE』。
緻密な展開、極限まで研ぎ澄まされたリフ、
そして——破壊的なラストサビ。
曲が終わったとき、観客から拍手はなかった。
歓声すら一瞬止まった。
ただ、“圧倒された”という沈黙。
次の瞬間、フロアが爆発したような歓声に包まれた。
袖でそのすべてを見ていた《まだ終わりじゃない》。
悠人は深く息を吐いた。
「……やるな、TAC。完璧に仕上がってる」
翼もタオルで額をぬぐいながら言う。
「でも……ここからっしょ。俺らは俺らの音で、真っ向からぶつかる」
照明が切り替わる。
スタッフの声が飛ぶ。
「次、《まだ終わりじゃない》、準備お願いします!」
蓮がベースを構え、結華がギターを抱える。
悠人はマイクを握り直し、呟いた。
「じゃあ、行こうか。“音だけ”で食いに」
照明が落ち、SEが鳴る。
それは静かな始まりだったが、観客はすでに熱を帯びていた。
TACの圧倒的なステージを見たあと——
次に来るものを、見極めるような目。
だが、《まだ終わりじゃない》の4人に迷いはなかった。
悠人がマイクを握り、口を開いた。
「……今日は、飛ばねぇ。けど、鳴らす。
全部、音だけでぶつけにきたから」
そして、翼がスティックを掲げる。
◆1曲目《空白の景色》
ミドルテンポのこの楽曲は、序盤の空気を掌握するための“足場”。
結華のギターがゆっくりとリフを刻む。
蓮のベースが重く、低く響き渡る。
——だが、今夜は違った。
翼のドラムが、いつもより鋭い。
タムの1打に、明確な“意図”が乗っていた。
悠人が歌いながら振り返る。
「……いいな、翼」
とでも言いたげに、微かに笑う。
観客も気づいていた。
音が立っていた。
“音だけ”で押し寄せる波に、フロアが静かに反応する。
◆2曲目《インフェルノビート》
イントロの一音目。
スネアが叫ぶように響き、ドラムから始まる構成。
翼は、迷いなくテンポを上げた。
「俺がこの空間を作る」
そう言わんばかりの攻めたドラミング。
蓮が少し驚いたようにベースで食らいつく。
結華もギターを引きずるように伸ばし、
悠人がマイクを握って煽る。
「どうした大阪ァ!飛ばなくても暴れられるだろ!」
フロアが一気に跳ねた。
拳がいくつも上がる。
翼はその反応に一切揺れず、
逆に、観客の“揺れ”すらリズムに取り込むかのように叩き続ける。
◆3曲目《月と赤信号》
このバンドが初期から大切にしてきたバラード。
静かな入り。
結華のクリーントーンが空間を撫でる。
だが、この曲でも翼のスネアはしっかりと“鼓動”を打ち続けていた。
——支える、というより、
**「導いている」**という意識。
その音に、蓮が合わせてベースのボリュームを微調整する。
結華がサビで音を少しだけ厚くする。
誰も指示していない。
けれど、翼の音に全員がついていっていた。
サビのラスト、翼が一瞬だけロールを仕掛けたとき——
観客の拍手が、自然と起きた。
“見えていた”のだ。
彼が今日、何かを越えようとしているのを。
◆ラストナンバー《ハロー・ゼロ》
いつもは疾走感で走り切るこの曲も、
今夜は**“支配”されたグルーヴ**で始まった。
翼のドラムが、まるでドームの屋根のように全体を覆い、
結華がその上に鋭く立つように音を差し込む。
蓮は笑っていた。
「……今日の翼、マジでやばいな」
口の中でそう呟きながら、音で応える。
悠人はマイクを前に出しながら叫ぶ。
「この音が、俺たちだ!聴こえてんだろ、大阪!」
翼は最後のフィルを、
いつもより1拍だけ長く引っ張った。
その“粘り”に、観客のタイミングが完璧に合った。
爆発するようなラストサビ。
全員が同じリズムに乗り、同じ“鳴らし”をしていた。
照明が落ち、音が止まる。
しばしの沈黙のあと、歓声と拍手が割れるように会場を揺らす。
だがステージに残った4人は、全身から汗を噴きながらも、
確信に近い“充実”の顔をしていた。
蓮がぽつりと呟いた。
「……今日の主役は、翼だったな」
誰も否定しなかった。
この夜、鼓動の中心は確かに翼だったのだ。
演奏が終わった瞬間、フロアが一度静まりかえった。
だが、それは一瞬だった。
「まだ終わりじゃない!!!」
「アンコール!!!」
「やれよォ!!!」
怒涛のような声が飛び交い、足踏み、手拍子、叫び。
Zepp Osakaが揺れ始めた。
ステージ袖で4人が息を整える中、スタッフが小声で確認してくる。
「……やりますか?」
悠人がメンバーを見渡した。
蓮が笑う。翼がスティックを肩にかけ、結華が静かにうなずく。
悠人は、ひとつだけ言った。
「……やってなかったな、今日。“あの曲”」
再びステージに立つと、歓声は悲鳴のように変わった。
照明がぐっと落ち、SEすらないまま始まる。
——《まだ終わりじゃない》。
ギターのリフ。ベースのうねり。
そして、翼のドラムが**“戦場の号砲”**のように響き渡る。
悠人の声が、言葉にならないほどの熱を伴って放たれる。
「おい大阪ァ! 終われねぇんだよ、こっちはよ!!」
曲が走り出すと同時に、フロアは崩壊した。
モッシュ、サークルピット、クラウドサーフ、叫び。
前列も後列も関係ない。**狂気と熱狂の坩堝(るつぼ)**が生まれた。
だが、その中心にいる悠人は——
飛ばなかった。
ステージの端から端まで動き回りながら、
マイクを天に突き上げ、叫ぶ。
「もっと来い! お前らが終わらせるな! こいこいこいこいこいこいこい!!」
音を途切れさせず、ギリギリのテンポで演奏が続く。
それを叩き切るように支配するのは、覚醒した翼のリズム。
結華のギターがサビで爆発し、蓮がベースをうねらせる。
誰も正気じゃない。
ステージも、フロアも。
ただ“音”に導かれ、叫び、暴れ、叩きつけられる。
ラストサビ。
悠人はマイクスタンドを握りしめ、顔を上げた。
叫ぶように、だがまっすぐに歌い上げる。
「なぁ、こんなもんで終われるかよ!!
——まだ終わってねぇんだよッ!!!」
最後の一音、翼が全力でスネアを叩き落とし、
ギターとベースが駆け抜けるように終わる。
照明が落ちる瞬間、悠人が一言だけ、低く呟いた。
「……完璧だったよ。大阪」
沈黙。そして——爆発。
拍手、叫び、笑い声。誰かが泣いていた。
誰かが「もう一回!」と絶叫していた。
でも、ステージにいた4人にはわかっていた。
今夜が、“限界のその先”だったということを。
ライブが終わって、まだ数分。
Zepp Osakaの外。
湿った夜風が吹くなか、観客たちは汗と余韻に包まれていた。
「え、最後の“まだ終わりじゃない”やばすぎない……?」
「ステージから飛ばないのに、あれだけ煽れるって何者……」
「翼くん、覚醒してた。てかもう今のバンドの心臓じゃん」
目を真っ赤にして出てくる者。
喉を潰したまま友達と笑い合う者。
言葉が出てこない者もいた。
けれど、その表情は、確かに言っていた。
——“見届けた”。そして、“また見たい”。
SNSでは、#まだ終わりじゃない がトレンドを席巻。
《TACもすごかったけど、最後は全部持っていかれた》
《翼のドラムが空間ごと持ってった。今日の主役だろ完全に》
《マジでこのツアーやばすぎた。次、野音ってマジか……震える》
動画、ライブ写真、セトリ予想、泣き笑いの感想がタイムラインを埋め尽くす。
中には、こんな言葉もあった。
《今日、人生でいちばん“音に殴られた日”だった》
《Zeppが足りなかった。野音で正解。絶対に観る》
《最後の1音、耳から離れない。なんだあれ、バケモノかよ》
関係者エリアでは、複数のプロモーターやA&Rが沈黙していた。
「……言葉いらんよな」
「もう“起きてる”ってことだろ、このバンドには」
「野音、完売するぞ。普通に、伝説になるかもしれん」
あるベテランスタッフがぽつりと呟いた。
「飛ばなかったのに、客が暴れてた。……そういうバンドだよ、あいつらは」
帰り道、誰かがポツリと呟く。
「……次、野音か」
もう、告知はとっくに出ている。
ポスターも、SNSも、ラジオも、すべてがその日を“予告”していた。
けれど、この夜を体験した者にとって、
その言葉にはただの予定を超えた意味があった。
“本当にあそこに立つんだ”という実感。
そして、確かに皆が感じていた。
まだ終わりじゃない——そう思わせてくれたこのツアーの、次の一歩が“あの場所”にあると。
熱は、まだ終わらない。
この音は、まだ響き続ける。
ステージ袖に戻ると、4人はしばらく誰も言葉を発さなかった。
汗が滴り落ちる音すら、やけに大きく聞こえるほどの静けさ。
蓮がタオルを握りしめて、小さく呟いた。
「……終わった、な」
「やばかったな……今日」
翼が息を整えながら言う。
スティックを持つ手がわずかに震えていた。
その様子を見た結華が、苦笑まじりに言う。
「……なんか、別人みたいだったよ。あんたのドラム」
「いや……ただ、叩いてて思ったんです。
自分が“足場”にならなきゃ、バンド全体が崩れる気がして」
その言葉に、悠人も静かにうなずいた。
そこに、TACのギターでありリーダー・橘一誠が現れた。
「お疲れ」
その声に4人が揃って立ち上がる。
「今日は、本当にありがとうございました」
悠人が一礼する。
一誠は軽く笑って肩を竦めた。
「礼なんかいらねぇよ。こっちも刺激もらったしな。
正直、飛ばないって聞いてて、どうなるかと思ってたけど——」
その視線が、真っ直ぐに翼へ向けられる。
「……ドラム、すごかった。
“ああ、こいつら今、地面から変えてきたな”って思ったよ」
翼が驚いた顔で、少し照れくさそうに笑う。
「光栄です……ありがとうございます」
一誠はポケットに手を突っ込んだまま、続ける。
「音だけでここまで暴れさせるバンド、そうそういないよ。
なんだかんだで、お前ら“ちゃんと育ってる”ってことだろ」
結華が小さく、でも確かな声で答える。
「まだ、全然です。……でも、確かに何かは越えた気がします」
「うん、それでいい」
そう言って、一誠は軽く右手を上げた。
「じゃ、またどっかでな。今度はもっとデカいとこでやろうぜ」
悠人が深く頭を下げる。
「はい。ぜひ、よろしくお願いします」
一誠はそれに頷いて、控室の奥へと歩いていった。
その背中を見送ったあと、再び静けさが戻る。
翼がぽつりと漏らす。
「……すごい人だな。言葉、全部“音”みたいだった」
蓮も大きく息を吐きながら言った。
「俺たち、やっとここまで来たんだな……って、やっと思えた」
悠人はペットボトルの水をひと口飲み、空を仰ぐ。
「……でも、まだ“そこ”が終点じゃない。
次は野音。——本番は、ここからだ」
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