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これが、俺たちの今だ
暴走の真ん中で
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3曲目のアウトロが終わる前に、すでに観客のテンションは臨界点を超えていた。
拳は振り上げられ、体は跳ねる。
ただ、ここは日比谷野外音楽堂。
座席指定のある会場だ。
ダイブもモッシュも、明確に“禁止”されている。
それでも、音は本能を揺さぶる。
前列の若者が、勢いで柵を越えそうになる。
だが、すぐに友人が腕をつかんで止めた。
「ダメだって、ここ野音だぞ!」
その声が、ほんの少し冷静さを呼び戻す。
しかし、火のついた感情は止まらない。
観客全体が、跳ねたいのに跳べない、そんな抑圧された熱を帯び始めていた。
ステージ上でも、それは伝わっていた。
蓮がベースのボディを強く叩く。
翼のスネアが、普段よりも1割だけ強くなる。
結華のギターが、もう「歌っている」と言ってもいいレベルで感情を吐き出していた。
悠人は、そんな音たちの中で叫ぶ。
「まだいけるだろ!! 声だけで来い!!」
その一言で、観客が一斉に応えた。
「ウォオオオ!!!」という怒号が、夜空に広がる。
“飛べない”会場で、“跳びたくなる”音を鳴らす。
それは、《まだ終わりじゃない》というバンドにとって、
ある意味で最も高度な挑発だった。
そして、それに応えるように——
観客の“声”が、楽器のひとつになっていく。
5曲目が終わると同時に、音がスッと途切れた。
直後、会場中に歓声と拍手が巻き起こる。
それはもはや“反応”ではなく、感情の爆発だった。
ステージには薄くスモークが漂い、照明も一度だけ暗転する。
蓮は汗を拭いながらベースの位置を整え、
翼はタオルでスネアを軽く叩きながら深呼吸。
結華はギターの弦を見つめ、悠人はマイクの前で立ち尽くす。
ふと、悠人が観客を見渡す。
全員が黙って、こちらを見ていた。
熱狂の直後なのに、誰ひとりとして声を上げていない。
静けさが、恐ろしいほどに“期待”を語っていた。
「……ここまで、ありがとう」
マイク越しの声は、さっきまでのような叫びではなかった。
まっすぐで、低くて、どこか不安定な音色だった。
「次の曲……俺たち、まだライブで一度もやったことがなくて。
でも、どうしても今日、この場所で鳴らしたくて、
アルバムの最後に——“未完成”のまま、入れた曲です」
観客が息を飲む音すら、聞こえた気がした。
「タイトルは、《無題》。
何も名前がないからこそ、ここで——君たちに、渡します」
結華が、そっとコードを弾いた。
それはいつもの轟音でも、情熱の火花でもない。
まるで呼吸のように、そっと始まった旋律だった。
音が静かに、ゆっくりと、
名前のない何かを、夜空に放ち始めた。
ギターのアルペジオが、野音に滲み出すように響く。
ベースは慎重に、ドラムは輪郭をなぞるように。
その中で、悠人の声が乗った。
――僕はまだ、ここにいる。
――叫べなくても、歌えなくても。
――誰かに、届いてほしいだけで。
声が、震えていた。
けれど、それが良かった。
まるで、心の奥底をそのまま音にしたみたいだった。
観客の誰もが、身動きを止めていた。
拳を振ることも、叫ぶこともない。
ただ、音のすべてを飲み込むように、じっと見つめていた。
曲の中盤、楽器隊が一瞬だけ音を止める。
悠人のアカペラが、夜の空気を裂いた。
「まだ終わってないって、何度も言い聞かせてきた。
本当は、自分に言ってたのかもしれない」
その一言が、胸を突いた。
言葉ではなく、“声”そのものが感情になっていた。
ラストサビ。
結華のギターが叫び、翼が全身でビートを打ち出す。
蓮のベースがすべてを支え、悠人が魂を吐き出すように歌った。
誰もが気づいていた。
この瞬間、《無題》という曲に——名前が与えられたことを。
名前はまだない。けれど、それは確かに“今の彼ら”だった。
演奏が終わると、数秒の沈黙。
そして、嵐のような拍手と歓声が巻き起こる。
悠人はマイクを持たず、深く一礼した。
それは、感謝であり、決意であり、終わりではなく“続き”を意味していた。
拳は振り上げられ、体は跳ねる。
ただ、ここは日比谷野外音楽堂。
座席指定のある会場だ。
ダイブもモッシュも、明確に“禁止”されている。
それでも、音は本能を揺さぶる。
前列の若者が、勢いで柵を越えそうになる。
だが、すぐに友人が腕をつかんで止めた。
「ダメだって、ここ野音だぞ!」
その声が、ほんの少し冷静さを呼び戻す。
しかし、火のついた感情は止まらない。
観客全体が、跳ねたいのに跳べない、そんな抑圧された熱を帯び始めていた。
ステージ上でも、それは伝わっていた。
蓮がベースのボディを強く叩く。
翼のスネアが、普段よりも1割だけ強くなる。
結華のギターが、もう「歌っている」と言ってもいいレベルで感情を吐き出していた。
悠人は、そんな音たちの中で叫ぶ。
「まだいけるだろ!! 声だけで来い!!」
その一言で、観客が一斉に応えた。
「ウォオオオ!!!」という怒号が、夜空に広がる。
“飛べない”会場で、“跳びたくなる”音を鳴らす。
それは、《まだ終わりじゃない》というバンドにとって、
ある意味で最も高度な挑発だった。
そして、それに応えるように——
観客の“声”が、楽器のひとつになっていく。
5曲目が終わると同時に、音がスッと途切れた。
直後、会場中に歓声と拍手が巻き起こる。
それはもはや“反応”ではなく、感情の爆発だった。
ステージには薄くスモークが漂い、照明も一度だけ暗転する。
蓮は汗を拭いながらベースの位置を整え、
翼はタオルでスネアを軽く叩きながら深呼吸。
結華はギターの弦を見つめ、悠人はマイクの前で立ち尽くす。
ふと、悠人が観客を見渡す。
全員が黙って、こちらを見ていた。
熱狂の直後なのに、誰ひとりとして声を上げていない。
静けさが、恐ろしいほどに“期待”を語っていた。
「……ここまで、ありがとう」
マイク越しの声は、さっきまでのような叫びではなかった。
まっすぐで、低くて、どこか不安定な音色だった。
「次の曲……俺たち、まだライブで一度もやったことがなくて。
でも、どうしても今日、この場所で鳴らしたくて、
アルバムの最後に——“未完成”のまま、入れた曲です」
観客が息を飲む音すら、聞こえた気がした。
「タイトルは、《無題》。
何も名前がないからこそ、ここで——君たちに、渡します」
結華が、そっとコードを弾いた。
それはいつもの轟音でも、情熱の火花でもない。
まるで呼吸のように、そっと始まった旋律だった。
音が静かに、ゆっくりと、
名前のない何かを、夜空に放ち始めた。
ギターのアルペジオが、野音に滲み出すように響く。
ベースは慎重に、ドラムは輪郭をなぞるように。
その中で、悠人の声が乗った。
――僕はまだ、ここにいる。
――叫べなくても、歌えなくても。
――誰かに、届いてほしいだけで。
声が、震えていた。
けれど、それが良かった。
まるで、心の奥底をそのまま音にしたみたいだった。
観客の誰もが、身動きを止めていた。
拳を振ることも、叫ぶこともない。
ただ、音のすべてを飲み込むように、じっと見つめていた。
曲の中盤、楽器隊が一瞬だけ音を止める。
悠人のアカペラが、夜の空気を裂いた。
「まだ終わってないって、何度も言い聞かせてきた。
本当は、自分に言ってたのかもしれない」
その一言が、胸を突いた。
言葉ではなく、“声”そのものが感情になっていた。
ラストサビ。
結華のギターが叫び、翼が全身でビートを打ち出す。
蓮のベースがすべてを支え、悠人が魂を吐き出すように歌った。
誰もが気づいていた。
この瞬間、《無題》という曲に——名前が与えられたことを。
名前はまだない。けれど、それは確かに“今の彼ら”だった。
演奏が終わると、数秒の沈黙。
そして、嵐のような拍手と歓声が巻き起こる。
悠人はマイクを持たず、深く一礼した。
それは、感謝であり、決意であり、終わりではなく“続き”を意味していた。
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