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4章 後輩と僕
本音
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夜の自室。
めいはいつものようにベッドの上でスマホをいじっていた。
講義の予習も終えて、ただぼんやりSNSをスクロールしていた。
ふと、画面が止まった。
「……ありささん?」
投稿者の名前に見覚えがあった。
大学時代のゼミの先輩で、卒業してから一度も会っていなかった人。
ありささんの投稿ストーリーには、賑やかな飲み会の風景が映っていた。
【#会社飲み #お疲れさま #乾杯】
乾杯の音とともに、テーブルに並ぶグラスと料理。
笑い声。
そして、画面の奥。
「……ん?」
一瞬だけ映った横顔。
不意に胸がざわついた。
「……はやと?」
何度も指でタップして再生し直す。
何度見ても、そこにいたのは確かに——はやとだった。
「……え、隣の女の人、誰?」
はやとの隣にいた女性は、淡く笑ってグラスを持っていた。
会話していたかどうかは分からない。
でも、距離は確かに近かった。
めいの心が、ふっと揺らいだ。
ありささんに悪気がないのは分かっていた。
飲み会の様子をアップするのは、彼女にとって日常の一部だ。
でも——
その映像の中で、はやとの隣にいた女性だけが、やけに鮮明に焼き付いていた。
「……なんでこんなにモヤモヤするんだろ」
めいはスマホを伏せ、天井を見つめた。
言葉にできないこの気持ちは、不信じゃない。嫉妬でもない。
ただ、ちょっとだけ寂しい。
はやとの世界に、自分の知らない“誰か”が入り込んだ気がして。
そう考えるだけで、胸の奥がチリチリと痛んだ。
「……やだな、あたし」
自分でも分かってる。
はやとは何もしていない。信じてる。
でも、その“隣の人”が、これからどう関わってくるのか。
そして、自分がまた置いていかれるんじゃないかっていう不安が、そっと心の奥に忍び込んできた。
次の日、朝。
めいははやとにいつも通りの「おはよう」とLINEを送った。
返信はあった。でも、なんとなく——ちょっとだけ、短かった気がした。
「気のせい、気のせい……」
そう言い聞かせるように、めいは顔を洗った。
夜。
はやとから「今日ちょっと遅くなる」とメッセージが入る。
理由は、社内の残務処理が押したから——と、だけ。
前なら、
「〇〇さんと一緒にやってる」とか、
「ちょっとコンビニ寄るから遅くなる」とか、
そういう小さな報告までしてくれていた気がする。
でも、今は。
“今日ちょっと遅くなる”だけ。
めいは、その“隙間”に、あの映像の女性の顔を無意識に重ねていた。
あの人と、また会ってるのかな。
もしかして、会社でも……話すのかな。
「……違うってば」
首を振って、スマホを裏返す。
でも、頭の中はぐるぐると巡るままだ。
めいの不安は、言葉にはならない。
ただ、ちいさなさざ波のように、心に押し寄せ続けていた。
そして週末——
その日、はやとから「明日、会える?」と連絡が来た。
めいは「うん、だいじょうぶ」と返したけど、内心はちょっとだけ、ざわついていた。
どんな顔で会えばいいんだろう。
問い詰めるなんて、重いかな。
でも、あの人のこと——気になってしまって仕方ない。
「ちょっとだけ、聞いてみようかな……」
そう、心の奥で小さくつぶやいて、めいはスマホをそっと胸元に抱いた。
そして、次の日の午後。
待ち合わせは駅前のカフェ。
気づけば、ふたりがこうして改めて「会う約束」をするのは久しぶりだった。
先に着いたのは、はやとだった。
私が到着すると、彼は小さく手を振って、いつものように、ちょっと気まずそうに笑った。
「ごめん、急に呼び出したりして」
「ううん。誘ってくれて、ありがとう」
カップの中のコーヒーは、少しだけ冷えかけていた。
でもそのことより、今日は……どうしても気になることがあった。
「この前の飲み会、楽しかった?」
「……え?」
はやとの表情が、ぴくりと動いた。
一瞬の間の後、彼は少し目線を逸らした。
「あー……普通だったよ。上司の話長かったし、飯はまあまあ。……何で?」
「ううん。SNSで、知ってる人が動画あげてて」
「SNS……?」
「うん。ありさ先輩。大学のときの先輩なんだ」
「あっ……そうなんだ。俺、会社の先輩なんだけど……え、まじで?めいの先輩だったんだ」
「そう。それで……映ってたんだよね。はやとが」
はやとは一瞬、何かを思い出すように目を細めた。
「ああ……動画のやつか。あれか……」
「隣に座ってた人、誰?」
「え?……ああ、“みく”って子。うちの部署の後輩。たまたま席がそうなっただけで、別に何もないよ?」
「うん……別に疑ってるとかじゃないの。ただ……」
そこから先が言えなかった。
“ちょっと不安になった”なんて言ったら、重いと思われるかもしれない。
“寂しかった”なんて、恋人同士としての自信のなさを露呈するみたいで。
「なんか、ちゃんと言ってほしかっただけ。飲み会あったなら、誰ととか、どうだったとか……」
「……そっか。言ってなかったね、ごめん」
すごく素直に謝られた。
だからこそ、私は逆に、何も言えなくなってしまった。
「……ううん。もういい。気にしすぎただけかも」
はやとが少し、笑った。
「めいがそう言うとき、だいたい気にしてるときなんだよね」
「……うるさいな」
わざとツンとした声を出して返すと、はやとは少し安心したように息を吐いた。
でもその安堵の仕草が、どこか遠くに感じた。
言葉のひとつひとつが、すれ違っていく。
本当は、笑顔のまま寄り添いたいのに。
どうしてこんな風に、ぎこちなくなってしまうんだろう。
* * *
別れ際。
改札口の前で、はやとがぽつりと呟いた。
「……ちゃんと話せて、よかった」
「うん……私も」
でも、本音は言えてなかった。
私のなかには、まだ小さなトゲが刺さったまま残っていた。
気づいてほしかった。気づいてほしかったのに——気づかれなかった。
そんな、少しだけすれ違った午後だった。
めいはいつものようにベッドの上でスマホをいじっていた。
講義の予習も終えて、ただぼんやりSNSをスクロールしていた。
ふと、画面が止まった。
「……ありささん?」
投稿者の名前に見覚えがあった。
大学時代のゼミの先輩で、卒業してから一度も会っていなかった人。
ありささんの投稿ストーリーには、賑やかな飲み会の風景が映っていた。
【#会社飲み #お疲れさま #乾杯】
乾杯の音とともに、テーブルに並ぶグラスと料理。
笑い声。
そして、画面の奥。
「……ん?」
一瞬だけ映った横顔。
不意に胸がざわついた。
「……はやと?」
何度も指でタップして再生し直す。
何度見ても、そこにいたのは確かに——はやとだった。
「……え、隣の女の人、誰?」
はやとの隣にいた女性は、淡く笑ってグラスを持っていた。
会話していたかどうかは分からない。
でも、距離は確かに近かった。
めいの心が、ふっと揺らいだ。
ありささんに悪気がないのは分かっていた。
飲み会の様子をアップするのは、彼女にとって日常の一部だ。
でも——
その映像の中で、はやとの隣にいた女性だけが、やけに鮮明に焼き付いていた。
「……なんでこんなにモヤモヤするんだろ」
めいはスマホを伏せ、天井を見つめた。
言葉にできないこの気持ちは、不信じゃない。嫉妬でもない。
ただ、ちょっとだけ寂しい。
はやとの世界に、自分の知らない“誰か”が入り込んだ気がして。
そう考えるだけで、胸の奥がチリチリと痛んだ。
「……やだな、あたし」
自分でも分かってる。
はやとは何もしていない。信じてる。
でも、その“隣の人”が、これからどう関わってくるのか。
そして、自分がまた置いていかれるんじゃないかっていう不安が、そっと心の奥に忍び込んできた。
次の日、朝。
めいははやとにいつも通りの「おはよう」とLINEを送った。
返信はあった。でも、なんとなく——ちょっとだけ、短かった気がした。
「気のせい、気のせい……」
そう言い聞かせるように、めいは顔を洗った。
夜。
はやとから「今日ちょっと遅くなる」とメッセージが入る。
理由は、社内の残務処理が押したから——と、だけ。
前なら、
「〇〇さんと一緒にやってる」とか、
「ちょっとコンビニ寄るから遅くなる」とか、
そういう小さな報告までしてくれていた気がする。
でも、今は。
“今日ちょっと遅くなる”だけ。
めいは、その“隙間”に、あの映像の女性の顔を無意識に重ねていた。
あの人と、また会ってるのかな。
もしかして、会社でも……話すのかな。
「……違うってば」
首を振って、スマホを裏返す。
でも、頭の中はぐるぐると巡るままだ。
めいの不安は、言葉にはならない。
ただ、ちいさなさざ波のように、心に押し寄せ続けていた。
そして週末——
その日、はやとから「明日、会える?」と連絡が来た。
めいは「うん、だいじょうぶ」と返したけど、内心はちょっとだけ、ざわついていた。
どんな顔で会えばいいんだろう。
問い詰めるなんて、重いかな。
でも、あの人のこと——気になってしまって仕方ない。
「ちょっとだけ、聞いてみようかな……」
そう、心の奥で小さくつぶやいて、めいはスマホをそっと胸元に抱いた。
そして、次の日の午後。
待ち合わせは駅前のカフェ。
気づけば、ふたりがこうして改めて「会う約束」をするのは久しぶりだった。
先に着いたのは、はやとだった。
私が到着すると、彼は小さく手を振って、いつものように、ちょっと気まずそうに笑った。
「ごめん、急に呼び出したりして」
「ううん。誘ってくれて、ありがとう」
カップの中のコーヒーは、少しだけ冷えかけていた。
でもそのことより、今日は……どうしても気になることがあった。
「この前の飲み会、楽しかった?」
「……え?」
はやとの表情が、ぴくりと動いた。
一瞬の間の後、彼は少し目線を逸らした。
「あー……普通だったよ。上司の話長かったし、飯はまあまあ。……何で?」
「ううん。SNSで、知ってる人が動画あげてて」
「SNS……?」
「うん。ありさ先輩。大学のときの先輩なんだ」
「あっ……そうなんだ。俺、会社の先輩なんだけど……え、まじで?めいの先輩だったんだ」
「そう。それで……映ってたんだよね。はやとが」
はやとは一瞬、何かを思い出すように目を細めた。
「ああ……動画のやつか。あれか……」
「隣に座ってた人、誰?」
「え?……ああ、“みく”って子。うちの部署の後輩。たまたま席がそうなっただけで、別に何もないよ?」
「うん……別に疑ってるとかじゃないの。ただ……」
そこから先が言えなかった。
“ちょっと不安になった”なんて言ったら、重いと思われるかもしれない。
“寂しかった”なんて、恋人同士としての自信のなさを露呈するみたいで。
「なんか、ちゃんと言ってほしかっただけ。飲み会あったなら、誰ととか、どうだったとか……」
「……そっか。言ってなかったね、ごめん」
すごく素直に謝られた。
だからこそ、私は逆に、何も言えなくなってしまった。
「……ううん。もういい。気にしすぎただけかも」
はやとが少し、笑った。
「めいがそう言うとき、だいたい気にしてるときなんだよね」
「……うるさいな」
わざとツンとした声を出して返すと、はやとは少し安心したように息を吐いた。
でもその安堵の仕草が、どこか遠くに感じた。
言葉のひとつひとつが、すれ違っていく。
本当は、笑顔のまま寄り添いたいのに。
どうしてこんな風に、ぎこちなくなってしまうんだろう。
* * *
別れ際。
改札口の前で、はやとがぽつりと呟いた。
「……ちゃんと話せて、よかった」
「うん……私も」
でも、本音は言えてなかった。
私のなかには、まだ小さなトゲが刺さったまま残っていた。
気づいてほしかった。気づいてほしかったのに——気づかれなかった。
そんな、少しだけすれ違った午後だった。
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