ぼたん ~不器用な歌い手達が紡ぐ音~

雪見桜

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本編

38.友達

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「じゃあ、ほんっとーに何でもないのね!? 変なことされてないんだね!?」
「う、うん」

タツが去った後のファミレスで、私は山岸さんや山崎さんと向かい合って話をしていた。
話をする……というより、質問攻めだ。
同級生の、しかも私の方が1歳上なくらいだから敬語はいらないと言われて、私も頑張ってため口にしている。
……敬語が慣れ過ぎていて、少し時間がかかったけれど。

「真夏、もう大丈夫じゃない? 悪い人が普通こうやってお金置いて行かないって」
「萌は甘いんだよ。だって出会いが公園でばったりとか、怪しいじゃん!」
「……あんたはあのおじさんに厳しすぎだと思うけど」

相変わらず2人はタツのことをおじさん呼びだ。
きっと2人とも本心ではそこまでタツのことをおじさんだと思ってはいないと思う。
けれどこの短期間の間に定着してしまったんだろう。
愛称のように呼ぶ2人に思わず苦笑いしてしまう。
好きな人との歳の差を感じてしまってほんの少しだけ苦しくなってしまったのは内緒だ。

「それにしても中島さんって音楽好きなんだね」

どうやら2人は私とタツの話もしっかり聞いていたらしい。
どう返事をすればいいだろうか? 
同じ歳くらいの女の子と話すことなんて小学生の時以来だ。
上手な話し方を自分でも掴めていなくて緊張する。
結局ただただ大げさなくらいに頷くしかできない私。
2人はさして気にした様子も見せず頷き返してくれた。

「案外私と気合うかもね! 知ってるかもだけどさ、私は奏が大好きで!」
「……出たよ、真夏の奏談義。中島さん、長くなるから適当に聞き流して良いよ」
「ちょ、萌ひどい! せっかくの同志が出来るチャンスを!」
「熱がありすぎるのよ、あんたは」

教室の隅から眺めていた2人の会話が今目の前で交わされている。
何だかとても不思議な気持ちになって、まじまじと見つめてしまう。
ああ、やっぱり素敵だなあ。
好きなものは好きだって誰相手でも言える山岸さん。
山岸さんに遠慮なくつっこみながらも何だかんだちゃんと話に付き合う山崎さん。
2人の空気は温かく明るく、優しい。
こんな関係性に、とても憧れるのだ。

「あ、そういえばさ、中島さん。さっきあのおっさんと見てたのってもしかして楽譜?」
「え!? あ、えっと」
「ああ、それ私も気になってた。ごめん、全部聞いてたんだけど、話の流れからしてあの人の作った曲? まだ音楽続けてたんだね。というか作曲できるんだね、あの人」

そしてどうやら2人は私のことを放っておくつもりもなかったようで、そうやって話を広げてくれる。
唐突に振られて驚いた私はあまり上手に答えられなくて、けれど私が答えやすいような質問をしてくれたのが分かった。
私を心配してここまで付いてきてくれたり、こうして話相手になってくれたり、本当に優しい人達だ。
思わず感動してしまう。
ちゃんと、2人の求める答えを言えるだろうか?
私はこんな質問ひとつ答えるのでさえうんと悩んでしまう。
それでもちゃんと私も話を広げたい。そう思って頷いた。

「楽譜、です。その、タツと、シュンさ……っ、あ、シュンさんはタツの相方さんでっ、その2人の楽譜」
「うへえ、よく作曲とかできるよね! 私絶対無理!」
「……音楽好きじゃないわけ、真夏」
「私は聴く専門だし。技術とか理論とか絡むとさっぱりだし!」
「堂々言い切ったね、あんたのそういうとこ嫌いじゃないよ」

噛み噛みの裏返った声を笑うこともなく山岸さんが感心したように笑う。
山崎さんはいつも通り山岸さんに突っ込みながらも楽しそうだ。

「というか、中島さんも楽譜見ただけで曲が分かるって、けっこう音楽上級者だったりする? 何か経験あるの?」
「あ、えっと! ピアノ、とか! ぎ、ギターとか?」
「え!? 複数できんの!? 天才じゃん!」
「て!? そんなそんなそんなそんな」
「……首もげそうなくらいブンブン振るね、中島さん。落ち着いて」

そしてあまりに素直な山岸さんの誉め言葉に、私の容量が越えた。
驚き反応に困り、壊れたレコードのように首をひたすら振りながら同じ言葉を繰り返す。
見かねた様子の山崎さんに止められるまで制御が利かなかった。
……上手に会話するのはとても難しい。
本当はこうやって私の話に耳を傾けてくれるだけですごく嬉しいのに。
それを上手く表現できなくて少し歯がゆい。
ありがとうと、素直な言葉ひとつ伝えることが下手くそだ。
それでも2人は私を輪から外すようなことは一切しなかった。

「ね、ね! 楽譜読めるってことはさ、もしかして音拾ったりとかもできる?」
「へ? あ、た、たぶん……?」
「すごい! あのさ、もしかしたらこの曲とかも楽譜にできたりするかな?」

山岸さんが鞄から取り出して見せてくれたのは、奏の新曲。
発売されたばかりの私達のCDを目にして、心臓がマックスで早鐘を打つ。
肩も大げさに揺らしながら、それでも何とか平静を装おうと深呼吸。

「ちょっと待った、真夏。あんたピアノ弾けたっけ……? というか楽譜読めないんじゃ」
「舐めないでよ、萌。小学時代、私鍵盤ハーモニカ得意だったんだよ!」
「……それはピアノ弾けるとは言わない」

私が息を整えている間に2人がそんな会話をしている。
そこから山岸さんの言葉を拾って、私は頭の中で楽譜を拾った。
もちろん自分が作った曲だから譜面は全て頭に入っている。
けれどあれはシャープやフラットが多めで転調もあるから、慣れないとちょっと大変だ。
できる限り簡単な音階を拾って、弾きやすいような楽譜に頭の中で変えていく。

「え、えっと……」
「ごめんね中島さん、真夏が無理言って。いきなりは無理だよね」

山崎さんはそう気を使ってくれるけれど、一度音を集めてしまうと音楽馬鹿な私は言いたくて仕方なくなってしまう。
うまく話を繋げる自信はなかったから、思い切って2人の前にスマホを出した。
何度も手をもつれさせながら開いたのは、鍵盤が画面いっぱいに広がるアプリ。
とても便利なもので、今だとスマホでも簡単な音を生みだせる。
ぽかんとしたままそこを見る2人に、イヤホンを渡す。
スマホに端子を繋ぐと、2人は分からないという顔をしながらイヤホンを1つずつ分けてそれぞれの耳に当てた。

「その、ね。ちょっと、お、音は飛ぶけど」

そう言いながら、画面の鍵盤をタップしていく私。
次第に2人は食い入るように画面を見つめた。
曲の主要部だけ切り抜いて簡単に弾くと、山岸さんの目が輝く。
……本当にこの曲を好きになってくれたんだろう。
こんな反応がとても嬉しい。


「すごい! 中島さんまじ天才!」
「びっくりした。中島さん本当に得意なんだね」

2人は手放しで私のことを褒めてくれた。
ありがとうと、言うなら今なのに感極まってしまってうまく出てきてくれない。

「中島さん、これ教えて! 私も覚えたい!」
「あ、う、うん……! その、良かったら楽譜書くよ」
「あ! そ、そのー……厚かましいお願いなんだけど、ドレミ振ってくれたり」
「う、うん! ドレミ書く!」
「まじで!? わー、ありがとう!」

それでも楽しそうに嬉しそうに山岸さんは笑ってくれる。
私の言葉にこうやって笑顔で返してもらえるのは、本当に久しぶりだった。
嬉しくて、嬉しくて、つられるように私も笑顔になっていく。

「楽しいなあ」

その言葉は無意識のうちに出てきたものだ。
目の前の2人は顔を見合わせて苦笑した。

「ごめんね、中島さん。今までさ、ずっと中島さん1人で気にはなってたんだけど、年も違うし、話しかけると緊張させちゃうしで、正直どう接すればいいのか分からなかったんだ」

ジッと私を見つめてそう言ってくれたのは山崎さん。
私は必死に首を横に振る。
だってそれは普通のことで、仕方ないことだ。

「私も、ごめん。私この通り身も心もガサツなもんで、大人しい子との上手い付き合い方が分からなくて」

そして、そう繋げてくれたのは山岸さん。
どちらも謝られるようなことなんかじゃなかった。
私が接しにくいタイプの人間だってことは、ずっと自覚していたことだから。
それでも今のクラスメイト達は皆一言でも声をかけてくれる。
それは、今目の前にいる2人も。
皆戸惑ったように私を見たけれど、白い目では見なかった。
対応に困った様子ではあったけれど、それでも何度も声をかけてくれた。
それは当たり前のことなんかじゃない。

「その、嬉しかったの。私、人と上手く喋れなくて、学校行くのだって気合を入れなきゃだめで、でも皆優しいから。今のクラスで良かったって、思う」

心が体にぴったり寄り添って、ちゃんと声として出てきてくれたのが分かった。
そしてそんな私を見て、2人が交互に私の頭を撫でてくれる。

「ちゃんと話してみなくちゃ分からないもんだね、真夏。全然普通に話しかければ良かったんだよ、余計な気回さずにさ」
「……本当だね。変な遠慮とか、私らしくもなかったわ」

そんな会話が耳を通り抜ける。
ずっと、こんな風に上手にクラスに馴染めなかった私を気にかけてくれていたんだとそこでやっと知った。

「ねえ、中島さん。たしか名前千依ちゃんだよね? 千依って呼んで良い?」

そんな山崎さんの言葉に、私は目を瞬かせる。
そして彼女は優しく笑うと、言葉を続けた。

「良い機会だもん、友達になろう?」

……ねえ、タツ。
私はやっぱり音楽とタツに心から感謝せずにはいられない。
だっていつだって私に大事なものを与えてくれる。
何年もかかって、人の手をたくさん借りて、そうしてやっと手に入れたもの。
自分の力ではないかもしれないけれど、本当はずっと欲しくて、でも半ば諦めかけていたもの。
やっとスタート地点に戻ってこれた気がして、涙を抑えることができなかった。
想いは詰まって声にならなくて、ただひたすら頷く私を2人は苦笑しながら見守ってくれた。


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