ぼたん ~不器用な歌い手達が紡ぐ音~

雪見桜

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本編

39.喜びの報告

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「ねえ、私のことも真夏で良いよ! 真夏。言ってみ?」
「ま、なつ……さん」
「“さん”いらない! 真夏! ほらっ」
「真夏…………ちゃん」
「……真夏、この子にはハードル高いわ。ちゃん付けで手打っときな?」
「くそう、あのおっさんには呼び捨てなのに、悔しい」

そんな何とも分からないような会話すら嬉しかった。
相変わらず反応するのは上手くできなかったけれど、2人共笑いながら許してくれる。
そう、タツやシュンさんみたく2人は私を受け入れてくれた。
同い年の同性でも、こういう人はいる。
私に呆れることなく、付き合ってくれる人が。
……大事にしたい。
私にこうして手を差し伸べてくれた人達を、大事にできる私になりたい。
今度こそ、ちゃんと先に繋がる友情を育みたい。

「ちー、上機嫌だね。いいことあった?」

2人と別れて事務所に行くと、一仕事終えた後なのかヘロッとした状態の千歳くんに会う。
彼は相変わらず私の変化にすぐ気付いた。
えへへと笑いながら私も大きく頷く。

「……まさか“また”リュウ?」
「うん、タツもそう、かな?」
「……ふーん」

面白くなさそうに相槌を打った千歳くんの手を拾い上げれば、途端にその顔はきょとんとしたものに変わる。
笑顔のまま、この報告ができることが嬉しい。
一番に千歳くんに伝えたかった。
一番の理解者でいてくれる千歳くんに知って欲しい今の私。

「あのね、友達、できた」
「え?」
「友達になろうってね、言ってくれた人達がいたの。友達、できたんだよ」

興奮してしまって少し早口になってしまう私を、相変わらず呆けた顔で千歳くんは見つめてくる。
けれど少しずつ言葉を呑み込んだのだろう、みるみるうちに千歳くんの顔も輝いていった。

「良かった! 本当に良かったね、ちー!」

自分のことのように喜んでくれる千歳くんに、私も笑い返す。

「あのね、千歳くん。本当にありがとう」
「お礼を言われるようなことなんて俺なにもしてないけど? ちーが頑張ったからでしょ」
「違うよ! 千歳くんがずっと大丈夫って背中押し続けてくれたから私はここにいられるの。だからありがとう」
「……敵わないなあ、本当」
「うん?」
「何でもない! それより、どんな人なわけ?」

そうして千歳くんは興味津々そうに私に尋ねてくれた。
私が嬉しくて興奮気味で話したいと思っていることに気付いてくれたんだろう。
向かいの椅子に腰かけ、話を聞いてくれる。
私は千歳くんに真夏ちゃんと萌ちゃんの話をした。

運動神経が良くて、サバサバとしていて、明るい真夏ちゃんのこと。
冷静で読書家で、そして面倒見がよく優しい萌ちゃんのこと。
そして真夏ちゃんが千歳くんの大ファンであることも。

「はあ? 俺のファン? まじで」
「うん! いつもテレビも雑誌も全部チェックしてくれてるんだって」
「んー……」

けれど何故だか千歳くんはそこで初めて鈍い反応を見せる。
「ファンあっての仕事だから」と、自分を応援してくれる人を大事にする千歳くんを私は知っている。
だからその反応に違和感を覚えて首を傾げた。

「……ファンの子と友達なのは、駄目だった?」
「いや、そうじゃないよ。俺のファンでいてくれるのは嬉しいし。ただなあ」

言葉が分からずきょとんと見つめ返す。
向かいからため息が響いた。

「良い、ちー? 友達がファンってことは、ちーの正体が今まで以上にバレやすくなったってことだからね」
「へ……?」
「話聞いただけで判断するのもアレだけど、その子たぶん秘密隠すとか苦手だろう? ちーも苦手。ちー、高校卒業まで学校の生徒達に正体隠さなきゃいけないのに大丈夫? 仮にその子にバラすなら、その子ちーと一緒に隠し通せる?」
「……、か……」
「か?」
「考えてなかった……! どうしよう……!」

途端に真っ青になる私に、「やっぱりか」と千歳くんが再びため息をつく。
2人に隠し通せる自信も、上手く説明できる自信も皆無だった。
私は嘘が壊滅的に下手だ。目が泳ぐから。
そして人に何かを言葉で説明するのもあまり得意じゃない。
今までは必要最低限の会話しかなかったからただ黙っていればバレなかったけれど、これからはそうもいかない。
それはとても嬉しいことではあるけれど、同時にハードルがすごく高くなるということ。

「あー、ファンなあ……。嘘付くのが下手な奴じゃ興奮してすぐ反応して一発で不審がられんぞ千依」
「お、大塚さん」
「いい年して盗み聞き? 趣味悪」
「あー、本当。そのダチお前の性格知ったらドン引きすんだろうな、千歳」

気付けば大塚さんがドア付近に体を預けこっちを見ていた。
そして私の傍まできて、ぐしゃぐしゃと頭を撫でてくる。

「ま、そっちはおいおい考えてくか。さすがのお前でも1日2日でバレないだろ」
「う……、が、頑張ります」
「千依。良かったな」

面倒そうな顔をして、それでも大塚さんは結局そう言って笑ってくれる。
私は本当に恵まれている。感謝していかなければ。
決意を新たにした。

教室の前で大きく息を吸って、吐く。
そして気合を入れて教室に入るのは最早いつものこと。
今日は友達ができて初めての登校。
尚更緊張して、ドアを開ける。

「あ、千依。おはよー!」
「おはよう、千依」

当たり前のように声をかけてくれたのは真夏ちゃんと萌ちゃん。
感動して目が潤むけれど、ハッと我に返って気合を入れる。

「お、お、おはよう!!!」

……思った以上に大音量になってしまったらしく、周りにいる人達が何事かとこっちを見たのが分かった。
そうそう簡単にはやっぱり変われない。

「ちょ、ち、千依さん。そんなに緊張しなくて大丈夫だから」
「うー、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「……テンパると呪文みたく言葉繰り返すのは癖なのか」

真夏ちゃんがそう言いながら私の座る椅子を用意してくれる。
萌ちゃんは何も言わないままポンポンと私の背を撫でてくれていた。
周りのクラスメイト達がそんな私達を不思議そうに見ているのが分かる。
昨日までそんな感じじゃなかったから、驚くのも無理はないと思う。
けれど視線を感じてなおさら緊張してしまう自分。

「千依、大丈夫だから。ほら、深呼吸」
「う、うん」

萌ちゃんはやっぱりお姉ちゃんのように私の世話を焼いてくれた。
頼りきりで申し訳ないけれど、その優しさが嬉しい。
それでやっと少し冷静になれた私は、カバンから五線譜を取り出す。

「ま、真夏ちゃん。これ……」
「ん、え、これ楽譜?」
「あ、その『dusk』の」
「え、もう!? まじで!?」

真夏ちゃんの勢いに呑まれて背中をそらせながら頷くと、真夏ちゃんは書いた五線譜をぱらぱらとめくり始めた。

「ちゃんとドレミついてる! 千依まじで天才! ありがとう!!」

あまりに声が大きくて、またクラス中から視線が集まった。
心臓が破れそうなほど大きく鳴って、目まいすらしてくる。

「どうしたんだよ、山岸。お前今日は一段とうるさいな」
「ひゃあ!?」
「え、な、中島? ごめん、大丈夫?」
「ごごご、ごめんなさい、何でもないです、ごめんなさい」

近くで届いた新しい声に驚いてしまって大声をあげてしまう私。
慣れないことをいっぺんにするとどうにも調子がおかしくなってしまう。
謝りながら視線を声のする方に向ければ、そこにいたのは爽やかイケメンの宮下くん。

「ちょっと宮下見てよこれ! 千依が奏の楽譜書いてくれたの!」
「というか、お前らいつの間に仲良くなった」
「昨日、ばったり会って仲良くなったの。そんなことより、私ついに奏を演奏できるようになるんだよ!」
「……お前って、楽器できたんだっけ」
「ちょっと萌と同じこと言わないでよ。小学の時鍵盤ハーモニカ得意だったんですう」
「……それは楽器できるって言えるのか?」

どこかで聞いたような会話に、萌ちゃんがため息をつく。
けれど次の瞬間、何故だか宮下くんの視線が私の方を見た。

「って、ちょっと待った。さっき中島が楽譜作ったって言ったか?」

問われて訳が分からないなりに頷けば、何故か教室内から響いたのはざわめき。

「中島さん、楽譜作れるってまさか……まさか、何か音楽経験」
「へ!? ぴ、ピアノ……とか、ぎ、ぎ、ギター? とか」

注目を浴びると途端にカタコトになる言葉。
それでも何とか繋げれば、また一層にざわめきが広がった。
な、なに?

「ちょっと、ここにいたよ救世主が!」
「うおおお、まじで良かった! なんとかなるかも!」

突然の事態に何が何だか分からず、思わず救いの目を真夏ちゃんと萌ちゃんに向ける。
そうすると2人とも目を瞬かせてから「ああ」と何か思い出したように声を発する。

「そっか、ちょうど千依休んでた時か。ごめんごめん、連絡行ってなかったね」

そう補足されて思い出すのは新曲作成の為に休んでいた1週間のこと。
その間に何かがあったようだと、それしか私には分からない。
詳しく付け足してくれたのは萌ちゃんだ。

「あのね、今年の卒業祭なんだけどクラスで合唱することになってさ。どうせなら超難易度の曲で盛大に披露してやろうってことになったんだけど、ほらこの動画みたいに」
「でも楽譜が見つかんなくてね。伴奏出来る人も見当たらないし。どうすればこれ出来るか詰まってたんだよ」

萌ちゃんの言葉を繋いで真夏ちゃんも説明してくれる。
卒業祭とは私の学校独自の習慣で、卒業式直前に卒業生を送るためのイベントだ。
送る側の1、2年生がクラスごとで何かを発表して賑やかに3年生を送り出そうという行事。
私の学校はこういうイベント事が多くて、熱心だ。
どうやら今回も熱が上がっているらしい。
萌ちゃんが見せてくれた動画を見つめ、頭で譜面を起こしていく。

「どう? 分かりそう?」

真夏ちゃんに問われて、「た、ぶん?」と頷けば歓声が上がった。
そこでハッとして、私は声をあげる。

「ま、ま、まさか、私、これ、伴奏…」
「頼む! お前だけが頼りだ!」

宮下くん筆頭に口々にクラス中からそんな声があがった。
人前で何かをすることがすごく……もう、ものすごく苦手な私は冷や汗をかいてしまう。
どうしよう、どうしようと焦る自分。
心配そうに背を撫で宥めてくれるのは、最近友達になったばかりの2人。

……そうだ、頑張るって決めた。
変わりたいって思った。
ふとタツや千歳くんの言葉が頭をよぎる。

『チエは大丈夫』
『ちーはもっと自信持ちなよ、大丈夫だから』

……うん、きっと大丈夫。
この先、私は千歳くんと一緒に奏として表舞台に立ちたい。
そのために今の私が出来ること。

「わ、私で良いなら、が、頑張る」

大きな決意とは裏腹な小さな声。
けれど覚悟を決めて顔を上げる。

「マジか! ありがとう!」

すぐに宮下くんが満面の笑みを見せてくれた。
周りも「良かった!」と安心したように笑っている。
……ああ。
私はやっとちゃんと、このクラスの一員になれたのかもしれない。
そんなことを思って、胸がすとんと落ちつく感覚を味わった。
大丈夫だと、心が納得してくれた。
気付けば笑顔になっている自分がいる。

「……俺、中島が笑ってんの初めて見た」
「なんだ、いつも笑ってりゃいいのに。けっこう可愛いじゃん」

そんな会話が教室のどこかでされていたこと、私は知らない。
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