51 / 88
本編
50.自覚・後(side.タツ)
しおりを挟む「うえええ!? 知り合いいい!?」
俺達の反応を訝しんだ芳樹に事情を話せば、店内に絶叫が響き渡る。
こう見えて案外口の堅い芳樹なら大丈夫だろうと思い言ったが、反応は案の定だ。
ただそれ以上に衝撃がでかすぎて、シュンと2人固まったまま動けなかった。
『勝負、です。いつか同じ舞台でお互いに音を届けましょう』
真っすぐに、疑いのない目で俺に告げてきた言葉を思い出す。
あまり評価のされない俺を一生懸命励ましてくれた女の子。
俺なんかよりも段違いに素晴らしいものを持ちながら、それでも俺を憧れだと言い切る不思議な子。
出会ってまだ半年も経っていない。
それでも彼女の存在に、言葉に、音楽に、俺は幾度と救われてきたように思う。
俺に音楽の楽しさを気付かせてくれた、自信を少し分け与えてくれた。
音楽以外のことは少し、不器用そうではあったが。
話ひとつ繋げることすらたどたどしく、友達の作り方も分からないほどに。
焦ればその分から回って、思わず手を差し伸べたくなるような不安定さをもったチエ。
それでも自分の心を何とか伝えようといつだって一生懸命だった。
頑張ろうと、上を向こうと、努力し続けるその姿を応援したいと思った。
救ってくれたお礼に、手助けをできたらなんて思いは少々傲慢だったのかもしれない。
俺が何かをする必要はきっと、なかった。
だってそうだろう?
チエは、俺のいない世界でもこうして立派に花を咲かせている。
苦手だと言いながら、ハラハラするほどの危うさを持ちながら、それでも今日も彼女はこうして戦っているのだ。
必死に、持ち前のその芯の強さで。
その証に、彼女の紡ぐ音はチトセにも負けないほど力強い。
何ともチエらしいと、そんなことを思う。
「しかし何というか、竜也さんってやっぱすごい人なんだね。さすが元フォレスト!」
高揚したままの気持ちが抜けない俺に、唐突に芳樹が言う。
わけが分からなくて「は?」と聞き返す俺。
芳樹は屈託なく笑った。
「だって、あんなすごい奴に憧れって言われるんだろ? それってすげえって!」
「あー……、でもあの子変わってるしなあ。一般的に言うならすげえのはシュンの方で」
「いやいやいや! 俺音楽とか全然分かんないから才能とかよく分かんないけど、何も持ってない人は憧れの対象になんてならないんだぞ?」
自慢げに言う芳樹が可愛くなって、思わずグシャグシャと頭を撫で潰してしまう。
「うわ、やめっ」と言いながらも本気で抵抗しないあたり、本当可愛い奴だ。
すごい人。
それに自分が当てはまるかどうかと聞かれれば、やはり自信は持てない。
実力も技術もどうしても上ばかり目について、自分の無力さを痛感する。
俺にはあんな全てを惹き付けられるような演奏できる気がしない。
だが、それでも。
どこかで諦められない自分の心。
そんな自分を以前と比べて認めることができたのは、きっと……。
「こ、ここここ、こんばんは!」
「えっ、まじ、本物!?」
「えっ、あ、営業ちゅ……うわあああ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
考えがまとまらないうちに、後ろから声が届いた。
即座に反応したのは芳樹で、興奮気味に声を発している。
スローモーションのようにゆっくり振り返れば、そこにいたのはさっきテレビ越しに見た少女。
紺色のダッフルコートを着た彼女の髪型も顔も、さっきテレビ越しに見たままのチエだった。
「チ、エ……」
掠れたように名を呼べば、目の前の少女は途端に肩を震わせる。
それでもチエは顔を下げることなく真っすぐ俺を見つめてきた。
「おう、チエ来たか。良かったぞ、さっきの」
「え、あ! あ、ありがとうございます!」
皆驚いている中でただ一人ケンさんだけが平然とそんなことを言う。
訳知り顔なのが理解できなくて視線を向ければ、いつものニヤリとした意地悪い笑みを浮かべるケンさん。
首を傾げ眉を寄せる俺に、ケンさんが顎でしゃくった先はチエのいる方。
訝しがりながらも視線を戻せば、チエは今もまだ俺の方を見つめ固まっていた。
不安げなその表情を見て、やっと俺は我に返る。
そうだ、呆けてる場合じゃない。
いつも俺達の音を聴いて感想をくれるこの子に、どうして何も言わないんだ俺は。
慌てて言葉を探すが、どうにも興奮状態が冷めていないようで上手くまとまらない。
「すごかった、やっぱりチエは天才なんだな。驚いた」
当たり障りのない、誰もが思いつくようなことしか言えない自分を情けなく思った。
衝撃が強いと語彙力が無くなるというのはどうやら本当らしい。
もう少し気の利いた言葉ひとつ言えないのかと自分でも思う。
しかし言葉が上手いこと出てこない。
チエはそれでも俺の言葉をきちんと拾い、泣きそうな顔をしながらもブンブンと首を横に振って反応してくれた。
「ずっと、伝えたかったんです。貴方にお礼が、言いたかった」
そうしてチエの口から出てきた言葉に、俺は首を傾げる。
お礼。その単語に思い当たるものが何一つなかったからだ。
目の前で、チエが大きく深呼吸するのが分かった。
「私、テレビで見たんです。リュウの、最後のライブを」
「……え」
「あの時の私は、本当ダメダメで……、今より何もできなくて、本当にどうしようもなくて」
あまりに抽象的なチエの言葉を、正直俺は理解できていない。
しかし俺がフォレストを抜けた時チエにとっても辛いことがあったのだと、それくらいは察することができた。
思えば俺はチエがどうしてここまで俺を憧れてくれているのか、その理由を知らない。
もしかすると、この話はそれと関係があるのだろうか。
ただただ耳を傾けたのは、今にも泣きだしそうな顔をしながらそれでも必死にチエが何かを言おうとしていたからだ。
「貴方の歌を、聴きました。テレビの向こうから」
「うん」
「あの時の、あのリュウの歌が私をここまで連れてきてくれた。あんなに力強くて、温かくて、優しくて、真っ直ぐに響く音を私は聴いたことがなかった。リュウのおかげで、私は、ここまでやってこれたんです」
数分かけて声をひっくり返しながら告げてくれたチエの言葉。
思わず俺は目を瞬かせ呆けてしまう。
「俺、の……おかげ?」
思わず、聞き返してしまう。
リュウとして最後の歌。
実力は悔しいほどになくて、技術も何もなくただただ体を巡った強い気持ちだけで歌った。
俺の作るちっぽけな音楽でも、誰かの力になるのならばと。
伝わるかどうかすら、分からないままに。
チエは、そんなあの時のことをまるで宝物かのように言ってくれる。
「ずっと、言いたかった。あの歌を私に届けてくれた貴方に、この言葉を言うのが夢だったんです」
「チ、エ……?」
「本当に、ありがとう!」
声をひっくり返しそうになりながら必死に言うチエ。
頭はやっぱり勢いよく下がっていて、身体は相変わらずの綺麗な90度。
呆然としたままの俺は、けれど、その言葉を理解した瞬間、体の芯が熱くなっていく。
沸騰するかのように。焼けるかのように。
……伝わっていた。
あの日のあの拙い音を拾って糧としてくれた人が、ここにいた。
あの日の気持ちはちゃんと、届いてくれていたのだ。
「……待ってますから」
「え?」
「今度は私がテレビの向こうから待ってます。タツやシュンさんがここまで来るのを」
そうしていつになく力強く言われた言葉に反応して、再び視線を合わせる。
するとチエは俺とシュンを両方見た後に笑顔を見せた。
「勝負、です。2人に負けないくらい、私だって、うんと強くなってみせます」
そう告げたチエの顔が、あまりに綺麗で驚く。
数少ない彼女のその満面の笑みは、恐ろしいくらいに温かい。
そのとき俺は見事にあっさりと持っていかれた。
自分より何歳も下の女子高生だとか、自分と段違いの才能があるとか、俺を憧れてくれているとか、そんなこと頭からすべて吹っ飛んでしまう。
ただただ純粋に惹きつけられ、目が離せない。
ああ、そうか。
どうしようもなくチエのことが好きなのだと、そう自覚した瞬間だった。
0
あなたにおすすめの小説
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
まずはお嫁さんからお願いします。
桜庭かなめ
恋愛
高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。
4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。
総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。
いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。
デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!
※特別編6が完結しました!(2025.11.25)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、感想をお待ちしております。
俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ズボラ上司の甘い罠
松丹子
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。
仕事はできる人なのに、あまりにももったいない!
かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。
やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか?
上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?
藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。
結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの?
もう、みんな、うるさい!
私は私。好きに生きさせてよね。
この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。
彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。
私の人生に彩りをくれる、その人。
その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。
⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。
⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる