レモネードスタンド

alphapolis_20210224

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 堀を埋め立ててできた道と昔の街道が結びついたまっすぐな道が川に向かって長く続いている。
 そのまま行くと土手に突きあたって上流側と下流側に別れるが、どちらに行こうとは決めていない。ハンドルにまかせればいい。どこへ行くのではなく、今日は自転車で行けるところまで行ってみるつもりだった。

 前かごの茶を入れたペットボトルは長すぎてきちんと横倒しにならずがたがたゆれ、そのたびに反射した光が目にちらちらして泡がたつ。確かめなくてもすっかりぬるくなっているのがわかる。
 昼のそうめんのつゆのおくびがペダルの踏み込みに合わせてあがってきて、風が運んでくる草いきれにまじった。

「暑いのにわざわざどこ行くの」
「いいでしょ、どこでも」
「帽子かぶって」

 手渡された黄色の通学帽はペットボトルの下で裏返っている。外出するときは通学帽と名札をつけるというのが決まりだけれど、そして、母さんは守らせようとするけれど、嫌なものは嫌だ。
 もう低学年の子供じゃない。名札はプライバシーだかなんだかでつけなくてもそれほど厳しく言われないのに、帽子のことは休み前に配られたプリントにも書いてあった。でも、かぶらない。だって、格好悪いから。

 走っていても誰も見かけない。正面に見えてきた土手まで道が全部自分のものになったようだ。そのうえ、宿題はきのうの夜で片づけたので、あとは日記だけ書けばいいから、八月も全部自分のものだ。
 立ちこぎをして速度を上げると、田圃と畑と空き地がつぎはぎのようになって通りすぎていく。烏と猫がけんかをしていたので見ようとして自転車を止めたが、その音でそれぞれ空と茂みに逃げ去ってしまった。

 止まると汗が噴きだす。ぬるい茶を一口含んでまたペダルを踏み込んだ。
 走りだすと、オーブンを開けた時のようなむっとする空気が振り払われる。五分ほどで土手につきあたると下流側に曲がった。
 土手を右手において川に沿ってゆっくりと走る。木陰が多くなり、気のせいか、風が涼しくなったようだった。

「おーい、どこいくのー」

 大声が降ってきた。土手の上に二人いて、プラスチックのバケツと虫取り網を持って手をあげている。

「ちょっとねー」

 自転車を止めて、そちらに大声で返事をした。二人はバケツと網からしずくを垂らしながらこっちへ下りてきた。

「ほら、蛙」
「それと、魚」
「なに、この魚」
「わかんないけど、魚」
「まだ捕れそうだよ。おまえもやろうぜ」
「俺はいい」
「えー、どこ行くの。教えてよ」
「秘密」
「基地作ってんのか」
「えっ、それなら俺らもやりたい」
「ちがうよ。走ってるだけ」

 そう言いながら二人にペットボトルを渡すと、一口ずつ飲んだ。

「サンキュー」
「ありがと」
「じゃーな」
「またな」

 二人が後ろに遠ざかっていく。

 自分のことを俺というと家では注意されるが、友達同士ではそう言わないと浮いてしまう。あいつらも、クラスのみんなも、そんな風な言葉の使い分けをしているのだろう。面倒くさい。

 道が悪くなってきてがたがたするようになってきた。舗装にひびや盛り上がりがあり、雨に流されてきた砂や小石が模様になっている。川の向こうから工場の音が渡ってくるのを聞きながら走っていると、無意識のうちにその流れていく模様と音の反復を関連づけようとしているのに気づいた。
 うまく結びつきそうになったとたんに音か模様かどちらかが外れるのでもどかしい気持ちでいると、なにかが光った。
 道のわきにビニール傘が捨てられている。変色して破れたビニールと錆だらけで曲がった骨が、誰にも回収されず、地面と一緒にもなれずに横たわっていた。

 太陽が、熱を押しつけてくるようにふくれあがっている。

 帽子、かぶったほうがいいだろうか。でもみっともない。男子は登下校のとき以外にかぶる奴なんかいない。女子のなかには先生の言うことをそのまま実行するのがいるが、それは女子だから関係ない。

 川が大きく曲がるところで土手沿いの道を離れて町の側にそれた。建物に囲まれると暑さが増したが、この先に公園があるはずなので一休みしよう。
 町は静かでほとんど動くものはなく、熱と光をかき分けてタイヤがまわる。すこし上り坂気味になってペダルに抵抗がかかったが、のろのろ走るのは嫌なので、これまでと同じ速度で走るよう足に力を入れた。
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