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そんなこともあろうかと
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魔王は玉座から立ち上がった。何年ぶりだろう? そして、その原因となったちっぽけな人間を見下ろしていた。ここまで来たのだ。あっさり殺すのは惜しい。少し話をしてやろう。
「おまえか、もっとも凶暴にして奸智にたけた我が下僕、『黒き鉄の竜』をこの世から消したのは」
低音の響きが体中の骨を震えさせるのを感じながら、しかし、人間は顔を上げ、悪の源を睨んでいた。鎧はすでに用をなさないほどに破壊されており、剣は折れていた。それでもまっすぐ立っていた。
「魔王よ。我らが女王は今だ慈悲を授けるつもりでおられる。膝を屈し、情けを乞うのだ」
「ほう、女王。して、王はどうした? 話と違って創造主様は手出しされなかったな。おかげで助かったぞ」
挑発的な物言いに睨んでいた目がさらに細くなり、挑むかの如く肩が動いた。だが、ただ黙って次の言葉を待っていた。
「では、いよいよ人の時代の終わりと行こうか。旗印におまえの首を掲げてやろう」
言葉の響きが消えた瞬間、人間は折れた剣を魔王の眉間に向けた。青白い光が放たれる。とっさにかばった手を突き抜け、頭も貫いて背後の壁を焼いた。
「聖者様の魂だ。魔を滅するために自らを捧げられた。この世で得られる最も清い存在。その精髄を味わえ」
魔王の全身が震え、赤黒かった肌が透明になっていった。表情が和らいでいく。しかし、数秒でその過程が逆転し、元に戻っていった。嘲るような笑みが浮かぶ。
「我が芝居はいかがであったかな? やはり人間は愚かだ。聖者だと? 人間である以上真に清い者などいない。すでにその者は我が下僕によって堕落させられていたのだよ」
手を降ると映像が浮かんだ。深夜、聖者が休んでいるところだった。そこに誰か、いや、何かがやってきて美しい人の姿となった。それは寝台に滑り込んだ。
「無理矢理ではないぞ、あの様子を見ただろう。聖者とやらは侵入者を迎え入れたではないか。そして肉の快楽を貪ったのだ。ふん、そんな者の魂など効かぬ。無駄死にであったな」
だが、魔王の期待したような絶望は見られなかった。人間は大きく笑った。
「何かと思えばその程度か。我らが知らぬとでも思っていたのか。聖者様が狙われるであろう事は想定済み。おまえの手の者が誘惑したのは身代わりだ。さっきのは芝居だったろうが、そろそろ本当の効果が現れそうだな」
「なに!」
魔王の体がまた色を失い始めた。体中に染み付いた邪悪が浄化されていく。人間はその様子を満足げに見つめながらこれまで払った犠牲を思い出していた。
しかし、魔王の顔だけは邪悪を保ち続けていた。
「身代わりとは古典的だがよくやったな。ま、人間にしてはだが。ところで、自分の剣をよく見てみろ」
そう言い終わると、体色はもとの赤黒さを取り戻していた。
人間は握りしめたままの剣を掲げて確かめた。そして驚愕の色を表した。
「そうだ、『黒き鉄の竜』の最期だ。気が付かなかったのか。やはり人間は間抜けだ。あれで倒したと思っていたのならな」
剣の柄に食い込んでいた小さな牙の破片が消えようとしていた。あきらかに光軸の精度を狂わされていた。ということは……。
魔王の眉間の傷はほんのわずかずれていた。本来撃たなければならない中心核からそれていた。大打撃にはなるだろうが、邪を滅するほどの致命傷にはなりえない。そして、回復力を考えれば大打撃など無意味に等しい。
「善哉! 絶望、後悔、諦念。負の感情が混じり合い、渦巻いておる。気に入ったぞ」
魔王は勝ち誇った。
「善哉!」
人間が言い返す。魔王は嘲笑しかけたまま凍りつく。
「どうした? 魔王よ。傷の治りが遅いようだが。戻せたのは肌の色だけか」
「何をした!?」
「戦いの中、精密な狙いが無理な事などわかりきっている。だが、外れたところで回復できなければ同じだ。むしろ苦しみながら滅するが、それでいいのか。望めば情けをかけてやるが」
「魂だけではなかったか。撃ち込んだ傷口から回復妨害の呪文も送り込んだな」
「魔法に関しては察しがいい。さすが魔の王と呼ばれるだけはある。その通りだ。おまえの肌は対魔法性を備えているが、傷を通して体内からでは無理だろう」
「なるほど。ではこれを見よ」
魔王はかばった手を広げた。穴はふさがっていた。
「人間は理屈ばかり。正しくはあるが、弱点をいつまでもそのままにしておくと思われていたのは癪ではあるな。我ながら苦労はしたが、体内も対魔法性を備えた。肌ほどではないがな。待っておれ、完全に回復したらおまえで新しい魔法の実験をしてやる」
人間の表情は変わらなかった。言葉の響きで骨が震えるのにも慣れてしまった。
魔王もそれに気づいた。
「まだ何かあるのか」
「ああ、対魔法性について判明したのは一年前だ。当然、おまえが準備を整えている事は国の学者たちも……」
「待て、人間。お前たちはどこまで想定しているのだ。どのくらい深く掘った?」
「魔王よ。それはこっちが言いたい。いつまでこれを続ける?」
「要は、おまえの攻撃はこちらの致命傷にはなっていない……」
「それはそうだ。どんなに深く掘っていようが、今生きている以上、そちらの対抗手段のほうが上回っているのだろう」
口を挟んだ人間にうなずいて続ける。
「……しかし、何があるのかわからないのでは困る。戦いの最中にお前らの仕込みが発動したのではうっとうしい。人間だけが敵ではない」
人間は剣を納めた。
「なるほど。これは話し合いの余地がありそうだな。取り引きできないか」
「おまえの考えが分かった。人間よ。思ったより我らは近いな」
「そうだ。おまえが創造主様に誓うなら、今ここでこちらが仕込んだ対抗手段をすべて明らかにする」
「誓いとは?」
「今後人類とその世界には一切干渉しないでもらいたい」
「分かった」
魔王は即座に誓いを立て、人間は仕込みを明らかにした。記憶結晶三個分にも及ぶ膨大な対策が引き渡された。
こうして、人類は平和を手にした。
この人間は後に勇者として称えられた。当然だろう。
了
「おまえか、もっとも凶暴にして奸智にたけた我が下僕、『黒き鉄の竜』をこの世から消したのは」
低音の響きが体中の骨を震えさせるのを感じながら、しかし、人間は顔を上げ、悪の源を睨んでいた。鎧はすでに用をなさないほどに破壊されており、剣は折れていた。それでもまっすぐ立っていた。
「魔王よ。我らが女王は今だ慈悲を授けるつもりでおられる。膝を屈し、情けを乞うのだ」
「ほう、女王。して、王はどうした? 話と違って創造主様は手出しされなかったな。おかげで助かったぞ」
挑発的な物言いに睨んでいた目がさらに細くなり、挑むかの如く肩が動いた。だが、ただ黙って次の言葉を待っていた。
「では、いよいよ人の時代の終わりと行こうか。旗印におまえの首を掲げてやろう」
言葉の響きが消えた瞬間、人間は折れた剣を魔王の眉間に向けた。青白い光が放たれる。とっさにかばった手を突き抜け、頭も貫いて背後の壁を焼いた。
「聖者様の魂だ。魔を滅するために自らを捧げられた。この世で得られる最も清い存在。その精髄を味わえ」
魔王の全身が震え、赤黒かった肌が透明になっていった。表情が和らいでいく。しかし、数秒でその過程が逆転し、元に戻っていった。嘲るような笑みが浮かぶ。
「我が芝居はいかがであったかな? やはり人間は愚かだ。聖者だと? 人間である以上真に清い者などいない。すでにその者は我が下僕によって堕落させられていたのだよ」
手を降ると映像が浮かんだ。深夜、聖者が休んでいるところだった。そこに誰か、いや、何かがやってきて美しい人の姿となった。それは寝台に滑り込んだ。
「無理矢理ではないぞ、あの様子を見ただろう。聖者とやらは侵入者を迎え入れたではないか。そして肉の快楽を貪ったのだ。ふん、そんな者の魂など効かぬ。無駄死にであったな」
だが、魔王の期待したような絶望は見られなかった。人間は大きく笑った。
「何かと思えばその程度か。我らが知らぬとでも思っていたのか。聖者様が狙われるであろう事は想定済み。おまえの手の者が誘惑したのは身代わりだ。さっきのは芝居だったろうが、そろそろ本当の効果が現れそうだな」
「なに!」
魔王の体がまた色を失い始めた。体中に染み付いた邪悪が浄化されていく。人間はその様子を満足げに見つめながらこれまで払った犠牲を思い出していた。
しかし、魔王の顔だけは邪悪を保ち続けていた。
「身代わりとは古典的だがよくやったな。ま、人間にしてはだが。ところで、自分の剣をよく見てみろ」
そう言い終わると、体色はもとの赤黒さを取り戻していた。
人間は握りしめたままの剣を掲げて確かめた。そして驚愕の色を表した。
「そうだ、『黒き鉄の竜』の最期だ。気が付かなかったのか。やはり人間は間抜けだ。あれで倒したと思っていたのならな」
剣の柄に食い込んでいた小さな牙の破片が消えようとしていた。あきらかに光軸の精度を狂わされていた。ということは……。
魔王の眉間の傷はほんのわずかずれていた。本来撃たなければならない中心核からそれていた。大打撃にはなるだろうが、邪を滅するほどの致命傷にはなりえない。そして、回復力を考えれば大打撃など無意味に等しい。
「善哉! 絶望、後悔、諦念。負の感情が混じり合い、渦巻いておる。気に入ったぞ」
魔王は勝ち誇った。
「善哉!」
人間が言い返す。魔王は嘲笑しかけたまま凍りつく。
「どうした? 魔王よ。傷の治りが遅いようだが。戻せたのは肌の色だけか」
「何をした!?」
「戦いの中、精密な狙いが無理な事などわかりきっている。だが、外れたところで回復できなければ同じだ。むしろ苦しみながら滅するが、それでいいのか。望めば情けをかけてやるが」
「魂だけではなかったか。撃ち込んだ傷口から回復妨害の呪文も送り込んだな」
「魔法に関しては察しがいい。さすが魔の王と呼ばれるだけはある。その通りだ。おまえの肌は対魔法性を備えているが、傷を通して体内からでは無理だろう」
「なるほど。ではこれを見よ」
魔王はかばった手を広げた。穴はふさがっていた。
「人間は理屈ばかり。正しくはあるが、弱点をいつまでもそのままにしておくと思われていたのは癪ではあるな。我ながら苦労はしたが、体内も対魔法性を備えた。肌ほどではないがな。待っておれ、完全に回復したらおまえで新しい魔法の実験をしてやる」
人間の表情は変わらなかった。言葉の響きで骨が震えるのにも慣れてしまった。
魔王もそれに気づいた。
「まだ何かあるのか」
「ああ、対魔法性について判明したのは一年前だ。当然、おまえが準備を整えている事は国の学者たちも……」
「待て、人間。お前たちはどこまで想定しているのだ。どのくらい深く掘った?」
「魔王よ。それはこっちが言いたい。いつまでこれを続ける?」
「要は、おまえの攻撃はこちらの致命傷にはなっていない……」
「それはそうだ。どんなに深く掘っていようが、今生きている以上、そちらの対抗手段のほうが上回っているのだろう」
口を挟んだ人間にうなずいて続ける。
「……しかし、何があるのかわからないのでは困る。戦いの最中にお前らの仕込みが発動したのではうっとうしい。人間だけが敵ではない」
人間は剣を納めた。
「なるほど。これは話し合いの余地がありそうだな。取り引きできないか」
「おまえの考えが分かった。人間よ。思ったより我らは近いな」
「そうだ。おまえが創造主様に誓うなら、今ここでこちらが仕込んだ対抗手段をすべて明らかにする」
「誓いとは?」
「今後人類とその世界には一切干渉しないでもらいたい」
「分かった」
魔王は即座に誓いを立て、人間は仕込みを明らかにした。記憶結晶三個分にも及ぶ膨大な対策が引き渡された。
こうして、人類は平和を手にした。
この人間は後に勇者として称えられた。当然だろう。
了
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