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第三部 アップルパイ、閉回路ソースを添えて

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 学習は順調に進み、マシンの偏在をもとにしたアルゴスの推定と目視情報データベースはほぼ一致するようになった。

「誤差どのくらい? 実用いけそう?」
 そう聞くと、ウォーデが親指を立てた。天井に向けて。
「まだオートマトンとまちがえる。ほんのちょっとだけど。湿気が多くて暗いとまちがえる傾向あるけど、使えると思う」
 ファーリーがバッテリーを交換した。
「あたしも実用にしていいと思う。けど湿度でまちがいが増えるんじゃ、梅雨と夏場が心配だな」

 ぼくはいくつかパラメータをいじった。
「よし。じゃ実運用に入ろう。警官の位置情報からなんらかのパターンがないか洗い出し、そこから指示してる上層部のくせを割り出す。そうすればこっちが常に先手を打てる」
「上って、アーティフィシャルな知能?」
「いや、警察みたいな古い組織は上の上には人間をおきたがるし、今もそう。だから弱点がある」

 ファーリーが笑って親指を立て、ビクタもそうした。上向きの親指は何かのアイコンのようだった。

 ビクタが何かに気がついた様子で立ち上がった。
「サムシングスメルスウィート、どこから?」
「ああ、知らなかったのかい? あんたにしちゃ珍しい。アップルパイ、あそこで作ってる」
 ファーリーが窓の外を指さすとビクタだけでなく、ウォーデもつられて見た。ぼくも情報を付け足す。
「あれ、作ってるのあゆみって人だよ。覚えてる?」
 三人とも、ああ、という顔をする。
「あそこで作って、そこらの店に卸してる。副業だって」
「でも、見た事ない」ビクタは不思議そうにしている。
「そりゃ大人気だから。すぐ売り切れる。けど本人は手広くやる気はないみたい」
「もったいないね。予約券で相場ができてるくらいなのに」とファーリー。
「予約券まであるのか」ウォーデは信じられない様子だった。
「券はそれぞれの店が勝手に出してるんだけどね。二割から五割増しで値動きしてる。転がしたら小遣いにはなるよ」
「ばかばかしい」
「ほんっとにばかばかしい」ぼくはウォーデのまねをした。「でも、娯楽になってるんだよ。いつ売って利益を確定するか。そこが賭けなんだって。発売ぎりぎりで買う時のスリルはたまらないらしいよ」
「まじにくだらねえ」
「坊っちゃん、らしいって言うけど、やってんでしょ」
 ファーリーがにやっとした。ぼくも笑う。
「オーブンから出たときに買って、店に到着する寸前に売った。自分の身は安全なのにあんなにどきどきできるって最高だよ。アップルパイ予約券相場、みんなもやってみなよ」

 三人とも親指を立てた。床に向けて。
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