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しおりを挟む一平と気持ちが通じ合った数日後の土曜日、繭子は智久と以前お見合いをしたホテルのレストランにいた。
お互いの近況を報告し合ったり雑談をした後、繭子が一平に告白されて付き合うことになったと話すと、智久は満面の笑みを浮かべ、心から祝福してくれた。
「おめでとう! やっと繭ちゃんの想いが報われたんだね。よかった、俺も嬉しいよ」
「ありがとう。智兄さんが色々励ましてくれて背中を押してくれたお陰だよ」
「俺なんか全然大したことしてないから。それじゃあ、俺たちの偽装関係も解消しなくちゃね」
繭子は頭を下げた。
「ごめんなさい、本当は智兄さんのためにもっと延ばせたらよかったんだけど…」
「何言ってるの、頭を上げて。元々期間限定の約束だし、このまま続けてたらマスターに殺されちゃうよ」
そう言うと智久は笑った。
「…ありがとう。それでね、別れた理由は100%私のせいで、智兄さんは何も悪くないって両親に話すから心配しないで」
智久が顔をしかめた。
「はぁ? そんなのダメだよ。繭ちゃんのせいなんかじゃないし、最初に決めた通り、付き合ってみたけど価値観が合わなかったって言えば何も問題ないよ」
「でも、実はマスターがすぐに両親に挨拶したいって…。だから、智兄さんと付き合っている間に私に他に好きな人ができたからって言うつもり。それに、そう言えば智兄さんのことはバレずに済むし」
「……君は本当に優しい子だね。気持ちはありがたいけど、それだと君だけが悪者になってしまう。そんなの俺が許さないから」
「じゃあ、どうしたら…」
繭子が考え込んでいると、智久が何でもないような口調で言った。
「あのさ、難しく考えなくても、とりあえず俺と別れたことだけご両親に伝えて、しばらくしてから新しい彼氏ができたって言って紹介すれば何も問題ないじゃん。あ、もしかして告白とプロポーズを同時にされたの?」
「ま、まさか! プロポーズなんて…」
プロポーズに近いような言葉ではあったけど…。思い出して頬が少し熱くなった。
「じゃあ大丈夫だよ。マスターだって話せば分かってくれるよ。だからご両親に自分が原因で俺と別れたなんて絶対に言っちゃだめだからね、約束だよ」
「……分かった。でも、これから先、智兄さんのご両親はまたお見合いの話を持ってくるんじゃ…。私、それが気掛かりで申し訳なくて…」
「心配しなくても大丈夫だよ。俺は俺で何とかするから。まあ、さすがにまだカミングアウトする勇気はないんだけどね…」
表情を陰らせながら軽く俯いた智久に繭子は胸を痛めた。自分にできることは何もないが、陰ながら智久の恋を応援すること、いつかご両親が理解して受け入れてくれることを願うだけだった。
「私にできることが何もなくてすごく歯がゆいけど、これからも妹として陰ながら応援するし、いくらでも話を聞いたり相談に乗るから。あまり1人で抱え込まないでね」
思わず智久の手を握ると、彼に笑顔が戻った。
「繭ちゃん、ありがとう。じゃあ、これからも兄妹仲良くやっていこうね。でも、マスターにはちゃんと話しておいたほうがいいよ。こんな現場彼に見られたら本当に殺されそうだ。そうそう、この間だって……」
「この間って…?」
「あれ、マスターから聞いてなかったの? 実はね、前に一度、古時計に行ったんだ。たまたま仕事であの辺に来ててね。マスターがどんな人なのか見たかったし」
「えっ、そうだったんですか! マスター、一言もそんなこと…」
「あの日は大雨で、早めに店じまいをしているところだったんだけど、コーヒーをご馳走してくれてね。俺が名乗って君の見合い相手だと言ったら彼の顔色が一気に変わったんだ。あの瞬間、俺は敵認定されたよ!」
あの時のことを思い出して智久がクックと笑った。繭子は驚きで目を見開いたまま言葉が出なかった。
「でもそれで分かったよ。何だ、心配しなくても繭ちゃん十分愛されてんじゃん、もうくっつくのは時間の問題だ、って。で、俺は敢えて全ては話さずに詳しいことは彼女に聞いてくださいって言って店を出たんだ。マスター、あの後かなりモヤモヤしただろうなぁ~」
「…全然知らなかった。でも、智兄さんとのことはちゃんと説明して誤解は解けたから。もちろん、あのことは伏せてあるから大丈夫だよ」
すると、智久がちょっと考えた後、意外な申し出をした。
「…あのさ、今度マスターと3人で会えないかな。俺から彼に話そうと思う。その方がマスターも安心でしょう」
繭子は驚いた。
「えっ、でも、話してもいいの…?」
「俺はこういう人間だから昔から直感でこの人は信用できる・できないを見分けられるんだ。最初に繭ちゃんに会った時もすぐに分かった、この子は大丈夫だと。だから打ち明けたんだ。マスターもそうだ。あの人なら話しても大丈夫だと思ってる」
「智兄さん…」
「せっかくこうして縁あって知り合ったんだ。俺は大事にしたいんだ、繭ちゃんもマスターも」
「ありがとう。私だって、こんな素敵なお兄さんができて嬉しいし、私も大事にしたい。マスターに都合聞いておくから」
「よろしく。とにかく、今日は嬉しい報告をどうもありがとう。お幸せにね」
お互いに笑い合って和やかに食事を終えた。
智久と別れた後、自宅に戻った繭子は、一息吐くとバッグからスマホを取り出し実家の電話番号をタップした。
「もしもし、あ、お母さん?」
『繭子? 元気でやってるの? 最近、帰ってこないじゃないの』
「仕事が忙しくてなかなか時間が取れなくて。ごめんね」
『あんた、仕事ばかりしてて、広岡さんとちゃんとデートしてるの?』
母親から智久の話が出たので、繭子は勢いに任せて言った。
「あのね、広岡さんのことだけど、実はお別れしたから」
母親の驚きの声が繭子の耳に響いた。
『えっ!? お別れしたって…。どういうことなの!?』
「うん…とても素敵ないい人だけど、お付き合いしている間に色々と価値観とか違う部分があって、結婚しても上手くいかないだろうなって…。向こうもそう思ってたみたいで、今日話し合って円満にお別れということになったの」
『そんなあっさりと…。少しの価値観の違いくらいなんて我慢できないの? あんなエリートで素敵な人、そうそういないわよ』
繭子はため息をついた。
「あのねぇ、価値観の違いって大きいんだよ。結婚って生活なんだよ。価値観の違う人と毎日一緒にいるって辛くない? 広岡さんだって幸せになれないよ。そもそも、お母さんは、ルックスや地位や収入だけでお父さんと結婚したの?」
『もちろんそんなことないけど…でも…』
「結婚するのはお母さんじゃなくて私なの。結婚相手は私が自分で選ぶ。お願いだからもうお見合いの話は持ってこないで。それに、今は仕事がとても順調で楽しいし結婚なんてまだ考えてないから。よろしくお願いします。じゃあね」
『ちょ、ちょっと繭子! 待ちなさい!』
繭子は母親の呼び止めを無視して電話を切った。
ごめんなさい、お母さん…。嘘をついて、キツイ言い方もして。それに、お母さんが望む相手と結婚できなくて。
でも私は決して叶わないと思っていた恋が実ったの。すごくない?
マスターと一緒に幸せになりたいの。いつか時期が来たら必ずマスターと一緒に実家に行くから。だからもう少し待ってて。
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