つきせぬ想い~たとえこの恋が報われなくても~

宮里澄玲

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 翌朝、ふっ…と目が覚めると隣に寝ていた一平はもういなかった。首を動かして近くの時計を見ると、朝の7時になろうとしていた。慌てて起き上がって服を着替えて寝室から出ると、一平はリビングのソファでコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。
 「あの…おはようございます……」
 繭子が声を掛けると、新聞から目を離した一平がにっこり微笑んだ。
 「おはよう。よく眠れたみたいだね」
 「すみません…私…一平さんより遅く起きてしまって…」
 「全然遅くないよ、まだ7時だし。俺は自然に6時になると目が覚めてしまうんだ。もう長年の習慣だよ。あ、朝食の支度するからちょっと待っててね」
 一平は立ち上がるとキッチンに向かった。
 「私も手伝います」
 「大丈夫だよ、すぐにできるから。待ってて」
 「…分かりました。ありがとうございます」
 一平が用意をしている間、繭子は洗面台を借りて洗顔を済ますと軽くメイクをした。
 ダイニングに戻ると、一平がサラダを作り終えたところだったので繭子がテーブルに運んだ。それからスクランブルエッグと熱々のホットサンドが出来上がった。オレンジジュースをグラスに注げば立派な朝食の完成だ。
 「こんなもので申し訳ないけど、食べよう」
 「いいえ! とても美味しそうです! いただきます」
 ホットサンドはハムとたっぷりのチーズとレタスが挟んであって特に少し甘みがあるトロトロのチーズが絶品だった。スクランブルエッグは生クリームと少量のマヨネーズを入れてあるとのことでとてもクリーミーでコクがあって本当に美味しかった。繭子が満面の笑みを浮かべながら、こんなに美味しい朝食は初めてです、と言うと、一平は、大袈裟だな~、と言いつつも嬉しそうだった。
 
 大満足の朝食が終わると、繭子は渋る一平を無理やりテーブルに座らせ、1人でキッチンに入り後片付けをした。シンク周りを布巾で綺麗に拭いていると一平が入ってきた。
 「ありがとう、助かったよ。お礼に君の好きなラベンダーティーを淹れるから」 
 しばらくすると、大好きなラベンダーのいい香りがしてきた。 
 「お待たせいたしました。繭子様のためにいつもより更に心を込めて淹れました」
 一平が丁寧な口調で繭子の前にラベンダー模様が描かれたティーカップを静かに置いた。
 「ありがとうございます。こんな素敵なマスターが淹れてくださったラベンダーティー、じっくりと味わわせていただきます」
 繭子も丁寧に頭を下げた。そして2人の目が合うと、お互いにフフっと笑い合った。
 「ああ、美味しい…。それにこの香り…一平さんの淹れ方が絶妙なこともあるんだろうけど本当に癒させて幸せな気持ちにさせてくれる…」
 繭子が呟くと、一平が柔らかな笑みを浮かべた。
 「ありがとう。これまで色々なお客さんに同じようなことを言われたけど、今は繭子に言われるのが一番嬉しいよ」
 「だって、本当に美味しいから…それに一平さんの気持ちが詰まっていて…私も嬉しいです」
 そして、繭子はお茶を飲みながら、考えていたことを一平に切り出した。

 「えっ、店を手伝いたいって?」
 「はい。夜の営業をやめるのが単に人手が足りないからという理由だけでしたら、私に手伝わせてもらえませんでしょうか。せめて新しいスタッフが見つかるまでの間だけでも」
 「でも、繭子だって仕事しているんだし、夜の時間を奪ってしまうのは申し訳ないよ」
 「私の仕事は納期さえ厳守すればいくらでも調整できます。それに今はあまり立て込んでないんで大丈夫です。夜も開いていないと昼間来られない常連さんたちが寂しがると思うんです。古時計は仕事とかで疲れて癒しを求めている人たちにとってオアシスのような場所なので…。一平さんだって本当は夜も開けたいんですよね?」 
 「……」
 「私じゃ頼りにならないかもしれませんが、それでも少しでも一平さんのお役に立てられることがあるなら何でもしたいんです。あ、もちろんアルバイト代なんていりませんから!」
 黙って聞いていた一平は少しの間考えた後、口を開いた。
 「……分かった。その代わり、俺が挙げる条件を全て呑むこと。いいね?」
 「条件、ですか…?」
 「うん。まず、繭子の仕事を最優先にして絶対に仕事を後回しにしないこと。それから、もちろんちゃんとバイト代は出すので受け取ること。あと、帰りは必ず俺に車で送らせること。それと、うちのライティングデスクをもらってくれること……とりあえずはこんなところかな。また思い浮かんだら言うから」
 「えっ、でも、その条件は私にとって良すぎるのでは…」
 「そんなことない。本業を最優先するのも、働いてもらう以上は給料を払うのも当たり前のことだし、それに恋人を夜遅く1人で帰らせるなんて俺がイヤだし。ライティングデスクはここで埃を被らせたままにするなら繭子に使ってもらった方がデスクも喜ぶ」
 「でも」
 「イヤなら手伝いは断るし夜は店を開けない」
 繭子は困ってしまった。一平は頑としてこの条件を譲る気はなさそうだ。でも、夜の営業も続けてほしい……。
 「……分かりました。条件を呑みます。なので、お店を手伝わせてください、お願いします」
 「よかった。繭子、俺と店のことを気にかけてくれて本当にどうもありがとう。こちらこそよろしくお願いします」
 
 2人で話し合って、早速明日から店に入ることになった。
 時間は16時半から21時半までで、一平が作る賄いを食べるという条件もついでに付け加えられてしまった。もし繭子の方で急を要する仕事や分量の多い仕事が入ってきたら必ず一平に伝え、絶対に無理に店に来るんじゃないぞ、と念押しされた。  
 繭子は楽しみだった。仕事とはいえ一平と一緒にいられる時間が増え、それにやっと何かしら一平の役に立てられることができたからだ。
 よし、頑張るぞ! と密かに気合を入れている繭子の様子を、一平は愛おしそうに眺めていた。 

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