蠱惑Ⅱ

壺の蓋政五郎

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蠱惑Ⅱ『囃子』

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 私が村祭りに招待されたのは物書きと言うのが理由でした。出版社は既に退職しております。出版社と言っても地元向けのもので、商店街のイベントや、町の特産名産、観光地などの案内。そしてそこに暮らす人達の日常を紹介する町興しから始まったもので、町の広告代理店的な存在でした。その町新聞の中で、特集があり、私の特集を読んだ方から招待されたのです。その特集のタイトルは『囃子』で祭囃子が始まると今生きている町民だけではなく、既に亡くなっている方々も集まる。そんなフレーズに興味を持たれたのでした。
「この度はご招待いただきましてありがとうございます」
 私を招待した男は田中と言う高校教師で、歴史を教えている。
「わざわざこんなところまでご足労いただいてありがとうございます」
 村に一軒しかない居酒屋兼民宿で私のために席を用意してくれました。これは秘密ですと居酒屋の亭主が造ったどぶろくをご馳走になりました。鹿の刺身の見事なこと。白い波を打った皿に透き通るほど薄く切った鹿肉はまさに紅葉、先人の例えがこれほど素晴らしいと、箸を進める度に仕切りに感心いたしました。
「拙稿に興味を持たれたとのことですが、具体的にどの部分か教えていただけると助かります」
 私も田中もどぶろくが効いて来ました。この辺りで本題に入らないと何しに来たんだか分からなくなります。
「先日もお電話でお話いたしましたが、中村先生の『囃子』の中で、町人だけではなく、亡くなられた方も囃子屋台に集まるとありますが、それは魂のことなのか、或いは幽霊と申しますか、もしそんな体験があるのなら是非教えていただきたいと思っております」
「田中先生、先生はあなたで私を先生呼ばわりは照れ臭い」
 私が頭を掻くと田中は失礼しましたと会釈しました。この質問に答えるのは時間がかかります。と言うのはその存在を感じたことがあるからです。
「田中先生こそ感じたことがあるのですか?」
 そうでなければ私共の町に訪れて、たまたま町新聞を手にした一読者が、拙稿の一フレーズに興味を持つことはないと思いました。
「はいと答えるべきかどうか、それを中村先生、いや中村さんの体験、或いは存在に対する思想論を教えていただきたい」
「田中先生はお幾つになりますか?」
「私は61になります、田中さんは?」
「偶然でしょうか同じ齢です」
 それなら気が要らぬとどぶろくをお替りしました。
「私はお祭りが好きです。お神輿とか山車とか、表舞台で華やかな姿より『お囃子』や笛太鼓に合わせて演じる『賑やか師』が好きなんです。これは六年前になりますが、岩手の釜石で虎舞いがあると言うので出向きました。見事な舞いに感動いたしました」
「六年前と言いますとあの震災の五年後ですね」
「ええ、そうです。虎舞いは虎の頭に一人、胴に一人の二人立ちで舞うのですがこれが見事、笛太鼓、チャッパの囃子にのって見事に舞う。私は港や町内で練り歩く虎舞いを最後までずっと楽しんでいました」
 そうです、町の人がこれで終いと家路に就く頃でした。チャッパとあたり鉦の寂しい音が港の方から聞こえてきました。私は家路に急ぐ町民と逆の方向に歩きました。港にはガスがかかっています。お囃子は漁船の上からでした。虎舞いを漁船に乗せて海の安全と豊漁を祈願する漁村もあります。しかし漁港にはもう誰もいません。船首で虎舞いが始まりました。観客は私一人です。幅30センチほどの桟橋から乗船しようかと思いましたが桟橋が揺れているので踏み出した足を引っ込めました。艫綱がスルスルと自然に解かれ漁船は動き出しました。笛太鼓が激しくなりました。大漁旗が南風に煽られています。漁船はガスの中に消えていきました。
「それは実像でしたか?」
「だと思います、ずっと実像だと疑いもしませんでした。ですが改めて問われると、分かりません、と答えるのが正しいかもしれません。靄が深くかかった夜に、漁船で沖に出て虎舞いを奉納するでしょうか」
 私は不思議に思い翌朝その漁港に行きました。
『昨晩、ここで虎舞いをされていましたがこの船でしょうか?』
 私は漁船で水揚げをしている漁師に訊きました。
『ばげは誰も出ね。そもそも昨夜ぁガス多ぐで漁ぁ禁止だ』
 やはり虎舞いは行われていないようでした。
「それじゃ中村さんが見た虎舞いの漁船はこの世のものじゃなかったのですね?」
「私はその話を同僚にもしましたが、酔って夢を見たんじゃありませんかとからかわれました。ですが夢じゃないのは間違いない」
 田中は同僚と違い、私の話に真剣に耳を傾けてくれました。
「私もそう思います」
「ほう、それはどういう観点から。大概の方は同僚のようにあしらう。でも田中先生は初めから疑いもせずに私を信用してくださる。何か思い当ることがあればお話しください」
 田中はどぶろくを注ぎ足した。
「この村祭りは三年前に復活する予定でしたがパンデミックで延期をしていました」
「歴史ある祭りなのでしょう?」
「ええ、二十年前までは囃子保存会が活動していました。こんな村ですから産業がない、農業と言っても家族で食うのがやっとですからね。自然と若者は出て行きます。それで保存会も年寄りばかりになり後継者もいなくなりまして、祭りを続けることが出来なくなりました。その当時私は町の高校に赴任しまして、元々歴史に興味がありますから、ここの村民と付き合ううちに村祭りを知りました。米俵の神輿を担いで豊作を祈願するのが祭りのメインですが、担ぎ手などいませんから、いつしか囃子と賑やか師のとぼけた舞いがメインとなりました。おかめ、ひょっとこの舞いを楽しみに帰郷する者も多くいました。三年前に村祭り復活の実行委員会を立ち上げましてね、年寄りから笛太鼓の指導をうちの生徒に伝授させました。ブラスバンド部ですから調子さえ理解すれば楽器はお手のものです、上達も早く今年から再開することになりました。やってよかったと自負しております」
「素晴らしい、村祭り復活ほど故郷にとって有意義なことはありませんよ。田中先生の努力に乾杯」
 田中が首を横に振りました。
「何か問題でも?」
「中村さんの奇妙な虎舞いの話に興味を持ちました、この村の祭りでも不思議なことが起きました。いやその最中と申した方が適当かもしれません」
 時計は午後八時になりました。太鼓が打ち鳴らされお囃子が居酒屋の中にまで聞こえてきました。
「百聞は一見に如かずです。行ってみましょうか」
 グラスに残ったどぶろくをぐいと飲み干して二人は立ち上がりました。囃子屋台では高校生達の見事な演奏がなされています。
「さすが上手ですねえ、ブラバンの生徒とはいいところに気が付きましたね」
「ええ、彼等も率先して協力をしてくれました。浴衣と半纏を学校で用意するからと言うとブラバンのほとんどが参加してくれました。それに彼等にとっても人前で演奏慣れすることは非常にプラスになります。そして何より、年寄りに楽しんでもらうボランティア精神が養えると校長も絶賛です」
「何もかも順調じゃありませんか。不思議なことなど微塵も感じませんよ」
 囃子屋台の前に賑やか師が出てきました。おかめ、ひょっとこ、きつね、翁、媼の面を着けた賑やか師が愛嬌のある舞いを披露しています。高校から運んだパイプ椅子百脚、この村にこれほど人が住んでいるのでしょうか、立ち見の客まで出ています。私は無邪気に賑やか師の舞いを楽しんでいました。しかし隣で田中は震えています。
「どうかされましたか、顔色が宜しくない」
 田中は深呼吸を二度して話し始めました。
「私は実行委員会の副会長をしております。もしかした会長が自費で頼んだのだろう思っていました」
『会長、予算はどれくらいですか?いくら実家の酒屋が儲かっているとはいえ、一人でカッコ付けるのはよくありませんよ。村や学校から全額とはならないかもしれないが、予算をつけていただきましょう』
「会長は首を傾げていました」
『それより君も付き合いが広いね、あれだけの賑やか師を段取り出来るのはさすがだね、金がかかっているなら白状してくださいよ。ひとりで背負っては今後問題ですよ』
「私は笑ってその場を濁しました。他の役員にもそれとなく聞いて回りましたが、賑やか師を頼んだ人は誰もいませんでした」
「再開後の村祭りを盛り上げるために応援に駆けつけてくれた団体かもしれない」
「そう思って昨夜聞いてみたんですよ。パフォーマンスに熱中しているようで答えてはくれませんでした」
「この村を離れた方で以前囃子をやっておられた方と言う可能性はありませんか?」
「私はこの実行委員会を立ち上げるまでに地元の年寄りから色々な情報をいただいています。そう言う方はおられません」
 田中と言い合っている二時間の間に四人だった賑やか師が八人に増えました。合流したひょっとこは囃子屋台に上り太鼓奏者と戯れています。
「賑やか師は朝まで?」
「はい、深夜二時頃までいました」
「車でしょうか?」
「車でなければこの村まで来る事も帰ることも出来ません。朝の六時になれば村のマイクロバスが町までシャトル往復を開始しますがそれも夕方の四時に終了です。明け方三時にはもう彼等の姿はありませんでした。行きも帰りもバスの営業時間外です。それにバス停とは反対の方に歩いて行くのです。屋台の裏に小川があるのですが丸太で渡した橋があります。そこを渡って森に消えていきました」
「あなたは丸太橋を?」
「渡りませんでした。真っ暗で先が見えないのと揺れて落ちてはと不安になり止めました」
 私が虎舞いを追い掛けて漁船に渡る桟橋も恐くて渡れませんでした。もし渡っていれば消えていたかもしれません。
「それは賢明です、今振り返ると私もあの時桟橋を渡らずに良かったと思っています。渡っていればあのまま私は消えてしまったのではないかと、想い出すと身体が震えます」
 田中は頷いています。
「これは中村さんの特集『囃子』で書かれたワンフレーズ、祭りに集まる死んだ人ではないでしょうか。土地に未練があるのか囃子に浮かれて出て来たのかそれは分かりませんが、笛に太鼓、チャッパにあたり鉦は誰彼区別なく魂の中に触れて来る。魂から体内をめぐりなんとも心地よい。それは生き死に関係なく感じるのではないでしょうか」
 民宿の女将が床が取れたからいつでもどうぞとわざわざ知らせに来てくれました。
「田中先生、どうです、今夜私の部屋で飲み明かしませんか。これ以上の詮索も行動も危険な気がします。飲み明かして床に就いて、ぐっすりと眠れば冷静な思案が浮かぶかもしれない」
 二人共どぶろくに足が取られています。私は田中の肩を借りて民宿まで戻りました。

 翌日の夜、田中が民宿に迎えに来ました。浴衣ではなくトレッキングにでも出かけるようなスタイルでした。蒸し暑い送り盆の夜です。
「暑くありませんか、そんな恰好で?」
 私は昨夜と同じく浴衣のまま会場に向かいました。高校生達が音合わせをしています。村の長老が東京から帰郷した孫と手を繋いでパイプ椅子に座りました。籤でもなく先着でもなく、長老が座った位置から各々の席が決まるようでした。前の方から順番に席が埋まると藪から出て来た村人達が後ろの席に着きました。
「あの方達はどちらから来られたのですか?」
 私も田中も今宵は酒を断っています。周辺を冷静に見ることが出来ました。「あの方・・・・」
 田中が答える刹那に篠笛の高音が天を切り裂きました。太鼓が当たりの空気を振動させます。チャッパが太鼓から漏れた空気を震わします。あたり鉦が『寄って来い 寄って来い』と魂を揺らします。屋台右の袖からひょっとこを先頭に囃子屋台の前にそぞろ歩いて来ました。屋台の中央まで進むととぼけた舞いを始めます。おかめが続きます。きつね、翁、媼。そして左袖から同じ構成で出て来ました。囃子と賑やか師と観客が一体となりました。
「すごい」
 何が凄いかと問われれば答えられません。私も一観客となり、一体になり掛けました。
「中村さん、しっかりしてください。私達の目的はこれからです。彼等と一体になっては何も得ることが出来ませんよ」
 田中が浴衣から飛び出した私の肘の皮を抓りました。抓られた体験は記憶にありません。痛かったので腕を引きましたが皮に爪が喰い込んで外れませんでした。
「痛い、何をする、放しなさい」
 田中は笑って手を離しました。
「良かった、中村さんがこっち側にいてくれて。気を付けてくださいよ、囃子に聞き入ると魂が空になります。そこに一体感が入り込んで安心感が湧くのです」
「それでいいじゃないですか。それこそが祭りの楽しみじゃないですか。田中先生、これ全て神の成すことでしょう。神に逆らってはいけない。あの賑やか師や何処から来たのか分からない観客も、盂蘭盆会の夜は楽しんでいいんじゃありませんか」
「やっとあなたの特集『囃子』の中のフレーズ、あなたの思想が読めました。あなたは現在と過去に繋がる空間が歴史ある祭りであり、その合図が囃子であると言いたかった。虎舞いで経験したのはその空間に入り込んで恐かった、身体が凍てつくほど震えた恐怖。だから曖昧な言い回しになった。私はあなたがその先を追及する気だと勘違いをしていました。桟橋を渡る臆病を隠したい、そうでしょ?」
 確かに田中の言う通りでした。小さな町の記者とは言え、あの時桟橋を渡って真実を掴むのが使命だった。渡らずして思いを知らせただけだから同僚から馬鹿にされたのでした。
「田中先生は恐くないのですか?ああして何処から来たのか分からない賑やか師が楽しんでいる。観客の半分は裏の竹藪から出てきました。考えたら恐くなりませんか?一体になることで、何の疑いも持たず、嘘なんて通用しない魂同士の触れ合いになるんです。ほらみんな楽しんでいるじゃありませんか。田中先生、止めましょう、素直に囃子に耳を傾けましょう」
「私は歴史を学んでいます。あの屋台の生徒達にも教えています。この祭りを復活させた責任者のひとりとして、この祭りの歴史を伝える義務があります。彼等が何処から来るのか、何故来るのか、それを理解しなくて真の祭り復活は有り得ない。あなたなら協力してくれると信じた私の間違いでした」
 私の願いは田中に聞き入れてもらえませんでした。 
「田中先生、丸太橋は彼等があの世とこの世を行き来する渡しなんだ。彼等しか行き来の出来ない道なんですよ。この世の者が渡ればもう戻れない。あの世からは見えない渡しじゃないかと思います」
 この世から見えるあの橋は、彼等があの世に確実に戻るために用意した戻り橋ではないでしょうか。
「あなたは渡りもせずに適当なことを言う。それを知ったかぶりと言うんですよ。私は歴史が専門です、ですから古地図も明るいんですよ。民宿に残っていた古地図を借りてきました。その欅、そして小川、そして辻の地蔵、三点を結べば丸太橋の位置が出ます。ピタゴラスの定理ですよ。この通りメジャーも用意してきました」
 田中は得意気にメジャーを伸ばしています。あの世に現代の道具が通じるわけがない。
「もう一度考え直して下さい。この通りだ、私のコラムがあなたの好奇心に火をつけたなら許して欲しい。それに彼等の存在を明らかにしてどうするのです。彼等は望んていませんよ、もう未来永劫この村祭りに出て来ません。賑やか師が祭りを盛り上げてはくれない」
 私の説得は完全に空回りです。二人の押し問答は彼等の退散時間まで続きました。
「さて、時間です。この一曲の途中で彼等は戻ります」
「本当に行くんですか?」
「明日報告しますよ。晩に一杯やりましょう、それまで帰らないでくださいよ。行ったり来たり出来るようになればもうこっちのもんです。あの世の世界をカメラに収めて学会で発表します。出版すればベストセラーですよ。中村さん、あなたのコラムもその点では私にとって意味があった」
 屋台前の中央で舞っている二人のひょっとこが尻を付き合わせました。そして、観客に向けてお道化ています。そしてそのまま歩き出すとおかめ、きつねが続き翁が、媼が続きました。彼等の立ち去るのと同時に観客席の後部を占めていた客も立ち上がり裏の藪に歩いて行きました。屋台左側の媼の後を、田中が舞いを真似してついて行きます。私と目が合うとひょっとこ顔してお道化ました。観客席のど真ん中で見物している長老が立ち上がるとそれに続いて皆が立ち上がり帰路に就いたのです。囃子は続いています。パイプ椅子に残っているのは高校の教師とブラバンの生徒達です。見物客がいようといまいと日の出前まで続けるのがこの村祭りの習わしです。私は疎らになった客の間を縫って屋台の裏に回りました。丸太橋を一人ずつ渡っています。やはり小川の向こうは靄が掛かっています。最後に田中が渡り切ると丸太橋は消えてなくなりました。
 東の空が赤くなりました。お囃子も終いです。生徒達が片付け始めました。村祭り実行委員会で掃除が始まりました。パイプ椅子を畳んで屋台の下に仕舞いました。生徒達は駐車場に停めてあるマイクロバス二台に乗り込んで帰りました。屋台の裏の小川の畔に佇んでいる私に民宿の女将が迎えに来ました。
「こんなとこにお出ででしたか、心配しました。さあ、お風呂に入ってください、朝の支度をしておきますから」
 女将は私が戻らないから心配で捜しに来たのでした。私は丸太橋の位置を目に焼き付けて民宿に戻りました。

 夏でも冷房が要らないと言うこの村ですが、やはり日中は気温が上がり、びっしょりと寝汗を掻いていました。
「女将さん、シャワーでいいんだけど」
「はいどうぞ」
 シャワーを浴びて部屋に戻ると糊のきいた浴衣が用意されていました。食堂には職人らしき男達が一升瓶から湯飲みに酒を注いでいました。
「中村さん、おビール出しましょうか?」
 女将が支度してテーブルの上で栓を抜きました。
「田中先生はどうなさいました?」
 田中はまだ帰って来ていないようです。戻って来れないのか、それとも調査でもしているのでしょうか。ブラバンの生徒達が音合わせを始めました。
「女将さん、どぶろくありますか?」
 私は他の客に聞こえないように訊ねました。女将はウインクして徳利に入れて来てくれました。主の自家製ですからあまり客には知らせたくないようです。二合徳利で二本空けました。長老が孫に支えられて歩いて行きました。それが合図かのように村人達が囃子に誘われて屋台の前に集合します。前の席が埋まると裏の藪からぞろぞろと黒っぽい人達が出て来てパイプ椅子に座りました。私は囃子屋台の裏側に回りました。賑やか師から死角になる辻の地蔵の裏に隠れています。小川の水面に月明かりが揺れています。靄がかかってきました。いつの間にか丸太橋が浮き上がって見えました。賑やか師が渡って来ます。足元は靄で見えません。八人の賑やか師が渡り切りました。そして屋台の表に出て行きました。私は地蔵の裏から出て、丸太橋の袂に行きました。橋の向こう側は靄で全く見えません。
「田中先生」
 小声で呼んでみました。靄の向こうで何かが揺れています。
「田中先生ですか?」
 返事はありませんでした。

 翌日私は民宿を出ました。
「お世話になりました」
 宿の支払いは田中が済ませています。女将が四合瓶に特製のどぶろくを土産にしてくれました。
「また来てください。それにしても田中先生はどうしたのかしら、お客様がお帰りになると言うのに」
 私は田中が丸太橋を渡ったことを誰にも話していません。虎舞い漁船への桟橋を渡らなかった時のように。

警察庁生活安全局生活安全企画課
令和一年度行方不明 86933人(ほぼ毎年この数字)
その内、原因不詳行方不明者 16710人(ほぼ毎年この数字)


 
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