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キャバレー ピンクヘルパー2
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「もう二十年になるかな、まだ駒子所長が二級だった。わしは両足とも戦地で無くした。そのまま死んだ方がよかったのに連れて帰る変わりもんに助けられた。ところが連れて帰ってもらっても住むところがない。盥回しとはとわしのことだな。お国のためにと万歳で見送られたがだるまさんを歓迎してくれる身内はない。また情に縋っても居づらいだけだ。それでここを紹介された。ここはわしにとってヘブンだ」
「でも加藤さんは若いですね、外見もそうですけど脳の回転も僕なんかよりよっぽど速い」
「足がないからその分血の巡りが速いんだ」
「そうだ君は足は速いか?」
「いや普通です」
「普通と言う答えは回答にあらず。足は普通と言わない。足の単位は速い、遅い、長い、短い、そんな風に示す。足が普通、手が普通と君達は使うのか?」
「すいません」
面倒臭くなってきた時は謝るに限る。
「実は高田、二宮チームを負かしたい」
高田、二宮と言うとあの暴走一輪車の二人である。
「どうしてですか?」
「あの高田の得意気な顔がなんとも気に入らん。鼻を明かしてやりたい。協力してくれるか?よし決まった。明日から少しここで練習しよう」
到底彼等に敵うとは考えられないがもう加藤さんはやる気満々だった。
患者さんの食事の支度は当番制で五人ずつ一組で二週間交代になっている。車椅子利用者で認知症じゃない人は三人で僕が担当の加藤さんと、暴走一輪車の乗り役高田さん、そして畠山さんと言う気難しいおばあさんである。逆に認知症で一番変わっているのは村山さんと言う男の患者さんで、人と向かい合うと罵声を吐き続ける。駒子先生の問診を手伝っていたときだった。
「村山さん調子はどう?」
「ば~か、で~ぶ、ぼ~け」
笑みを浮かべている。
「あら意外と調子いいじゃん」
駒子所長が煽る。
「ぶ~す、目くそ、は~なくそ」
「痛いとこありませんか?」
「あ~ほう、とうへんぼく、死~にぞこない」
「それはお前だ、はい、いいですよ」
さすが駒子所長は一級でした。
「今度の日曜日はキャバレーだからね、博君も何か考えてるわね」
「ええ、一応、暴走車椅子レースに出ます」
キャバレーピンクヘルパーは月に一度の患者とヘルパーの親睦行事である。毎月最後の日曜日に開催されている。
「博君は初めてね、びっくりするわよ、興奮しないでよ。このユニホームよりド派手なショッキングピンクの衣装だから。博君には刺激が強いかな、ヘルパーさん達はみんなこんな短いスカート穿くのよ。パンティーもスカスカ」
多分スケスケだと思う。それに僕の性欲を刺激するのは薫子さん以外にいない。
「楽しそうですね。それじゃお酒も飲めるんですか」
「ええ、飲める方はいくらでも、ただし患者さんとの一線を越えてはいけませんよ、ヘルパー同士ならどうぞご自由に、だって男と女だもん」
駒子所長は目をバチバチ瞬いた。
「でも患者さんとヘルパーの関係でそんなことあるわけないじゃないですか」
「それがあるのよ一度。車椅子のおじいちゃんが反応しちゃって、長くてぶっ太いモノを突き出したの。その上にヘルパーさんが跨っちゃってさあ大変、でもヘルパーさん達も欲求不満だからさ仕方ないと言えば仕方ないけど。それで何とか引き離そうとしたけどがっちり嵌っちゃって抜けように抜けない。そしたら驚いたことに患者さんが立ち上がったのよ。ヘルパーさんの腰を抱えてグランドに出て行っちゃった、三年間一度も立ち上がったことのない患者さんよ。ドクターに聞いたら勃ったのが立ったきっかけってよく分かんないのよ実際のとこは」
駒子所長が笑いながら話してくれたが恐ろしい話である。
「グラウンドに出てからどうしたんですか?」
その先は笑って話してくれなかった。そして当日がやって来た。
校門は施錠された。『ルーム黄昏』の入り口に『キャバレー ピンクヘルパー』の看板が掛けられた。僕はそのドアを開けた。
「いらっしゃ~い」
米子さんが迎えてくれた。既に患者さんが数名来ていた。店内は熟女と言うより老女達の熱気でムンムンしている。米子さんが席に案内してくれる。尻を大きく振りながら歩くからパンツが滑り落ちて来る。それを僕を見ながら手繰り上げる。
「博君今晩暇?あたし暇、布団にもぐり込んじゃおうかな」
そう言って胸を震わせた。薫子さんが僕の隣に座った。このホームで僕が感じる唯一女性としての対象である。薫子さんもショッキングピンクのナース服は超ミニだった。これだけミニなら下着が覗いてもおかしくない。僕の視線に気付いてさっと股を広げた。穿いていない。薫子さんが微笑んだ。誘っている。
「あたしこのキャバレーが大好き、リフレッシュしてくれるの、日常の辛いことも過去の悔しいこともみんな忘れられる。このキャバレーがあたしを生かしてくれてるの」
重くのしかかる何かから逃れている。そんな言い方だった。店内は客の患者さんで満員になった。
「みなさん、お愉しみの前に今夜は特別なレースがあります」
それは僕等の出番である。暴走車椅子レース。賭けの対象になっている。
「よし練習成果をみせようじゃないか三上君」
僕の相棒加藤さんが張り切っている。相手は高田、二宮コンビ。賭けが成立した。八対二、駒子所長と米子さんが僕等に大金を掛けてくれた。大金と言っても一口百円、全員が張ったとしても四千円である。駒子所長と米子さんが千四百円ずつ僕等に賭けた。そして全員が廊下に出た。
「ルールは突き当りの壁に乗り手がタッチしてUターン、そしてゴールはここ。勿論乗り手が落ちたら負」
恵子ヘルパー長がルールを説明してくれた。
「あんた等も無茶するねえ、生きて帰れると思っているのかい、ぐあっぐあっぐあっかかか」
ペリカンが飛び立つときにこんな鳴き方をするんじゃないかと思うほど高田さんの憎たらしい高笑いが廊下に響いた。
「おい高田、私達が勝利したら暴走は止めろ」
加藤さんが高田さんに注文を付けた。
「おい、二宮、聞いたか?このじいさんの戯言を。ぐあっぐあっぐあっかかか」
最後に『か』で終わる笑い声には腹が立つ。二宮さんは分かっているのだろうか、高田さんに弄ばれている馬のように見えた。
「位置について、よーい、ドン」
廊下に車椅子が二台並ぶとほとんど隙間がない。
「おらおらおらおらおら~」
いつもの掛け声で二宮さんが先行する。高田さんが後ろを振り返り加藤さんに「ば~か」と言った。完全に先行される。壁にタッチする前に二宮さんがスピードを緩める。
「好機到来、博君、スピード緩めず壁タッチだ」
加藤さんが無茶を言った。それでも練習の成果と一か八かをやってみた。見事失敗、加藤さんは手を着く前に頭を壁にぶつけた。額が割れて血が噴き出した。
「ぐあっぐあっぐあっかかか」
「おらおらおらおらおら~」
高田二宮チームの雄たけびがこだました。レース後加藤さんの落ち込みようは激しく、キャバレー営業中もずっと舌打ちをしていた。
「加藤さん頭の傷は大丈夫ですか?」
「こんなもん傷のうちに入らん、傷は心に残ったままだ。よし明日から練習を強化して次のキャバレーに挑もう」
加藤さんはやる気だった。村山さんが敗れた僕等を見つめている。
「ばーか、ぼーけ、あーほ」
加藤さんが村山さんに近付いた。
「とうへんぼく、ぼんくら、おたんこなす」
加藤さんが言い返すと村山さんは悲しい顔をして口をつぐんでしまった。
僕は可哀そうに感じて村山さんの車椅子に寄った。
「村山さん、加藤さんはレースに負けて落ち込んでいます、許して上げてください、ねっ」
僕が肩を擦った。
「ばーか、ちーび、でーぶ、しーね」
「お前が死ね」
さすがに腹が立って言ってしまった。ステージではピンクヘルパー全員によるカンカンダンスが行われている。ミニスカートと言うより振り過ぎて襤褸切れのようになっていた。パンツはずり落ちそれをたくし上げると割れ目に喰い込んだ。患者さん達は興奮している人も入ればのんびりと手拍子をしている人もいる。『天国と地獄』のメロディなのに民謡手拍子である。一回叩くたびに掌を擦り合わせるからメロディには着いて行けない。メロディの速さと手拍子の遅さが噛み合わずに時の流れを曖昧にする。そのズレに吐き気を覚えた。グラウンドに出ると畑まで走り嘔吐した。畑で喘ぎ声が聞こえた。誰かが苦しんでいるのだろうか、そっと近付くと月明かりに上下運動。M字に開いた股の上に誰かが乗っかっている。乗っかっているのは今野さんだった。
「しっ、駒子所長、誰かが近くにいる」
囁いたつもりだろうがしっかり聞こえる。幸い今野さんは僕だと気が付いていない。僕はとぼけることにした。
「あれ、誰かいたのかな?野獣の声がしたんだけど気のせいだな。異常無し、戻ろうっと」
「博君ですよ、気付かないで行っちゃいました」
「博君はのんびりした性格ですから」
二人の会話は息遣いまで聞こえた。僕は駆け足でキャバレーに戻った。駒子所長から教えられた、女は一生女、男も一生男、独身同士なら年に関係なく男と女が愛し合う、又はその行為に何も問題ない。楽しむのも悲しむのも二人の問題である。キャバレーはまだ盛り上がっている。カンカンが終わりチークタイムになっていた。普段寝た切りの清水さんは車椅子でチークダンスを見ていた。
「清水さん、踊ってくれますか?」
清水さんは受けてくれた。僕は清水さんの車椅子を操作した。曲はスローな僕の知らない演歌、回したり前を跳ね上げたり、僕が前に回り投げキッスをしたり、清水さんはやっと動く腕をスローモーションのように伸ばして誰かに抱かれているようだった。そして今月のキャバレーピンクヘルパーの夜は閉じた。部屋に戻ると布団に誰かいる。僕にノーパンの股間を見せてくれた薫子さんに間違いない。あのポーズは僕を誘っていた。僕はそっと布団に入る。米子さんだった。
「カモ~ン」
僕がこのホームに勤めて三回目のキャバレーピンクヘルパーの日が来た。この日は米子さんの引退祝いも兼ねている。米子さんは週に一度は僕の布団に潜り込んでいた。それなりに僕も任せていた。米子さんの顔を好きなアイドルに被せるのは至難だがなんとかそれなりに満足していた。
「みなさん、キャバレーピンクヘルパーのオープンです」
恵子ヘルパー長が挨拶した。
「よし、今晩はやっつけるぞ」
加藤さんは日の丸の鉢巻をして気合を入れた。しかし僕は勝てる気がしなかった。二宮さんのパワーとスピードを超えることは生涯出来ない。崩すなら高田さんとの連携である。連携と言うより高田さんにコントロールされているそのラインを断ち切ることしかないと加藤さんに伝えたが、それは卑怯者のすることだと一蹴されてしまった。
「はい頑張ります」
僕は負けると分かっていながら空元気を加藤さんに示した。レースの賭けは今夜も十対二、僕等に賭けてくれたのは変わらず駒子所長と米子さん。中には僕等を応援したくても敗北が分かっていながら無駄遣いはしない患者さんもいる。
「みなさん、暴走車椅子レースの始まりです」
恵子さんがルールを説明した。故意にぶつけるのは反則であるが並走出来ない場所がある。消火器や水を入れたバケツが並ぶ所が三か所ある。そこを通過するときはどうしても遅れている方が少し下がるようになる。
「博君、私は前回よりも三キロ落とした。君の足は前回より鍛えられている。これはスピードアップに繋がると思う」
加藤さんはこのレースに命まで掛けていた。高田さんの鼻を明かす目的はエスカレートして使命と位置付けている。
「加藤さん、ただのお遊びですよ」
「何を、貴様は弛んどる。そんなことで敵を討てると思うか、気合を入れろ」
一喝された。患者もヘルパーも加藤さんの迫力に圧倒され引いている。
「そ、それでは、位置について、よーい ドン」
僕は力の限り押した。
「おらおらおらおらおら~」
二宮さんがギアを入れた。最初の消火器、ほぼ並走。
「博、踏み込め」
加藤さんが僕に檄を飛ばす。僕は突っ込んだ、高田二宮の車椅子の前に少しでも出ようと、しかし二宮さんの足には敵わない。僕等の車椅子は消火器に追突。僕は足が車椅子のスピードについて行けずうつ伏せに倒れた。加藤さんを乗せた車椅子だけが廊下を進んだ。相手は既に壁タッチでUターンしている。車椅子を追うように消火器が転がって行く。ゆっくりと壁に当たる。加藤さんが両手を壁に当て項垂れた。消火器の栓が外れ真っ白い粉を噴き出している。加藤さんの背中に吹きかかる。
「加藤さん」
僕は廊下を走った。
「ぐあっぐあっぐあっかかか」
高田さんの『か』で終わる笑い声がこれほど癪に感じたことはない。僕は粉を全て排出した消火器を廊下の端に立てた。後ろを見ると、みんながぞろぞろとキャバレールームに入り出した。
「加藤さん、大丈夫ですか?」
僕は首に掛けたタオルで加藤さんの粉を飛ばした。加藤さんは悔し涙を流していた。
「もう止めよう」
僕は安心した。勝ち目がない、そしてやる度に悔しさが増すゲームなら止めた方がいい。加藤さんの高田二宮の暴走車椅子が廊下で事故を起こす前に止めたい気持ちはよく分かる。でもレースで阻止することは不可能。みんなが我慢しているように右に倣えが賢明だと加藤さんも懲りたようだ。三連敗、それもゴール出来ずの大惨敗は高田二宮の力誇示に協力したに過ぎなかった。
「もう駄目だ、止めよう」
「ええ、それがいいと思いますよ」
「力では敵わない、君の作戦にしよう」
加藤さんが止めようと言うのはレースそのものではなかった。高田さんと二宮さんの連携を崩すと言う僕が提案した心理戦に切り替えただけだった。僕は車椅子ごとシャワーを浴びせた。加藤さんを車椅子から下すと太腿で立ち上がった。
「私の足も君のように細かった」
「キャバレー行きましょう」
二人でキャバレーに入る。
「ばーか、しーね あーほう」
村山さんが口を開けたが言うより早く加藤さんが先に罵声を浴びせた。村山さんは口を開けたまま下を向いた。僕は今日は許せると思って笑った。キャバレーはカラオケをやっていた。薫子さんが『二人でお酒を』を歌っていた。歌手のように胡坐をかいた。薫子さんはキャバレーの日はノーパン、奥の茂みがぼやけている。僕の視線に気付くとさらに足を広げてくれた。米子さんはキャバレーが終えるとそのまま気仙沼の実家に帰ることになっている。今野さんが駅まで送る。今宵から米子さんが僕の寝床に潜ることはなくなった。米子さんがホームを去るのは寂しいが寝床に来ないのは嬉しい。カラオケタイムが終了し恒例のカンカンダンスが始まった。このカンカンが始まると駒子所長と今野さんの逢引きタイムである。校庭の向こうの畑の中で重なり合う。僕は初めてのキャバレーの日に目撃して驚いた。そのことは誰にも口外していない。ところがみんな知っていた。
「駒子所長は生涯独身を通しています。今野さんもずっと前に離婚されている。宜しいじゃありませんか、それに駒子所長は一級ですから」
恵子ヘルパー長が言って甲高い声で笑った。駒子所長に認知症状が出ているのは米子さんから聞いていた。僕がここに初めて来たときからおむつを付けていたのはその症状が現れていたらしい。便失禁があることを米子さんが気付きおむつを装着させた。心配なのは駒子所長の症状が進んでいることです。僕はこのカンカンが苦手だった。曲のテンポと拍手のテンポがずれて船酔いのようになる。外に出た、もう寒いからアオカンは無理だろうと二人の特別な場所に近付くと声が聞こえた。
「どうしたの駒子所長?」
「あなたはどなたですか?」
駒子所長は今野さんを忘れていた。
「駒子所長、私ですよ、今野ですよ、しっかりしてください」
「あたし仕事ですから」
「駒子所長」
駒子所長は校門の方に歩いて行きました。今野さんは焦って転びました。
「今野さん」
「博君、どうしてここに?」
「いや何となく駒子所長が心配で」
今野さんは偵察に来た僕に驚いていた。
「駒子所長がおかしい、どうしよう」
駒子所長は校門を攀じ登ろうとしていた。僕は走って駒子所長のお尻を掴んだ。
「駒子所長、危ないからおりましょう」
「仕事に行くんですよ、離してください」
「仕事場はここですよ、しっかりしてください。今日はキャバレーピンクヘルパーの晩ですよ、仕事休みです」
駒子所長の動きが止まった。我に返り門扉から手を離した。僕の上に覆い被さるように落ちた。
「あれ博君、今野さんも」
駒子所長は状況が把握出来ない。認知症はこれを繰り返し重症化していく、そして誰もかれも忘れてしまう。
「駒子所長、もうキャバレーも終焉です、チークタイムで盛り上がっていますよ。戻りましょう」
「ありがとう博君。今野さん、次のキャバレーの日を愉しみにしています」
駒子所長はウインクをして微笑んだ
「はい、お待ちしております」
駒子所長と手を繋いで畑の中を歩いた。キャバレーはラスト曲だった。ルイアームストロングの『ブラック&ブルー』が流れていた。僕はそのまま駒子所長と踊った。とても悲しかった。
「でも加藤さんは若いですね、外見もそうですけど脳の回転も僕なんかよりよっぽど速い」
「足がないからその分血の巡りが速いんだ」
「そうだ君は足は速いか?」
「いや普通です」
「普通と言う答えは回答にあらず。足は普通と言わない。足の単位は速い、遅い、長い、短い、そんな風に示す。足が普通、手が普通と君達は使うのか?」
「すいません」
面倒臭くなってきた時は謝るに限る。
「実は高田、二宮チームを負かしたい」
高田、二宮と言うとあの暴走一輪車の二人である。
「どうしてですか?」
「あの高田の得意気な顔がなんとも気に入らん。鼻を明かしてやりたい。協力してくれるか?よし決まった。明日から少しここで練習しよう」
到底彼等に敵うとは考えられないがもう加藤さんはやる気満々だった。
患者さんの食事の支度は当番制で五人ずつ一組で二週間交代になっている。車椅子利用者で認知症じゃない人は三人で僕が担当の加藤さんと、暴走一輪車の乗り役高田さん、そして畠山さんと言う気難しいおばあさんである。逆に認知症で一番変わっているのは村山さんと言う男の患者さんで、人と向かい合うと罵声を吐き続ける。駒子先生の問診を手伝っていたときだった。
「村山さん調子はどう?」
「ば~か、で~ぶ、ぼ~け」
笑みを浮かべている。
「あら意外と調子いいじゃん」
駒子所長が煽る。
「ぶ~す、目くそ、は~なくそ」
「痛いとこありませんか?」
「あ~ほう、とうへんぼく、死~にぞこない」
「それはお前だ、はい、いいですよ」
さすが駒子所長は一級でした。
「今度の日曜日はキャバレーだからね、博君も何か考えてるわね」
「ええ、一応、暴走車椅子レースに出ます」
キャバレーピンクヘルパーは月に一度の患者とヘルパーの親睦行事である。毎月最後の日曜日に開催されている。
「博君は初めてね、びっくりするわよ、興奮しないでよ。このユニホームよりド派手なショッキングピンクの衣装だから。博君には刺激が強いかな、ヘルパーさん達はみんなこんな短いスカート穿くのよ。パンティーもスカスカ」
多分スケスケだと思う。それに僕の性欲を刺激するのは薫子さん以外にいない。
「楽しそうですね。それじゃお酒も飲めるんですか」
「ええ、飲める方はいくらでも、ただし患者さんとの一線を越えてはいけませんよ、ヘルパー同士ならどうぞご自由に、だって男と女だもん」
駒子所長は目をバチバチ瞬いた。
「でも患者さんとヘルパーの関係でそんなことあるわけないじゃないですか」
「それがあるのよ一度。車椅子のおじいちゃんが反応しちゃって、長くてぶっ太いモノを突き出したの。その上にヘルパーさんが跨っちゃってさあ大変、でもヘルパーさん達も欲求不満だからさ仕方ないと言えば仕方ないけど。それで何とか引き離そうとしたけどがっちり嵌っちゃって抜けように抜けない。そしたら驚いたことに患者さんが立ち上がったのよ。ヘルパーさんの腰を抱えてグランドに出て行っちゃった、三年間一度も立ち上がったことのない患者さんよ。ドクターに聞いたら勃ったのが立ったきっかけってよく分かんないのよ実際のとこは」
駒子所長が笑いながら話してくれたが恐ろしい話である。
「グラウンドに出てからどうしたんですか?」
その先は笑って話してくれなかった。そして当日がやって来た。
校門は施錠された。『ルーム黄昏』の入り口に『キャバレー ピンクヘルパー』の看板が掛けられた。僕はそのドアを開けた。
「いらっしゃ~い」
米子さんが迎えてくれた。既に患者さんが数名来ていた。店内は熟女と言うより老女達の熱気でムンムンしている。米子さんが席に案内してくれる。尻を大きく振りながら歩くからパンツが滑り落ちて来る。それを僕を見ながら手繰り上げる。
「博君今晩暇?あたし暇、布団にもぐり込んじゃおうかな」
そう言って胸を震わせた。薫子さんが僕の隣に座った。このホームで僕が感じる唯一女性としての対象である。薫子さんもショッキングピンクのナース服は超ミニだった。これだけミニなら下着が覗いてもおかしくない。僕の視線に気付いてさっと股を広げた。穿いていない。薫子さんが微笑んだ。誘っている。
「あたしこのキャバレーが大好き、リフレッシュしてくれるの、日常の辛いことも過去の悔しいこともみんな忘れられる。このキャバレーがあたしを生かしてくれてるの」
重くのしかかる何かから逃れている。そんな言い方だった。店内は客の患者さんで満員になった。
「みなさん、お愉しみの前に今夜は特別なレースがあります」
それは僕等の出番である。暴走車椅子レース。賭けの対象になっている。
「よし練習成果をみせようじゃないか三上君」
僕の相棒加藤さんが張り切っている。相手は高田、二宮コンビ。賭けが成立した。八対二、駒子所長と米子さんが僕等に大金を掛けてくれた。大金と言っても一口百円、全員が張ったとしても四千円である。駒子所長と米子さんが千四百円ずつ僕等に賭けた。そして全員が廊下に出た。
「ルールは突き当りの壁に乗り手がタッチしてUターン、そしてゴールはここ。勿論乗り手が落ちたら負」
恵子ヘルパー長がルールを説明してくれた。
「あんた等も無茶するねえ、生きて帰れると思っているのかい、ぐあっぐあっぐあっかかか」
ペリカンが飛び立つときにこんな鳴き方をするんじゃないかと思うほど高田さんの憎たらしい高笑いが廊下に響いた。
「おい高田、私達が勝利したら暴走は止めろ」
加藤さんが高田さんに注文を付けた。
「おい、二宮、聞いたか?このじいさんの戯言を。ぐあっぐあっぐあっかかか」
最後に『か』で終わる笑い声には腹が立つ。二宮さんは分かっているのだろうか、高田さんに弄ばれている馬のように見えた。
「位置について、よーい、ドン」
廊下に車椅子が二台並ぶとほとんど隙間がない。
「おらおらおらおらおら~」
いつもの掛け声で二宮さんが先行する。高田さんが後ろを振り返り加藤さんに「ば~か」と言った。完全に先行される。壁にタッチする前に二宮さんがスピードを緩める。
「好機到来、博君、スピード緩めず壁タッチだ」
加藤さんが無茶を言った。それでも練習の成果と一か八かをやってみた。見事失敗、加藤さんは手を着く前に頭を壁にぶつけた。額が割れて血が噴き出した。
「ぐあっぐあっぐあっかかか」
「おらおらおらおらおら~」
高田二宮チームの雄たけびがこだました。レース後加藤さんの落ち込みようは激しく、キャバレー営業中もずっと舌打ちをしていた。
「加藤さん頭の傷は大丈夫ですか?」
「こんなもん傷のうちに入らん、傷は心に残ったままだ。よし明日から練習を強化して次のキャバレーに挑もう」
加藤さんはやる気だった。村山さんが敗れた僕等を見つめている。
「ばーか、ぼーけ、あーほ」
加藤さんが村山さんに近付いた。
「とうへんぼく、ぼんくら、おたんこなす」
加藤さんが言い返すと村山さんは悲しい顔をして口をつぐんでしまった。
僕は可哀そうに感じて村山さんの車椅子に寄った。
「村山さん、加藤さんはレースに負けて落ち込んでいます、許して上げてください、ねっ」
僕が肩を擦った。
「ばーか、ちーび、でーぶ、しーね」
「お前が死ね」
さすがに腹が立って言ってしまった。ステージではピンクヘルパー全員によるカンカンダンスが行われている。ミニスカートと言うより振り過ぎて襤褸切れのようになっていた。パンツはずり落ちそれをたくし上げると割れ目に喰い込んだ。患者さん達は興奮している人も入ればのんびりと手拍子をしている人もいる。『天国と地獄』のメロディなのに民謡手拍子である。一回叩くたびに掌を擦り合わせるからメロディには着いて行けない。メロディの速さと手拍子の遅さが噛み合わずに時の流れを曖昧にする。そのズレに吐き気を覚えた。グラウンドに出ると畑まで走り嘔吐した。畑で喘ぎ声が聞こえた。誰かが苦しんでいるのだろうか、そっと近付くと月明かりに上下運動。M字に開いた股の上に誰かが乗っかっている。乗っかっているのは今野さんだった。
「しっ、駒子所長、誰かが近くにいる」
囁いたつもりだろうがしっかり聞こえる。幸い今野さんは僕だと気が付いていない。僕はとぼけることにした。
「あれ、誰かいたのかな?野獣の声がしたんだけど気のせいだな。異常無し、戻ろうっと」
「博君ですよ、気付かないで行っちゃいました」
「博君はのんびりした性格ですから」
二人の会話は息遣いまで聞こえた。僕は駆け足でキャバレーに戻った。駒子所長から教えられた、女は一生女、男も一生男、独身同士なら年に関係なく男と女が愛し合う、又はその行為に何も問題ない。楽しむのも悲しむのも二人の問題である。キャバレーはまだ盛り上がっている。カンカンが終わりチークタイムになっていた。普段寝た切りの清水さんは車椅子でチークダンスを見ていた。
「清水さん、踊ってくれますか?」
清水さんは受けてくれた。僕は清水さんの車椅子を操作した。曲はスローな僕の知らない演歌、回したり前を跳ね上げたり、僕が前に回り投げキッスをしたり、清水さんはやっと動く腕をスローモーションのように伸ばして誰かに抱かれているようだった。そして今月のキャバレーピンクヘルパーの夜は閉じた。部屋に戻ると布団に誰かいる。僕にノーパンの股間を見せてくれた薫子さんに間違いない。あのポーズは僕を誘っていた。僕はそっと布団に入る。米子さんだった。
「カモ~ン」
僕がこのホームに勤めて三回目のキャバレーピンクヘルパーの日が来た。この日は米子さんの引退祝いも兼ねている。米子さんは週に一度は僕の布団に潜り込んでいた。それなりに僕も任せていた。米子さんの顔を好きなアイドルに被せるのは至難だがなんとかそれなりに満足していた。
「みなさん、キャバレーピンクヘルパーのオープンです」
恵子ヘルパー長が挨拶した。
「よし、今晩はやっつけるぞ」
加藤さんは日の丸の鉢巻をして気合を入れた。しかし僕は勝てる気がしなかった。二宮さんのパワーとスピードを超えることは生涯出来ない。崩すなら高田さんとの連携である。連携と言うより高田さんにコントロールされているそのラインを断ち切ることしかないと加藤さんに伝えたが、それは卑怯者のすることだと一蹴されてしまった。
「はい頑張ります」
僕は負けると分かっていながら空元気を加藤さんに示した。レースの賭けは今夜も十対二、僕等に賭けてくれたのは変わらず駒子所長と米子さん。中には僕等を応援したくても敗北が分かっていながら無駄遣いはしない患者さんもいる。
「みなさん、暴走車椅子レースの始まりです」
恵子さんがルールを説明した。故意にぶつけるのは反則であるが並走出来ない場所がある。消火器や水を入れたバケツが並ぶ所が三か所ある。そこを通過するときはどうしても遅れている方が少し下がるようになる。
「博君、私は前回よりも三キロ落とした。君の足は前回より鍛えられている。これはスピードアップに繋がると思う」
加藤さんはこのレースに命まで掛けていた。高田さんの鼻を明かす目的はエスカレートして使命と位置付けている。
「加藤さん、ただのお遊びですよ」
「何を、貴様は弛んどる。そんなことで敵を討てると思うか、気合を入れろ」
一喝された。患者もヘルパーも加藤さんの迫力に圧倒され引いている。
「そ、それでは、位置について、よーい ドン」
僕は力の限り押した。
「おらおらおらおらおら~」
二宮さんがギアを入れた。最初の消火器、ほぼ並走。
「博、踏み込め」
加藤さんが僕に檄を飛ばす。僕は突っ込んだ、高田二宮の車椅子の前に少しでも出ようと、しかし二宮さんの足には敵わない。僕等の車椅子は消火器に追突。僕は足が車椅子のスピードについて行けずうつ伏せに倒れた。加藤さんを乗せた車椅子だけが廊下を進んだ。相手は既に壁タッチでUターンしている。車椅子を追うように消火器が転がって行く。ゆっくりと壁に当たる。加藤さんが両手を壁に当て項垂れた。消火器の栓が外れ真っ白い粉を噴き出している。加藤さんの背中に吹きかかる。
「加藤さん」
僕は廊下を走った。
「ぐあっぐあっぐあっかかか」
高田さんの『か』で終わる笑い声がこれほど癪に感じたことはない。僕は粉を全て排出した消火器を廊下の端に立てた。後ろを見ると、みんながぞろぞろとキャバレールームに入り出した。
「加藤さん、大丈夫ですか?」
僕は首に掛けたタオルで加藤さんの粉を飛ばした。加藤さんは悔し涙を流していた。
「もう止めよう」
僕は安心した。勝ち目がない、そしてやる度に悔しさが増すゲームなら止めた方がいい。加藤さんの高田二宮の暴走車椅子が廊下で事故を起こす前に止めたい気持ちはよく分かる。でもレースで阻止することは不可能。みんなが我慢しているように右に倣えが賢明だと加藤さんも懲りたようだ。三連敗、それもゴール出来ずの大惨敗は高田二宮の力誇示に協力したに過ぎなかった。
「もう駄目だ、止めよう」
「ええ、それがいいと思いますよ」
「力では敵わない、君の作戦にしよう」
加藤さんが止めようと言うのはレースそのものではなかった。高田さんと二宮さんの連携を崩すと言う僕が提案した心理戦に切り替えただけだった。僕は車椅子ごとシャワーを浴びせた。加藤さんを車椅子から下すと太腿で立ち上がった。
「私の足も君のように細かった」
「キャバレー行きましょう」
二人でキャバレーに入る。
「ばーか、しーね あーほう」
村山さんが口を開けたが言うより早く加藤さんが先に罵声を浴びせた。村山さんは口を開けたまま下を向いた。僕は今日は許せると思って笑った。キャバレーはカラオケをやっていた。薫子さんが『二人でお酒を』を歌っていた。歌手のように胡坐をかいた。薫子さんはキャバレーの日はノーパン、奥の茂みがぼやけている。僕の視線に気付くとさらに足を広げてくれた。米子さんはキャバレーが終えるとそのまま気仙沼の実家に帰ることになっている。今野さんが駅まで送る。今宵から米子さんが僕の寝床に潜ることはなくなった。米子さんがホームを去るのは寂しいが寝床に来ないのは嬉しい。カラオケタイムが終了し恒例のカンカンダンスが始まった。このカンカンが始まると駒子所長と今野さんの逢引きタイムである。校庭の向こうの畑の中で重なり合う。僕は初めてのキャバレーの日に目撃して驚いた。そのことは誰にも口外していない。ところがみんな知っていた。
「駒子所長は生涯独身を通しています。今野さんもずっと前に離婚されている。宜しいじゃありませんか、それに駒子所長は一級ですから」
恵子ヘルパー長が言って甲高い声で笑った。駒子所長に認知症状が出ているのは米子さんから聞いていた。僕がここに初めて来たときからおむつを付けていたのはその症状が現れていたらしい。便失禁があることを米子さんが気付きおむつを装着させた。心配なのは駒子所長の症状が進んでいることです。僕はこのカンカンが苦手だった。曲のテンポと拍手のテンポがずれて船酔いのようになる。外に出た、もう寒いからアオカンは無理だろうと二人の特別な場所に近付くと声が聞こえた。
「どうしたの駒子所長?」
「あなたはどなたですか?」
駒子所長は今野さんを忘れていた。
「駒子所長、私ですよ、今野ですよ、しっかりしてください」
「あたし仕事ですから」
「駒子所長」
駒子所長は校門の方に歩いて行きました。今野さんは焦って転びました。
「今野さん」
「博君、どうしてここに?」
「いや何となく駒子所長が心配で」
今野さんは偵察に来た僕に驚いていた。
「駒子所長がおかしい、どうしよう」
駒子所長は校門を攀じ登ろうとしていた。僕は走って駒子所長のお尻を掴んだ。
「駒子所長、危ないからおりましょう」
「仕事に行くんですよ、離してください」
「仕事場はここですよ、しっかりしてください。今日はキャバレーピンクヘルパーの晩ですよ、仕事休みです」
駒子所長の動きが止まった。我に返り門扉から手を離した。僕の上に覆い被さるように落ちた。
「あれ博君、今野さんも」
駒子所長は状況が把握出来ない。認知症はこれを繰り返し重症化していく、そして誰もかれも忘れてしまう。
「駒子所長、もうキャバレーも終焉です、チークタイムで盛り上がっていますよ。戻りましょう」
「ありがとう博君。今野さん、次のキャバレーの日を愉しみにしています」
駒子所長はウインクをして微笑んだ
「はい、お待ちしております」
駒子所長と手を繋いで畑の中を歩いた。キャバレーはラスト曲だった。ルイアームストロングの『ブラック&ブルー』が流れていた。僕はそのまま駒子所長と踊った。とても悲しかった。
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