The Outsider

橘樹太郎

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第2章:邪竜と黄金色の竜

第4話:黄昏の少女

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 スレイ達がある天星人の少女と共に城下町にある病院へ運び込まれた後の事───彼女はスレイ達から名前を訊かれて"ベアトリス"と名乗った。
 何故少女は"ベアトリス"と言う名前を憶えていて、無意識のうちに名乗ったのか、それは彼女にもよく分からなかった。
 ベアトリスはレーヴァの手を取りながらスレイとジョッシュのいる病室から出て行き、レーヴァは彼女の方を振り向いた。
「これからよろしくね、ベアトリス"ちゃん"」
「"ちゃん"は無くてもいいですよ」
 レーヴァの言い方が少し堅苦しく思ったベアトリスは微笑みながら彼女にそう言った。
「そう? ならよろしくね、ベアトリス」
 彼女は改めて気さくに挨拶した。
「ちなみに何だけど、さっきの二人は貴女を助けた人達よ」
「あの方々が・・・」
「さっき、松葉杖の軽薄そうな人がジョッシュで、ベッドに寝ていた落ち着いた人がスレイって名前よ」
「スレイさんにジョッシュさんですか・・・」
 2人は病院から出た後、ベアトリスは自分の視界に広がる情景を見渡した。
 レンガで出来た建物や舗装された地面、露店で道行く人に呼びかける人やそれぞれの目的地に向かう人々───彼女にとって何故かこの光景が懐かしく感じていた。
 そんな彼女を現実に引き戻すように、レーヴァが話しかけた。
「ベアトリス、私と一緒に城へ行きましょう?」
「分かりました」
 彼女は素直に言う事を聴き、2人は城へと向かった。
 城に着いた2人は研究棟に向かい、所定の部屋に向かう。そこは研究棟におけるトラヴィスの執務室で、スレイがエヴォルドこの世界や天星人の説明を受けた所だ。
 レーヴァがトラヴィスを呼びに行ってから数刻置いて、ベアトリスは彼と対面した。
 彼女は片眼鏡の黒い美丈夫を前にして思考が固まる。その様子を見て、微笑みながら気遣う彼に気付いた彼女は、顔を赤らめて目を逸らした。
「す、すみません・・・」
「いえいえ、大丈夫ですよ。落ち着いたら話を始めます」
「あ、ありがとうございます」
 ベアトリスは彼から落ち着く猶予を貰ってから数刻置いて、落ち着いた彼女は彼に向き合って話を始めた。
「それではベアトリス様、これから幾つか質問をします。まず初めに貴女が覚えていることを教えてください」
 彼女は彼からの質問に深く考えたが、それでも思い出せなかった。
「・・・すみません、この名前しか覚えていません」
 何も思い出せず申し訳なく思うベアトリスに対して、彼は彼女の想像とは逆の反応をした。
「いえいえ、そんなものですよ。天星人として降り立った者達の記憶保持には個人差がありますから」
「すみません。てっきり・・・突き放されるかと思っていました」
 彼女からそう言われて、彼は口を開いて笑った。
「いやぁ、私はそこまで薄情ではないですよ。ただ、その心構えは大事ですよ?」
「心構え・・・ですか?」
「はい。人を素直に信じる事は良い事ですが、時には利用しようとする人もいる。だからこそ、その警戒心を持って話した方が良いのですよ」
 彼から褒められて、彼女は感謝の意を頭を下げて示した。
「いえいえ、では次は少し検査をしてみましょう」
「検査・・・ですか?」
「怖がる必要はありませんし、私は下心を持って検査をするわけではありませんから安心してください。もし不安だったらレーヴァ殿に任せます」
 彼の言葉にレーヴァは呆気に取られたようで目を丸くした。
「え、私ですか・・・?」
「ええ、大丈夫ですよ。私が教えるので」
「その時は・・・お願いします」
 彼女はいつもより自信がなさそうに言った。
 そして、ベアトリスの身体検査が始まる。検査の結果、身体的な能力などは普通の少女と変わりないが、体内魔力は溢れるほどに高いようだった。
「検査、お疲れ様です。それでベアトリス様はこれからどうするか決まっていますか?」
「いいえ、まだです」
「それならこれから見つかるでしょう」
 彼は笑顔でそう言った。
 ベアトリスは彼に一礼してレーヴァと共に城から出て行くと、そのまま城下町にあるギルドハウスへと向かった。
 ギルドハウスに入った2人が受付窓口に向かうと、そこにはアイネが座っていた。
「あっ、貴女は・・・」
「ジョッシュの知り合いね」
 アイネはレーヴァを事を覚えていたようで彼女は笑顔で2人を出迎えた。
「ようこそギルドハウスへ、初めてのご利用ですか?」
「はい」
「でしたら幾つかご説明を・・・」
 アイネは2人が初めてギルドハウスを利用する為簡単な説明をした。
「説明を聴いて頂きありがとうございます。本当はそれについての講習会があるのですが・・・昨日ですから」
 知らない内に彼女は仕事口調に変わっており、2人も敬語を使う事にした。
「それで、今日はどのようなご用件ですか?」
「あの、ベアトリス彼女に"職業診断"をしてもらいたいのですが・・・」
「"職業診断"ですね、でしたらこちらへ」
 彼女は席から立ち上がって2人を案内する。案内した先は応接室だった。
 応接室の椅子に2人を座らせると、アイネは彼女達と向かい合っている椅子に座った。
「診断書です」
 レーヴァが巻物のように丸められた羊皮紙ようひしをアイネに渡して、彼女はその内容を見た。
「天星人・・・ですか」
「はい」
「そう言えばスレイ君も確かそうじゃない?」
「そうです」
 敬語で相槌を打つレーヴァに対して、アイネが気遣うように彼女へ言った。
「ここは私達3人だけだから敬語は無理しなくてもいいのよ?」
「ちょっとそれが難しくて・・・」
「騎士特有なのね、友達口調で話す#利用者__お客さん_#も多いからこっちの方がいいけど」
 アイネは話が脱線しすぎないように本題に入った。
「それでは職業診断をしますね。大丈夫、すぐ済みますから」
 そんな話をしてから、ベアトリスの職業診断が始まった。
 それからしばらくして、ギルドハウスからベアトリスとレーヴァが出てきて、彼女達は結果について話し合った。
「ベアトリス、本当に"神官"で良いの?」
「はい」
 レーヴァは幾つもあった職業の中から"神官"を選んだベアトリスに驚きを示していた。
「貴女がそれで良いなら私は何も言わないけど・・・」
「そんなに駄目でしたか・・・?」
 不安そうにベアトリスが訊くと、レーヴァは気まずくなって訂正した。
「いいえ、文句があるとかそれが駄目ってわけじゃないの。それは信じて」
「分かりました」
 彼女はその言葉に納得してくれたようで、レーヴァは安心した。
「そういえば、どうして神官を選んだの?」
「私が人のお役に立てる職だと思って・・・甘く見たような言い方ですみません」
「良いのよ、理由なんて人それぞれなんだから。貴女を助けたスレイ君なんて、成り行きで銃士隊に入ったものよ?」
「そうなんですか?」
「そうよ」
 ベアトリスはレーヴァからの話を聴いて、スレイに親近感を覚えていた。
 2人は話しながら城下町にある神殿に向かう。
 城下町にある神殿に来た彼女達は、その外観に感嘆する。町中にある遺跡として聳え立つこの建物には、神様を信仰する聖職者が集まっているのだ。
 二人が中に入り、レーヴァが受付をしている男の神官に話しかけた。
「ようこそムーライ神殿へ、何のご用件でしょうか?」
「実はこの娘が神官になりたくて」
 レーヴァは受付をしている神官の問いに答えてベアトリスを紹介すると、彼は朗らかな笑みを浮かべてこう言った。
「間に合いましたね、講習は明日からなので早めに服を支給しましょう」
 そう言って受付の神官は案内した。
 案内された先で男の神官は女の神官と交代してベアトリスの神官服を紹介した。
 さまざまな大きさがあり、彼女は自分に似合うかどうか心配になったが、それでも合う大きさがあったので安心した。
「に、似合いますか・・・?」
 ベアトリスは心配そうに言うが、レーヴァは笑顔で『似合ってるよ』と言い、彼女は安心して頭を下げて感謝した。
 神殿から出た2人はレーヴァの自宅へ向かう事にする。ベアトリスは神官服と同時にムーライ信仰の本を貰った。
 2人が歩いていると、途中でアストリア王国の兵士が来てレーヴァに話しかけた。
「レーヴァ殿、少し時間をもらえないでしょうか?」
 その兵士から声を掛けられて、レーヴァはベアトリスと顔を合わせた。
「大丈夫ですよ、私は待ちますから」
「ありがとう、ちょっと待ってね」
 ベアトリスからの承諾を得てレーヴァは兵士と耳打ちした。
 会話が終了しその兵士が立ち去ると、彼女はベアトリスの方を向いて話した。
「ごめんね、実は王国からの緊急要請があって行くことになったの」
「大変ですね」
 その為かレーヴァはベアトリスに合鍵を渡した。
「今日から少しの間だけ貴女の家として使っていいわ」
「本当にいいんですか?」
「ええ。私は当分の間、家を開けることになったからその間はこの家で過ごしていいわ」
「ありがとうございます」
「まずは自宅まで案内するね」
 レーヴァの自宅は城下町の集合住宅の一室であり、彼女はベアトリスを自宅まで案内して中に入れた。
「ここが私の家よ、気に入ってくれると良いけど」
 彼女がそう言いながらベアトリスに渡したのは少し重さを感じる袋で、中には多額のルメダが入っていた。
「これは・・・お金ですか?」
「そうよ」
「待ってください、これはレーヴァさんの・・・」
「そうだけど、お金が無いと暮らせないわ。だからこれはあなたに預けておくの」
「そんな・・・」
「大丈夫、残りは銀行に預けているから」
 ベアトリスは不安ながらも頭を下げて感謝した。
 レーヴァと別れた後、ベアトリスは彼女から貰ったルメダを少しだけ持って買い出しに出かけた。
 ベアトリスは右往左往しながらも食べ物や飲み物を取り扱う店を見つけ出して買い出しをした。
 その後、彼女が食べ物や飲み物が入った麻袋を両手で抱きながら歩いていると、ある人達から声をかけられて彼女は立ち止まった。
「よっ、ベアトリスちゃん」
「こんにちは」
 ベアトリスが振り返るとそこには二人の少年がいた。スレイとジョッシュ、彼女にとっては命の恩人だ。
 彼女は両手で袋を抱えているせいか頭を下げることができず声で挨拶した。
「こんにちは、スレイさんにジョッシュさん」
 ベアトリスから名前を言われてスレイは少し驚く。彼等は彼女に名前を名乗っていなかったからだ。
「何故俺たちの名前を?」
「レーヴァさんから教えてもらいました」
「なるほど・・・そういえば今は1人なのか?」
 レーヴァがいない事を不自然に思ったジョッシュがベアトリスに訊くと、彼女は『はい』と言った。
「あれ、確かベアトリスちゃんはレーヴァと一緒だったんじゃ・・・?」
「レーヴァさんとは"緊急の用事"で別れました」
「アイツ・・・自分からエスコートしといて何やってるんだ・・・」
「緊急の用なら仕方ないんじゃないかな・・・」
 スレイはレーヴァに呆れるジョッシュを宥めながら、ある事を考えていた。
 2人はベアトリスを独りにさせるのは危ないと思い、レーヴァの自宅まで送っていくことにする。途中でジョッシュがベアトリスを見兼ねて袋を代わりに持とうとしたが彼女はそれを断った。
「そう言えば、"緊急の用事"について、レーヴァさんは何か言ってなかった?」
 スレイがベアトリスに訊くが、彼女は首を横に振った。
「私達が歩いている時に兵士さんがやって来て、その人とレーヴァさんが話した後にそれだけ言われました」
「それについてはあまり話さなかったんだ・・・」
 天星人である2人がレーヴァについて話していると、ジョッシュが彼女の持つ麻袋を改めて見ながら言った。
「あれ、そう言えばベアトリスちゃんってお金持ってたっけ?」
「いいえ、実はレーヴァさんから貰って・・・」
「アイツ良いところあるな」
 彼は今更のようにレーヴァの良い所を再認識した言い方をした。
 レーヴァの自宅まで辿り着いた3人は、彼女の家に入る。ベアトリスが合鍵を持っていた事に驚く2人だったが、彼女が事情を話して納得と疑問が同時に起こった。
「アイツ、そんなに家を空けるのか?」
「さぁ・・・」
 ジョッシュから訊かれたスレイは分からないような相槌を打った後、顔を少し下に傾ける。まるで何か考えているのか、ベアトリスは不思議とそう思った。
 彼が考え事をし始めた時に彼女はジョッシュに話しかけられる。どうやら彼女の着ている服について気になっていた。
「そういえば、ベアトリスちゃんが着ている服、神官服だね。ジョブでも決まったのかい?」
「はい。私が城で調べてもらったら魔力が豊富なようで、魔導士という選択肢もありましたが神官こちらにしました」
「それでだったのか」
 ベアトリスは『はい』と相槌を打った後、自信が無いかのように顔を俯かせて言った。
「何というか、人のお役に立ちたくて・・・変でしょうか?」
 自信が無い彼女をジョッシュが励ました。
「いやいや、変じゃない。寧ろ立派な事だよ」
 彼が笑顔でそう言いながら、はたで考え事をするスレイへ同調圧力をするように話を振った。
 話を振られたスレイが我に返ると、彼は再び動揺した。
「まさか・・・今までの話聴いていなかったのか?」
 ジョッシュが睨みつけるように言うと、彼は両手の人差し指の先端を合わせながら顔を俯かせて謝った。
「ご、ごめん・・・」
「スレイ、お前なぁ・・・」
 ベアトリスの話を聴いていなかった事を認めて謝るスレイに対して、彼女の横でジョッシュは頭を抱えて呆れる。そんな2人の恩人に失礼だと思いながらもベアトリスはその光景に笑ってしまった。
 ベアトリスをレーヴァの自宅まで送り届けた彼等は去って行き、ベアトリスはただ1人、麻袋から買った物を出していた。
 その際、彼女は窓に置いてある花に注目する。その花は少し枯れかけていて、花弁が半分抜けていた。
 それから次の日、ベアトリスはムーライ神殿を訪れた。
 今日から神官になる為の講習が始まる───彼女は緊張と神官になる為の決意を胸に席についた。
 講習が始まり、彼女は講義をしている司祭に耳を傾けた。
 今いる世界エヴォルドのこと、エヴォルドを司る神々の存在、多種族の殆どが交流できる理由はエヴォルドこの世界の何処かに"タワー"が存在するからなど───今回はエヴォルドの主な概要について彼女は学んだ。
 今日の講習が終わり、彼女が帰ろうとした時、後ろから声をかけられる。彼女が振り返るとそこには青髪をティアラのようなヘアバンドで留めている同じ神官服の少女がいた。
「あの、これ落としましたよ?」
 青髪の少女が見せたのはレーヴァの自宅の鍵だった。
「あ、ありがとうございます!」
「いいえ、失くさなくて良かったですね」
「はい!」
 その後2人は話しながら一緒に帰って行く。青髪の少女は、"マルシェ"という人物で、彼女も神官になる為に講習を受けていた。
 2人はすぐに打ち解けて仲良くなり、お互い砕けた話し方になった。
「ベアトリスもムーライ様を信仰しているの?」
「うん、でも今信仰し始めたばかりで・・・」
「大丈夫だよ。だって、多分神官になりたい人の多くってそんな感じだし、私もそうだから」
「そうなの?」
「そうだよ。神官になりたい理由なんて探せばいくつも出るもの」
「そうなんだ」
 ベアトリスはマルシェが頭に付けているヘアバンドに目が留まった。
「そのヘアバンドは?」
「ああ、これはね」
 彼女は装身具を外してベアトリスに見せる。その髪飾りは銀色で中央にルビーのような赤い宝石が嵌め込まれていた。
「私のお母さんがくれたものなの」
「綺麗だね」
「ありがとう」
 2人は笑いながら話を続けて歩く。どうやら彼女には弟がいるようで、勇者に憧れを抱いていると聞く。もしかしたら彼女が神官になるのは弟と冒険する為かもしれないと、ベアトリスは思った。
 次の日からも講習は続き、白魔法の初歩的なものも学んだ。
 ベアトリスはマルシェや周りの受講生と情報を交換しながら知識を高めていき、光魔法や補助魔法、治癒魔法関連で使える魔法を増やしていった。
 それからある日のこと、彼女は講習の休憩時間中にある"噂"を聴いた。
 その"噂"とは、アストリア王都内で『ゴブリンらしき影を見かけた』との事で、城下町内の衛兵は捜索と警備に当たっていた。
「不気味だね・・・」
「うん・・・」
 マルシェが不安そうに呟くと、彼女も同じく不安な気持ちになった。
 それから今日の講習が終わり、マルシェは用事があるとの事で先に帰って行った。
 ベアトリスも神殿を後にして帰っていくが、彼女の帰路には普段よりも人気が無かった。
 彼女は安全に帰る為に大通りを通るが、友人であるマルシェの事が心配になって彼女が近道として使う路地裏に入った。
 ベアトリスは、いつもより薄暗く不気味な路地裏に入り、試しに"グリマー"の魔法を唱えた。
 グリマーという魔法は使用者を中心に辺りを照らす魔法で、補助的な役割を持つ杖を持っていないベアトリスにとっては掌から僅かな光を照らす事しか出来なかった。
 ベアトリスは照らしている間、地面に見覚えのある装身具が落ちている事に気付いた。
 彼女が手に取り、その装身具を確認する。銀色のフォルムで中央に嵌め込まれている赤い宝石───間違いなくマルシェ彼女が付けていたものだ。
 ベアトリスがマルシェのヘアバンドに気を取られていると、彼女の背後で何か気配を感じた。
 彼女は恐る恐る後ろを振り向き、左にある建物の壁を見ると、そこだけ風景が歪んでいた。
「そこに誰かいるの・・・?」
 彼女がその気配に気付いて目に見えない"何か"に話しかけると、それはすぐに正体を現した。
「あ・・・」
 徐々に姿を現したのはマルシェで、彼女は怯えて涙を流している。そしてその後ろには背負われるように"誰か"が彼女の首元にナイフの刃を突きつけていた。
 ベアトリスが身構えると、その誰かはマルシェから飛び跳ねて彼女を押し倒した。
 倒れた彼女はそれの手で口を塞がれ、よく見ると───それは緑色の肌をした小人のような者で、服には様々な装備を携えていた。
 ゴブリン───彼女が講習で魔物の種類を学んだ時にいたモンスターの一種で、その小柄な姿から軽く見られるが、奇襲や闇討ちなどを得意とする厄介な相手で、その多数は言葉が分からない筈だった。
「動いたらお前の喉元をコイツで突き刺す」
 その喋るゴブリンはベアトリスに容赦無くナイフの刃先を向けて脅し、それに対して彼女は恐怖を抱く。
 ベアトリスはマルシェに助けを求めたかったが、当の彼女は恐怖のあまり気を失っていた。 
 それもその筈、王都や村などの人が集まる拠点には魔物避けの結界が張ってある為、普通なら魔物に襲われる事は無かった。
「〔どうして・・・?〕」
 恐怖しながらも不思議そうな目でゴブリンを見るベアトリスに気付いて彼は邪悪な笑いをした。
「どうやら気になるようだな。だがその理由に答える前に俺がお前の命をる」
 彼はナイフを上に振りかぶり、ベアトリスは反射的に目を閉じるが、その時不思議な出来事が彼女の身に起きた。
 ナイフの刃先が彼女の首元に近づいた瞬間、彼女が再び目を開く。小鬼はその瞳を見て咄嗟に離れた。
「まさか、そういうことか・・・」
 彼女は不気味に立ち上がると、自身の周りから光の矢を生み出して目の前の魔物に放った。
 それに対してゴブリンは避けるものの、光の矢が当たり、彼は苦痛の叫びを上げた。
 突然の出来事に彼は動揺するが、ある事を思い笑った。
「そうか、これは"あの方"が喜ぶぞ」
 ベアトリスは機械のようにゴブリンと対峙し、彼に追い打ちをかけようとしていた。
 しかし、その戦いに横槍を入れるように近くで足音が聴こえ、ゴブリンは黒い煙に包まれた。
「また会おう小娘───"覚醒"まではそう遠くなさそうだ」
 彼は意味深な言葉を言い残して姿を消すと、ベアトリスは警戒を解いたように倒れ込んだ。
 それからしばらくして、彼女は再びベッドの上で目覚めた。
「あれ・・・ここは?」
「目が覚めたようね」
 彼女が右を見ると椅子に座ったレーヴァがいた。
「私は・・・」
「心配かけてごめんね、私も今さっき着いたばかりで」
「あっ、マルシェは?」
「マルシェ?」
「はい、ヘアバンドをつけた青髪の・・・」
「ああ、あの娘ね。大丈夫よ貴女と一緒に保護されているから」
 彼女はレーヴァからマルシェの無事を聞いて安堵した。
 ベアトリスが目覚めてから少し経ち、彼女はベッドから起き上がって自分の友達に会いに行った。
 案の定、マルシェは別室におり、ヘアバンドはしていなかったが、彼女の隣にある棚の上に置いてあった。
 彼女は銃士隊によく似た格好の男性と話している。その男はアルバートで、彼は叫び声を聞いてすぐ駆け付けた。
 ベアトリスが来たことに気づいてか、アルバートと話していた彼女は涙を流しながら自分の友達に抱き着いた。
「ごめんねベアトリス・・・私のせいで・・・」
「ううん、マルシェが無事でよかった・・・」
 2人は、自分達があのゴブリンから生き延びる事が出来て、抱き合いながらお互いの生存を祝う。その光景を見て、レーヴァとアルバートは微笑ましく思っていた。
「兎に角、麗しき彼女達が無事で良かったよ」
「アルバート君、やるね」
「君に褒められるとは光栄だね」
 それから少し経ち、ベアトリスはレーヴァが戻ってきたことにより、合鍵を返した。
「今までありがとうございます」
 彼女はそう言ったが、レーヴァは少し心配そうな表情かおをした。
「どうしましたか?」
「どうしたも何も、貴女これからどうするの?」
「あっ・・・」
 ベアトリスはよくよく考えてみると暮らす場所が無い事を再認識して困る。そんな彼女を見て、レーヴァは溜め息を吐きながらこう言った。
「もう、スレイ君と同じ轍を踏むんだから・・・」
「すみません・・・」
 その後、レーヴァは何かを思いついたように笑みを浮かべ、彼女にある提案をした。
「それなら、良いところを知っているわ」
「良いところですか?」
 ベアトリスは彼女の提案に耳を傾けた。
 それから次の日になり、ベアトリスは神官としての課程を修了して正式に得職えしょくすることが出来た。
 彼女の友達であるマルシェも神官になり、お互いに得職を祝った。
 その時マルシェから家での食事の誘いが来たが、ベアトリスは申し訳なく断る。マルシェも彼女の事は理解しているのか、また会える事を誓って2人はそれぞれの帰路についた。
 ベアトリスはアストリア王国にある馬車の停留所に向かい、一台の馬車に乗った。
 御者に目的地を教え、馬車はその道を辿る。揺れる荷台の中、彼女はスレイやジョッシュの安否を心配していた。
 命の恩人である2人が王女の捜索隊に参加して7日が経ち、王女を発見した彼らはガルア王国からこちらへ戻る頃だった。
 馬車が目的地に到着し、彼女は御者に感謝しながらお金を払った。
 ベアトリスが指定した目的地───それはヴァートレスの村だった。彼女はカルロの家を訪ねると、彼とレーナが出迎えた。
「ベアトリス、お帰り」
「ベアトリスお姉ちゃんお帰り!」
「ただいま」
 レーヴァがベアトリスに示した提案とはこの事で、彼女が押しかけでカルロに頼み、彼は『住みにくくてもいいなら』と言って承認した。
 今はこうしてレーナにベアトリスは懐かれているが、それでも初対面の時はスレイと同じように避けられていた。
 それからある日───ベアトリスがレーヴァに起こされ、彼女は寝ぼけながらも少し驚いた表情を見せた。
「あれ、レーヴァさんどうしてここに・・・」
「それはね、外に出ればわかるわよ」
 レーヴァからそう言われて、彼女はいつもの神官服に袖を通した。
 外に出たベアトリスは、先に外へ出ていたカルロやレーナに挨拶をして、彼女は彼等と共に村へと入っていく馬車を見た。
 馬車が続々と到着し、その荷台の中からは何人かの兵士や魔導士、銃士隊員は出て来た。
 そしてその中にはスレイやジョッシュもいて、ベアトリスは彼等の帰還に安堵した。
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