ユニコーンの眠る場所

みっち~6画

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1 あまがえるとゲーム①

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 落ちる、と思った瞬間、逆に宙に引き上げられた。
「動くな」
 だれかが、ぼくの手を握ったまま命じる。
 ぬくもりなど感じられない、ひやりとした手だ。言われるがまま目を閉じて、相手に身を任せてじっとすることにした。
「動くなよ?」
 相手は、確認するかのようにもう一度、念を押す。
 土砂降りの雨が、ごうごう耳元を流れていった。
 しばらくすると地面に足を乗せた感触があって、ようやく目を開けることができた。
 ありがとうございます、と言おうとした口が、そのままの形で止まる。目の前には、緑色の雨がっぱを着込んだ男の人が立っていた。
 奇妙、というだけでは形容しがたい雰囲気が、その男にはある。
 あざやかな新緑の色を写した雨がっぱだけでも目立つのに、彼は背丈ほどもある蓮の葉を傘がわりに差している。
 まるで、童話の中のアマガエルのような風情だ。
 気を取り直して改めて礼を言おうと、一歩だけ前に踏み出した。すると、踏み出した分だけ、相手は後ろに下がる。
「あの……助けていただいたお礼を言いたいだけなのですが」
 面食らったままではいけないと、さらに詰め寄ると、足を動かした気配もないのに、相手は同じ分だけさらに遠ざかった。
「ありがとうございました」
 形だけでも謝意を伝え、大雨の降りしきる辺りを見渡した。
 ここがどこなのか、自分は何をしていたのか、どこから落ちそうになっていたのか、ちっとも思い出せない。
 南国のスコールかと錯覚するほどの勢いの雨は、辺りの景色を遮断する。
 ここには、行き交う車も、人の波も、何ひとつ見当たらない。
 恐る恐るカエル男を振り返ると、待っていたかのようにして、向こうのほうから口を開いた。
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