少年王と時空の扉

みっち~6画

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70 すべての道はローマに通じる⑤

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 ピエロというのは、真っ赤な付け鼻をして、すそをしぼったぶかぶかの服を着ているのではなかったか。
 それでも、隼斗に都合のよい方向にカン違いされたものを、わざわざ掘り返すこともない。
 遊園地の着ぐるみがやるように、大げさに両手を振る。てきとうに、にこにこ笑顔をはり付かせたまま、時おり陽気にステップを踏んで、じりじりと出口をめざした。
 客の反応は意外によく、隼斗が手を振るたび、わあわあ歓声が上がった。
 じきに扉にてがかかるかと思われたそのとき、懐かしい声音が隼斗を呼び止めた。
「あら。隼斗ったら、とんでもないところから出てきたのねぇ」
 弾かれたように振り仰ぐと、クレオパトラの衣装に身を包んだ母が、こちらを見つめているではないか。有名なコブラをあしらったかんむりを頭に乗せ、濃い紫のアイシャドウを施している。
「そのほうの知り合いか?」
 もっとも高い位置に座り、鋭いひとみを隼斗に向けていた体の大きな男が、母クレオパトラの耳元に口を寄せた。
 こちらも、教科書の挿絵そっくりの服装から察すると、彼が英雄ユリウス・カエサルなのだろう。
 けだるそうな声で、母クレオパトラが「ええ」と答える。
「ふむ、そうか。まぁ、よい。そちもこっちに来て、飲むがよい」
 カエサルは上機嫌で杯を掲げ、新たなタルを次々に開けさせていく。
 隼斗は未練げに、目の前にある扉に視線をやってから、カエサルに向き直った。恵まれた体つき。広い額に、大きな鷲鼻。まるで、美術室に置いてある彫刻のような顔立ちだ。
「そちの衣装は初めて見た。どこの出身だ?」
「えっと、その……日本、なんですけど」
「ニホン?」
 面食らっているカエサルを横目に、隼斗は母に向かってささやいた。
「逃げよう、母さん。姉ちゃんも、この近くにいるはずなんだ。ギザに置き去りにしてきた父さんを迎えに行かなきゃ」
 だめなの、と母は今まで見せたこともないきらきら輝くひとみを隼斗に向けた。
「エジプトは今、大変な時期に差しかかっているのよ。私は今、エジプトのすべてを背負った女王クレオパトラなの。もちろん中身は単なる二児の母で、何のとりえもない主婦よ? でも、今は違う。私はクレオパトラ。なんの罪もない民衆を放って、自分だけ安全な場所に逃げるワケにはいかないのよ」
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