不可思議∞伽藍堂

みっち~6画

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28 ビスマスの卵⑦

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 ひざが震えた。
 気を抜くとしゃがみ込んでしまいそうになるのを懸命にこらえ、声を張る。
「からかって、いるんだよね?」
 ルーレットは目を伏せ、口の中で「すみません」とつぶやいた。
「でも、ここにあるほかのモノたちは、感情はあるにしろ、話なんてできなかったよ」
「わしはここの主の、初めてにして最後の未完成品なのです。長い年月をこの伽藍堂で共に過ごしたせいで、主の力の影響を受けたのでしょう」
 昔話をします、とルーレットが穏やかに続けた。
「わしは、ある時、生身の猿として暮らしていました。愛情深い飼い主に恵まれ、とても幸せに過ごしていたのです。ところが嵐の夜、飼い主は突然わしの前から姿を消してしまいました。わしはその帰りを待ち続け、悲しみあまり、病気になってしまったのです。それを哀れに思った伽藍堂の主が、命の尽きたわしを剥製にして、柱時計に組み込んでくれたのです」
 大河の背後で、ルゥが小さく鼻をすすりあげた。
「さあ、わしのかわいい小さなルゥ。大河君。どうか最後の願い叶えておくれ」
 ルーレットはほほ笑んでいるが、すでにその目線は遠く、どこか別の世界を見つめているかのようだ。
 大河は震える指先で、美しいビスマス結晶の卵を歯車まで持ち上げた。
「ありがとう。さあ、この哀れな猿を連れて行っておくれ。あの方の待つ…………」
 ビスマス結晶は、猿面を取り込んで完全に覆い尽くすと、急激に縮み始めた。柱時計の板材がはがれ、崩れ落ちる。
 ――海へ。
「ルーレット!」
「だめだ、ルゥ。危ない!」
 目いっぱい伸ばしたルゥの指先に、ビスマス結晶の卵が舞い降りる。ルゥは大切そうに、それを胸にかき抱いた。
 ――あの方の元へ、わしを。
「……懐中時計? 見て、ルゥ。ルーレットは、本当は懐中時計だったんだ」
 ルゥは何も言わず、蒸気の噴き出るコートでそれを包み込んだ。
 ――海へ。
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