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第四章
24/ 英雄を守れ
しおりを挟むアンデッドドラゴンは呻き声を上げながら、身を捩る。
次の瞬間、エンシスが刻んだ斬痕付近から腕が生えた。
関節が足りない。指の爪も生え揃っていない。鱗もまばら――。
そんな、あまりに不格好で不完全な腕。
それもそのはず。
腕の形をしてはいるが、腕としての機能をひとつも求められていなかった。
生物的には有り得ない位置から生えた不完全な腕は……
まだ体液も乾かぬうちに、体から切り離された。
くるくると落ちていく腕のような何か。
その腕には大きな斬痕があった。
周囲を飲み込み続ける『ひたすらに深い泉《アビッシス・フォンス》』が付けた傷だ。
「やはりな。呑み込むものが無くなれば、勝手に止まる」
冷ややかなオウラの呟きに同調するように傷口の輝きは失われていく。
アンデッドドラゴンが首筋から生えさせた歪な腕は攻撃用でもなければ、形態変化というわけでもない。
ただ自切するためだけの腕。
「吸い込まれていたのは、ドラゴンの生体活動用の魔力か。ドラゴン本体を吸い込めるわけもない……言うなれば、まやかし」
傷口から対象の魔力を全て飲み込む――それがエンシスの新たな魔法『ひたすらに深い泉《アビッシス・フォンス》』だ。
急速な魔力の低下による空間歪曲を生じさせるほどに強力で、エンシスの言った通り理論的には一撃必殺。
だが回避策がないわかではなく、残痕のある部位をトカゲの尻尾切りのごとく、自ら切り捨ててしまえばダメージは最小限に留められる。
エンシスもその可能性に気付いていたからこそ、自切されにくい首筋を狙ったのだが、アンデッドドラゴンは斬痕の周辺部位から新たな腕を生やしてそこに斬痕を強引に移し替えたのだ。そして自切し、切り捨てた。
「いかにもドラゴンらしいだろ? 忌み嫌うだけの、お前たちでは想像も及ばんさ」
冷酷に吐き捨てられていくオウラの言葉が、ブツブツと細切れになって聞こえてくる。
エンシスの視界は螺旋を描き暗転していく。
左腹部から、命が漏出している。
水を入れた布袋に、小刀でそっと穴を開けた時のような――すうっと水が抜けていく感覚……
それを今、自分の体で体験していた。
(見た目が気持ち良いからって……身をもって体感する必要はないよな……)
(結局、俺の魔法も……まだ、完璧じゃなかったということか……)
心臓が鼓動を打つ度に、体が軽くなっていく。
本当に人の体って、ほとんど水なんだな……
だから俺は水魔法を使っていたんだっけ?
――支離滅裂で脈絡のない思考が浮かんでは消える。
オウラの言葉の意味を問い返したかったが、声も出ない。
視界が傾く。
何故だか地面が近い。
何が起きているんだろうか……
近付く地面が、エンシスの視界を塞ごうとしてくる。
そのまま思考も閉ざされていく。
「――エンシス様ぁあああ!!!」
地面に倒れ込むのをギリギリのところでアイズが支えた。
エンシスと地面の間に自らの体を滑り込ませるようにして。
「…………なんだ? 生きていたのか、お前」
吐き捨てるオウラ。
踏み潰し、叩き潰したはずの虫が、しぶとく生きていたのに気付いた時のような煩わしさを滲ませている。
「き、貴様……!」
アイズは、エンシスを抱えたままオウラを睨み上げる。
僅かに放たれた殺気にオウラは嬉々として迎撃の構えを取った。
しかしアイズは、オウラと真反対の方向へ飛び退いた。
今出せる最速で、最大の移動をし終える。
「ん? なんだ、やらんのか。くっくっく……逃げっぷりだけは良いな。言うなれば逃げ虫だ」
アイズは耳を貸さない。
最優先はオウラの間合いから離脱すること。
抱えたエンシスをそっと下ろし、傷のある左腰を上に向かせる。
「エンシス様! エンシス様!! ダメです、貴方は……この国に必要な人だ……!!」
アイズは腰に提げたバッグから何かを取り出した。
紙のように薄くペラペラしたそれをエンシスの傷口へ貼り付けていく。
背中側と、腹側から傷口を塞ぐように、そっと――。
「ぐ……うう」
触れられた痛みでエンシスが呻く。
貼り付けられた紙はみるみるうちに赤く染まっていく。
「も、もう少しの辛抱です、エンシス様……」
貼り終えるとアイズは、震える手でその紙に魔力を送る。
「回復符か……古典的な」
最早、この2人には興味がないといった様子のオウラが一瞥する。
エンシスは、たとえ一命を取り留めたとしても戦えるような体ではない。
そのくらいには深い傷を負わせた。
かたやアイズも、先の攻撃でだいたいの底が知れている。また刃向かってこようと脅威にはならない――そんな風に思っているのだろう。
力を持つ者の奢りからくる気紛れだ。
だがアイズにとって、それは好都合。
オウラが興味を失っている間に、エンシスを回復し終えたい。
「この回復符は……ヤツが認識しているものとは違う。きっと、モノが違う」
アイズは〝スブリーデちゃん〟の超絶的な魔力と魔法に触れていた。
とてもすぐに歩けるような体ではなかった自分を、指1本触れずに全快してくれた。
そればかりか瓦礫の街に埋もれた負傷者の数や位置を、同時に把握し終えていた。
アイズの回復が終わるやいなや、その負傷者たちを転移魔法で一斉に呼び寄せて救出し、回復を始めたのだ。
「あんなことが出来るスブリーデちゃんがくれた回復符……きっと特別製。こんな傷……!」
アイズが目を見開いた瞬間、エンシスの体からズシンと大気を震わすほどに大きな魔力が沸き立った。
「お、おお……!?」
その圧で手を離してしまわないように踏ん張るアイズ。
やはり並の回復符ではない、と確信するが――それと同時に、冷や汗も出てくる。
「何だ、それは」
興味を失ったような素振りをしていたオウラがこちらを凝視していた。
エンシスがもし想定以上に回復すれば、また脅威となる――
先刻のエンシスから放たれた爆発的な魔力は、オウラに考えを改めさせるに十分過ぎた。
「…………言うなれば、保険だな」
面倒くさそうにオウラが歩き出す。
「く、くそ……もう少しなのに!」
手の震えを必死に抑えながら、回復符を介してエンシスに魔力を注ぐ。
ズシャリ、ズシャリ、とオウラがゆっくり近付いてくる。
どす黒く変色した直刀を引きずりながら――。
「くそ、くそっ……くそがぁ!」
汗をまき散らしながら、エンシスとオウラを交互に見るアイズ。
オウラの凶刃からエンシスを守ろうと今、手を離してしまったら回復が止まってしまう。
まだ完全に傷口が塞がっていない。失血死は免れない。
オウラはもう二~三歩というところまで迫っている。
ぬらりと直刀が振り上げられた。
「エンシス様……エンシス様ぁあああ!!!」
アイズはエンシスに覆いかぶさった。
せめてもの時間稼ぎ。
アンデッドドラゴンとオウラからイニティア王国を守れるのは、この場にはエンシスしか居ない。
自分が先に斬られる。自分が死ぬまで、もうほとんど時間がないとしても、その全てをエンシスの回復に使う。
そうすれば、もしかしたら……。
これが自分に出来るせめてもの罪滅ぼし。
そう思ってアイズは固く目を閉じた。
――その覚悟を両断しようと残酷な剣が振り下ろされる。
ガキィイイン……!!
果たして、オウラの直刀はアイズに届かなかった。
代わりに、硬い金属同士が衝突する音だけが瓦礫の街に鳴り響く。
「……おかしいなぁ。こんな早く戻ってこられるはずはないんだが」
憎らしげなオウラの視線の先で、剣とハルバードが交差して、直刀を防いでいた。
ギチギチとせめぎ合う音が大気を揺らす。
「ヴェリタに戻る途中、珍しい顔に声を掛けられてな!」
「事情もそこそこ、飛ばされて戻ってきてみれば……この惨状」
勇ましくも苦々しさが滲む声の正体はスクートム本部長アルバと戦術幕僚長オプト。
アルバが剣を、オプトがハルバードを振り抜く。
「くっ……」
オウラは弾かれるも、体勢を崩すことなく着地して、やや距離をとった。
「次から次へと。目障りな虫どもめ」
憤懣の様相でアルバとオプトを睨むオウラ。
しかし、一瞬だけ訝しげな表情をした――エンシスはどこだ? とでも言いたげな。
剣とハルバードが衝撃の暴風を巻き起こすより少し早く、エンシスとアイズは移動していた。
巻き込まれないくらい距離をとった遠方に。
「まさか『六龍斬』のオウラが、これをやったというのですか……ということは、『無風の道《ヌルス・ウェントス》』の発動も、彼の企ての内ですか」
アイズたちを刹那の間に移動させ終えていたのは、広報室室長ルレウム。
「アルバ様、オプト様……ルレウム様……!!」
「気を緩めないでください。キミは、エンシス君をさっさと回復させてください!」
ルレウムの言葉には緊張と焦燥が多分に混ざっていた。
アイズは瞬間、理解する。
目の前に居るのは〝破翼〟の異名を持つアグゼイア=オウラ。
ドラゴンを単独で打ち取れる、正しく一騎当千。
イニティア王国が誇る最高戦力『六龍斬』の1人。
更にはアンデッドドラゴンを従えているのだ。
アルバ、オプト、ルレウム――
生きる伝説のような彼らが揃ったとして、戦況は覆らないかもしれない。
傾きさえしないかもしれない。
(そうだ……この状況を打開できるのは……エンシス様しかいない……!)
「ヤツに勝てるとしたら、エンシス君だけです! 我々が時間を稼ぎます……頼みましたぞ!!」
ルレウムは希望の言葉だけを残し疾風となり、戦渦へ飛び込んでいった。
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