GELADEN~装弾済み~

如月 風佳

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犬の巣

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 「いや…」

美奈子の目が玩具のように瞳孔を押し広げていく。呟かれた言葉にヒビキが目を細めた。そういえば彼は今まで彼女から一度も視線を外さなかった。

(今まで落ち着きすぎてた)

そう、落ち着きすぎてた。未来に飛ばされ、自分の住んでいる街も無くなり、瓦礫の山で三日過ごしたにしては、“まともすぎた”。
しかし、それが事切れたのをヒビキは確実に感じ取っていた。
未来ということも、荒廃した世界も、美奈子の中ではまだ“現実味”が無かったのかもしれない。けれど、今いる場所が聞いた事も無い国で、しかも悪趣味に聖書の中に登場する“楽園”の名前のついた国だと知った瞬間に、その精神を支える糸がついに切れてしまったのだ。ここに来て彼女が受け入れた現実はあまりにも重い、その精神がどのタイミングで切れてしまうかは計り知れなかった。 けれど、事切れたのを今、感じた。いつ発狂するか解らない。

 どうしょう…。
お母さんもいない…
お父さんもいない…?
自分の物もない。

そう、自分の物が一つもない。
所有物が一つも。
自分のだと誇っていい持ち物が何もない。
それが不安に駆り立てる。

私の携帯もない…。
私のうちもない。
私の本もない。
私のお金もない。
私の…私の…私の…私の私の…私の私の…
何もない…ないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないないない…

私が…いない。


美奈子は世の中の流れに流されるまま生きてきた。

そんな美奈子の生きて良い場所は自分の所有物がある場所だった。
自分のイス。
自分の机。
自分の部屋。
自分の物。
自分の親。
自分の友達。

それに触っていると生きている心地がしていた。
私が触っていい物…私の物。

私だけの物。

そう考えていた。

私だけに与えられたものイコール…私の生きる意味。

そんな世界でしか生きていなかった美奈子は…今、生きる意味を完璧に見失いつつあった。

美奈子は軽く頭を左右に振り、本棚から本を取り出そうとするような手つきで頭に手を置いた。そして…

「いや…そんな…」

と、何度も呟いた。ヒビキは声をかけようと口を開いたが、何かに気付きテーブルの上に出した銃を即座に引っ掴んだ。

そして一瞬で、美奈子側のソファーに飛び移ってきた。 

 「…!!!」

ブワリと風が窓から吹き込んできて、見上げた彼の前髪が揺れた。ヒビキの唐突の行動過ぎて狂う事も出来なかった美奈子。

その深紅の瞳を右と左にパッパッと向けた後、美奈子の肩を思い切り突き飛ばす。

「客が来たぜ!」

「!!!」

テーブルとソファーの間の床に肩から落ちた美奈子にニシャリと楽しむように笑ったヒビキからの指示が聞こえる。

「ケン!!」

『パララララララララララララララララ!!!!』

だが、ヒビキの指示も、軽い物音を立て、周りのモノが粉砕する音で掻き消された。
美奈子の今まで座っていた場所が瞬時で穴だらけになった。

「!!」

声も出せない恐怖に青ざめる美奈子。

「美奈子ちゃん、こっち!」

ヒビキの指示は美奈子を安全に位置へ移すことだったらしい。身を屈めたケンが倒れこんでいた美奈子を起こし、壁に寄った。この時、美奈子は突然の事にまったく動ける状態ではなく、ケンの服をただ掴んだだけで、彼に引きずられていったというほうが正しい表現だといえた。

「アキラ!援護しろ!!」

「Yes!」

窓の右側の壁に背中をつけたヒビキの指示にアキラが反対側の壁に張り付き、銃を構えた。

そして、目配せして、銃声が鳴り止んだ瞬間にヒビキがチラリと窓の外を見やった。
 
「左に8。右に3…」

小さなヒビキの声。そして、次の瞬間…窓に向かって六発打ち込み、素早く身を隠した。
するとすかさず、反撃が返ってくる。パララララララララと軽い音で玉をばら撒くライフル銃。

「右に2。左に3。」

即座に武器を持ち反撃しているのだ。とんでもないほどの銃声が美奈子の間近で炸裂する。

これぞ…気の狂う手前だった。今まで体験した事の無い恐怖だった。

「あぁぁぁ…」

美奈子は炸裂する銃撃戦にケンの上着の袖を掴み、震えた。声が美奈子の意識とは無関係に零れ…絶叫した。

「ぁぁぁあああぁあぁぁっ!!! ――――――――あぁああぁぁっ!!!」

よくある映画などで「きゃーっ!」とか「いやぁー!」というようなレベルのものでなく、本来人間が一番発しやすい母音だけで綴られた声は女の悲鳴というより、動物の泣き声のように聞こえた。

泪が無意識のうちに流れ、目は見開き、口は今まで開いた事が無いほど大きく開かれている。


打ち込まれ続ける銃声を聞かないようにしようとした本能が両手で耳を塞がせる。
それでもなお、響いてくる銃声を掻き消そうとするように、叫んでいるようにも見えた。

不謹慎だけれども、駄々を捏ねた子どもが耳を塞ぎ叫んでいるような様と被った。

「落ち着け!!! 死にやしないっ!!」

ヒビキがそういったが、少しでも彼女に届いただろうか…。

「美奈子ちゃん、大丈夫だから…。少し目を閉じて…。俺の声に集中して…」

ケンが綺麗な手を美奈子の見開かれた目に翳し、閉じさせる。
それにしても、彼の声はこの銃撃戦の中で囁くような声量なのに、よく聞こえた。

目を閉じさせると、美奈子の悲鳴は次第に収まっていく。
実に穏やかな口調でケンは美奈子に囁く。大丈夫…大丈夫…と、まるで子どもをあやすように。

「トップ発見。一般人かも…、どーする?リーダー…」

壁に背をつけ様子を見ているアキラの嫌に冷たい声に、狂い掛けた美奈子を押さえつけ、一言言った。
これ以上、打ち込まれたら、怪我をする前に美奈子の気がふれる。

「やれ。」

「Yes。」

その一言に、アキラは銀色の巨大な銃を片手でクルリと取り出し、スチャッと構えるとトリガーを握りこんだ。バン!!などという音ではない…むしろ“ドォン!!!”という凄い音がして、襲撃は収まった。シンに寄り添われたヒロがチラリと見たところ、アキラの放った弾は眉間に見事にめり込んでいた。

「右の1 。残りは逃走。やっぱあの手の奴等はリーダーがいないと駄目みたいだね。指示待ち症候群ってヤツ?」

静まり返った空間がまた戻ってきた。周辺の壁にライフルの弾がめり込んだのでパラパラと壁が剥がれ落ちる音がし、煙が少し充満している。

 「死傷者ナシ?」

ヒビキの言葉にヒロは「無事よ」と答えた。その言葉に肩を竦めて見せた。

そして、ケンにしがみ付いている美奈子にゆっくりと近づく。両目を覆っていたケンの手は離れていたが美奈子は目を瞑ったままだった。頬を泪で濡らし、目を閉じている様は、失明した少女のような様だった。

「大丈夫か?悪かったな、手荒だった。」

ヒビキの心配そうな声に美奈子は子猫のように震え上がり、ケンの上着をきつく掴んで怯えるように彼の胸に顔を隠す。

「…」

怯えられた事に少し目を見開いていたが、時期にヒビキは口を噤んだ。

「ちょっと!助けてもらっといてソレは無いでしょ!」

ヒロの声にアキラが彼女の腕を掴んだ。やめなよ…。
美奈子は銃声にも戦いにも無知なのだ。当然の事だと思う。

 「だって…」

震えるような美奈子の声。ケンの服に埋もれた涙声。

「だって…あの時…あの時…」

『客が来たぜ!!』

確かにニシャリと笑っていた…。

「笑って…っ!」

ヒビキは黙ったまま、軽い失敗を笑うように、苦笑する。 

「そんなに人殺しが楽しいですか!!!」

美奈子の言葉にはシンが噛み付いた。

「てめぇっ!何様だよっ!」

シンの乱暴な口調をヒビキは「やめとけ…」と言って、シンに表へ見回りに行くように行った。

シンが渋々出かけるのを見届けると、清々したときに吐き出す溜息と同じ種のもの一つ零す(ただし、決してソレではなかった)と肩を竦めた。

「どぅーだろ、そりゃ…お前がそう見えたのなら、そうなんだろうな…」

穏やかな様子でそういい、穴だらけになったソファーに腰をかけた。

 「…」

美奈子はヒビキの言葉に彼の何もかもを疑い…、ケンの服に顔を埋めた。

意外なことに薄っすらと煙草の匂いがした。

「美奈子ちゃん、大丈夫だよ…、少しパニックになってるね。でも、もぅ心配ないから。」

美奈子はケンの言葉が聞こえて、すぐ子どものように泣き出すのだった。

自分がまったく知らない土地に放り出され、しかも、そこは未来で、今まで住んでいて当たり前にあったものが何一つ無く、目の前で銃撃戦が繰り広げられたのだ。発狂して当然だったと思う。

美奈子は震える手でケンの上着を掴み、うわ言のように「お父さん…、お母さん…」と呟き、最後に「優一さん…」と呟いたのだった。
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