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しおりを挟む保健室の扉を開けると、開いた窓にかかる白いカーテンが揺れていた。
「…あれ」
いると思ったのに、姿が見えない。俺は保健室に入って、ぐるっと室内を見回した。
デスクには開いたままのノート、飲みかけのコーヒーが入ったマグカップ。
天井から吊り下がった間仕切りのカーテンが吹き込む風に揺れている。
俺はそれを一気に引き開けた。
「──」
やっぱり。
保健医の能田先生が気持ちよさそうに眠っていた。ベッドにちょっと寝転んで、そのまま眠ってしまったみたいに、白衣のままで。
「のーんちゃん?」
のんちゃん、は能田先生のあだ名だ。皆につられて俺もいつの間にか時々そう呼ぶようになってしまった。男子校だから勿論男だけど。
「おーい、起きろよ」
体を揺すると、んん、と先生は呻いた。かけていた眼鏡がずれて今にもシーツの上に落ちそうだ。
「もー、ちゃんと外して寝ろよ…」
仕方なしに俺はそれを取り上げた。
何気なく自分でかけてみる。
ん?
あれ、これ…
「んー…?」
先生がごろりと仰向けになった。
「あ、起きた?」
ごし、と手の甲で目を擦る仕草が28歳とは思えないほど幼かった。
「めがね、かえして…」
「のんちゃんさあ」
俺は先生の眼鏡をかけたまま、先生の顔の横に片手をついて見下ろした。まだ眠気の残る目で、ぼんやりと先生は俺を見上げる。
ぎし、とベッドが軋んだ。
「これ、度が入ってないんだけど」
目が合ったまま、先生の手が俺の顔に伸びてくる。
「こら…悪戯するな」
眼鏡を取り上げる、頬を掠めた先生のひやりと冷たい手に、俺はどきりとした。
「なんで、かけてんの?」
「秘密」
眼鏡をかけて、先生はゆっくりと俺を押して起き上がった。
「風間くん、なんか用だった?」
「うん」
握り込んでいた手のひらを見せる。くしゃくしゃに丸まったティッシュが血で赤くなっていた。
「切っちゃったから、絆創膏欲しいんだけど」
「うわ」
俺の手を取って、先生はおいで、とベッドから立ち上がった。
寝癖のついた髪がふわっと揺れる。
それにまた俺はどきりとする。
「なんで切っちゃったの」
「生徒会の備品開けてて、段ボールで」
窓から風が入って来る。
「馬鹿だねえ」
「うん、馬鹿だよね」
「軍手あげようか?」
「もう終わっちゃったし」
「そっか」
くすくすと笑う。
先生の笑う顔を見て俺も笑った。
甘い匂いのする暖かな風が気持ちいい。
ああもう少し、このまま、もっと──起こしたりなんかしないで、寝かせておいてあげればよかったかな。
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