風間くんの何でもない日常

宇土為名

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 2年に進級したばかりの俺が生徒会長の役目を押し付けられたのは、ちょうど一年前の春だった。
 それは一年間だけと言う約束だった。なのに。
 今年の春。
 そして、俺はまた生徒会長を押し付けられた。

「いや、あんたふざけんなよ。どこに3年のこの今から受験に向かってまっしぐら死ぬほど勉強しなきゃいけませんってときに自分の生徒に面倒事押し付ける担任がいるんだよっ」
「あはは」
「あははじゃないっ」
 職員室で声を上げる俺に向かって担任の和田が笑った。俺の親父と同い年くらいの、結構いい加減な数学教師だ。
 椅子に座ったまま俺を見上げて紙パックのジュースを飲んでいる。
「一年だけっつー約束はどこいった」
 一年前に俺に生徒会長を押し付けたのはこいつだ。
「いやおまえ、誰もやりたがらないからさあ、もういいだろってことで」
「もういいって何⁈」
 てめ、ふざけんな!
「ほらあ、うちは前任が後任を指名する指名制だろ?他の役はともかく、おまえが後任を指名するってなったら大変だろうが。同じ3年を指名するのも気が引けるだろうが。っつって2年は駄目だろ2年は、な?」
 おまえが言うな。
「で?」
 で、と言って和田は紙パックに刺さったストローを吸い上げた。全部飲んでしまったらしく、足下のゴミ箱にぽいっと捨てる。
「もうおまえでってことで」
 ……。
「…面倒になったんだろ」
 あはは、と和田は笑った。
「ま、引き継ぎもしなくていいし」
 クソじじいが。
「覚えてろよ」
 くるりと背を向けて俺は職員室を横切った。廊下に出て、和田の笑う声が追いかけてこないように、ぴしゃりと扉を閉める。
 それが一ヶ月前のことだった。


 入学式を終えた新入生が校門の前の中庭で楽しそうに声を上げている。着飾った親たちが子供の写真を撮り合うのを、俺は3階の窓からぼんやりと眺めていた。
 桜はもう散り、葉桜になっている。
「かざまあー、手伝えー」
「んー」
「こら」
 気のない返事をしたら、ぽこん、と模造紙の束で頭を軽く叩かれた。振り向くと、書記の平田《ひらた》が後ろに立っていた。
「早く帰りたいならちゃんとしろ」
「はいはい」
 眼鏡の奥から睨みつけられて俺は肩を竦めた。
 入学式で使用したパネルや飾りつけの後片付けを、毎年生徒会がやるようになっていた。一昨日、来れるやつだけ来いと言ったら、俺を含めて3人しか集まらなかったという有り様だ。
 もうひとりは会計の薮内《やぶうち》だ。
 副会長は来なかった。
 クソが。
「藪さんは?」
「体育館にガムテ取りに行った」
「ふーん」
 パネルを綺麗にまとめて梱包用のビニールシートに包み、紐で縛って生徒会横の備品室に入れる。飾りつけの花紙なんかは一回使ったらもう終わりだ。ゴミ袋に詰め込まれた色とりどりの花飾りは、2週間かけて俺たち新3年生が折ったものだ。
「うーわ、毎年だけどもったいねえな」
「だよなあ。来年の卒業式もこれでよくねって話だけど」
「来年って俺たちか」
「あーそうそう」
 可笑しそうに平田が笑った。
「じゃ、俺捨ててくるわ」
 少し体を動かしたかった俺は、ふわふわな花の詰まったゴミ袋を3つ掴んで生徒会室を出た。
 焼却炉は校舎の裏、一番目立たないところにある。一階まで下りて、まっすぐ廊下を進んで──
「風間くん」
 後ろから声を掛けられて振り向くと、能田先生だった。
 今日はスーツで、胸にはリボンを付けたままだ。
 白衣じゃないのがすごく不思議だ。
「片付け大変だね」
「そんなでもないよ、軽いし」
「僕も行くから、一個持とうか」
「え、いいよ。先生も持ってるじゃん」
 先生の手にもゴミ袋がひとつ握られていた。同じく後片付けをしていたようだ。なにやらごちゃごちゃしたものがパンパンに詰め込まれていて、すごく重そうだった。
「軽いなら持てるよ?」
「じゃあ、取り換えっこしよ」
 俺は先生のゴミ袋を取り上げて、俺のゴミ袋をふたつ渡した。
「えっ、なんで?」
「こっちのほうがいいよ」
 そう言うと先生は困ったように笑った。
「力がないって思ってるんだろ」
 俺は笑った。
「あ、そうだ」
 ゴミ袋からはみ出た花飾りを摘まむ。俺はそれを先生の頭に乗せた。
「ちょっ、なにするんだよっ」
「はは、先生かわいい」
 そう言うと、怒ったように拗ねる顔が可愛くてたまらなかった。
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