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風が先生の髪を煽る。
先生は少しうつむき加減で、指先で眼鏡を押し上げた。
「ああ、そういえばもうそんな時期かあ」
中庭に下りていくともうすぐ帰ると言う先生を待って、俺は一緒に校門を出た。
「毎年毎年、もうネタ切れって感じ」
「はは」
春の終わりの匂いのする風だ。
学校からまっすぐに続く道路の脇には、白木蓮の木がたくさん植えられている。
「おんなじでもいいんじゃないか? 新入生は当然初めてなんだし」
「うーん、でも俺らは飽きるじゃん?」
「そこは我慢したら」
「えー…」
どうせなら皆楽しめるほうがいいなあ。
大きな公園の前を通りかかる。夕暮れどき、毎日通る道なのに、今日は違う気がする。
あ、と先生が立ち止まった。
「タピオカ」
「ん?」
公園の奥まった入口の前広場に緑のキッチンカーがのぼりを立てて止まっていた。
他校の制服姿の女子たちが並んで買っている。
タピオカ。
タピオカだ。
じいっと、先生が食い入るように見つめていた。
「…せんせー、飲みたいの?」
「え!?」
びっくりして俺を振り向いた顔が真っ赤だ。
いやいや、可愛いな。
「え、いや、違うよ」
「もしかして飲んだことない?」
うわ図星か。
「え、いやあのっ、だって流行ってるって言うし、どんなのかなって」
「まあそうだけど」
だいぶ下火だけどね。
「飲もうよ」
「え、いい、いいから」
「なんで? いいじゃん」
「…いいから、ほら帰るよ」
歩き出そうとした先生の腕を俺は掴まえた。
「せんせー、俺喉乾いちゃった」
「水でも飲めば」
振り返らない先生の腕を、俺はくいくいっと引いた。
「のーんちゃん」
「その呼び方…」
「俺と飲もうよ」
「……」
「俺が買ってくるから、恥ずかしくないよ?」
「……」
「何にする? 王道いっとく?」
「……た」
タピオカミルクティーで、と呟く耳朶が淡い夕暮れの光の中でも分かるほど、真っ赤になっていた。
「はーいお待たせー」
公園の反対側の人気のない入口、ベンチに座って待っていた先生に、俺はタピオカミルクティーを渡した。
「…ありがとう」
「ん」
隣に座る。突き刺さった大きなストローを咥えてこくりと飲む先生を横目に、俺も自分のを飲んだ。
「美味い?」
「うん、美味しい」
嬉しそうに笑うのが俺も嬉しい。
「それは? 何の味?」
「これ?」
先生が俺のを見て言った。
「これは抹茶あずき黒糖ミルク」
「うわ」
「けっこー美味いよ?」
へえ、と物珍しそうに見ている先生に、俺は笑った。
「ひと口飲む?」
「えっ」
ほら、と俺は俺の抹茶あずき黒糖ミルクを差し出した。一瞬迷ってから、ありがと、と言って先生が俺に先生のをくれる。
ストローを口に含んだ。
──あ。
ひと口飲んだ先生が、んっ、と目を見開いた。
「美味しい!」
「でしょ」
俺も先生のタピオカミルクティーを飲む。
美味しい。
これ美味いな。
でもこれ、あれだよな。いわゆる…
「あーうま」
「うん、美味しい」
噛み締めるようにして言うから俺は笑った。幸せそうに飲んでる横顔を眺めているだけで俺も幸せな気分になる。
「ね、俺の喉が渇いててよかったね?」
からかうと、先生の頬がぼうっと赤くなった。
ストローを咥えたままぽつりと呟く。
「…まあ、うん、……と」
「んー?」
小さくありがとう、と言われたが聞こえないふりをしてわざとらしく顔を近づけて覗き込むと、赤い顔のまま、むっと上目に睨まれた。
「ありがとうっ、でも奢ったのはみんなに内緒だからな」
「はは、うん。言わないよ」
きっとそういうのは教師と生徒だから駄目なんだろうな。
「分かってる、内緒ね」
「うん」
「誰にも言わないよ」
秘密とは呼べないほどの小さな出来事。
もったいなくて誰にも言えない。
「──あ」
そうしてカップを取り換えたまま、結局俺のタピオカを全部飲んでしまって大慌てする先生に、俺は帰り道、ずっと笑いっぱなしだった。
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