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しおりを挟む「じゃあ、これで解散」
声を掛けると、教室内が一斉に安堵のような吐息を漏らした。がたがたと椅子を鳴らし、席を立ち始める。各クラスの実行委員との話し合いをどうにか無事に終わらせて、俺も息をついて立ち上がった。
正直面倒だ。他にもやることはたくさんあって、追いつかない。今日は特に疲れていた。
それなのに。
ったく、なんでまた──
「会長」
吐いたため息に被さるようにして呼び止められた。振り返ると、一年生の委員が困ったように俺を見ていた。
「あっと…なに?」
「あの、さっきの話なんですけど、ちょっとここ分からなくて」
「どこ?」
差し出されたプリントの箇所を覗き込む。全委員に配布した資料の三枚目、赤線を引かれたところがやたらと多い。
「この──当日と前日準備ってとこなんですけど」
「あー」
「あーそれね」
横から割り込んできた声にふたりして目を向けると、松島が立っていた。
「おれから説明するよ。風間、平田が呼んでる」
顎で教室の外を示されて見れば、平田が廊下から何か言いたそうに俺を見ていた。
「そっか、悪い、じゃあ頼むわ。えと、」
ネームプレートに目を落とす。
「明石くん? ごめん、あとは松島に聞いてくれる? 広報だから」
「あっ、はい」
慌てたようにぺこっと頭を下げた一年生の肩を軽く叩いて、平田のところに急いだ。
「わり、なに?」
平田は俺を横目にすっと歩き出した。
「来いよ」
「あ? ああ」
その背中をついて行く。
薄々、察しがついていた。
「おい、あれなんだよ?」
生徒会室に入った途端、平田が締めたドアを背に低い声で言った。部屋の中はふたりきり、薮内もまだ下にいる。
「あの二年、なんであんなにおまえに絡むわけ?」
予想していた質問に、平田の視線を受け流した。
「さあね」
「さあねじゃねえよ。おかげで話がほとんど前に進まなかっただろうが」
「まあそうだけど。とりあえず終わったんだからもういいだろ」
「よくない。こっち向け。あの佐根井ってなんなんだ?」
笑っても誤魔化せない。
背中を向けようとして上手くいかず、腕を取られて振り向かされた。
平田にどう言うべきか迷う。
今日集まった実行委員の中に佐根井がいた。しかも代理出席だと委任状まで提出してきた。昨日の今日で狙ってきたとしか言いようのないタイミングの良さだ。代理と言うのも怪しかった。どこまで本当だか。
佐根井は平田の言うように何かにつけていちいち俺の発言に突っかかってきた。何度も同じ話を繰り返させられ──おかげで議題の大半は思うように進行できず、終了時間を大幅に上回っての解散となってしまった。もう十八時過ぎ、部活生もそろそろ帰り出す時間だ。
顧問の和田が出席していないのも痛かった。
くそ、あいつ。
平田が探るように俺をじっと見ている。
一瞬迷ってから、俺は今日何度目かのため息をついた。
「能田先生だよ」
「は? 能田先生?」
平田が目を丸くした。
「そう」
「なんで? ってか、能田先生とあいつ、どういう関係?」
「あー…」
そこを話さないと進まないか。平田なら大丈夫だろう。
「なんか、先生の同級生の弟らしい」
おとうと、と平田が呟いた。
「先生の追っかけとか?」
「いやまさか」
昨日のあいつの態度が頭の隅を過る。
「むしろ先生を嫌ってるっていうか…敵視してる感じ」
「ふうん」
ドアに寄りかかって腕を組み、首を傾げるようにした平田は、で、と上目に俺を見た。
「それでなんで、おまえが敵視されてるんだ?」
「……」
「先生を嫌ってるって言っても、あれはどう見たっておまえと先生が仲良いってだけの理由じゃないだろ」
逃げを許さない視線だ。
そういえばこいつ、勘も良かったんだっけ。
俺は深く息を吐きだした。
がしがしと髪を掻き乱す。
「…よく分かんねえけど、俺が先生を好きだからだろ」
平田が目を見開いた。
「は…?」
信じられないものを見たというような顔でまじまじと俺を凝視する。
「は…、おまえ、そういうこと簡単に俺に言うなよ」
「別に。平田だからいいよ」
「いやっ、そういう…」
足音が近づいて来て、ふたり分の笑い声がドアの外に聞こえた。ガチャ、とドアノブが回る。平田の背中でドアが薄く開いた。
「あれ、おーい、開けてよー」
「……」
言いかけた言葉を飲みこんで平田がどくと、ぱっとドアが開いた。賑やかに薮内と松島が入ってくる。
その騒々しさに、一気に部屋が騒がしくなった。
「あーもーなんだよ、ふたりしてさー、片付け終わったよ」
「ほらこれ各委員からの回収分」
「なあ、もうさっさとかえろーぜ」
「ん? あれ、どした?」
「は、なに平田その顔」
ドアの傍で固まっている平田に、ふたりが気づいて目を向ける。平田は俺に一瞬だけ視線を向けてから、何でもない、と顔を顰めた。
「え、なになに、喧嘩?」
「風間、おまえなにしたの」
「べつにー?」
おどけて言うと、それに平田の盛大なため息が被さった。
「ったく、とっととやることやって帰るぞ」
どこか悔しそうに平田が言った。
***
雨は上がっていた。
校門を出て少し歩いたところで、いつものように三人と別れた。
別れ間際、平田が俺を振り返った。あとで電話する、と唇が動いて、返事の代わりに俺は手を振った。
帰り道を逸れ、駅のほうへ足を向ける。
共働きの両親の帰りは遅い。
寄り道をしても咎められることがないのは、小学生のころからだった。
見えてきた大通りを渡り、なりたての夜の中、制服のまま街中を歩く。過剰なほど煌々と明るいショップが立ち並ぶ駅前通り。地下鉄とJRが交差する路線駅の横は直結型の商業施設だ。
その入口に向かう人の流れに紛れた。
エスカレーターで上がり、目的の店を目指す。人の波をかき分けて進む足は、いつの間にか早足になっていた。
いた。
店の入り口に立つ人が俺を見つけて顔を上げた。
「ごめん、先生、遅くなって」
「大丈夫だよ」
息を弾ませて言う俺に、ふわりと先生が笑った。
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