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第35話 おじさんは“浮遊”っていうより、“浮浪”の男だもんね
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それからおよそ一時間後。
昼食を食べ終え体力回復した陸人達は、町を出て北東方向へ向かっていた。
「お…おい、待て…!俺を置いていくな!」
最後尾のシメオンは、手すりの鉄線を掴んだままいっこうに動こうとしない。
ここは原生林が生い茂る渓谷。
辺りには巨岩柱が乱立し、眼下には清流が流れている。
そして彼らは今、風が吹いただけで揺れる長い長い吊り橋を渡っている。高所恐怖症のシメオンは恐怖で失神寸前だ。
「シメオン、いつまでそこにいるのー?早くおいでよー!」
「そうだぞ、マトン君!早くしないと、モヒカン長官が逃げてしまうではないか!」
彼よりだいぶ先を行く陸人達は面白がって彼をからかっている。
「そんなに怖がらなくても落ちたりしないよ。この橋見た目はボロいけど、わりと頑丈だし。ほら…」
陸人はその場で飛び跳ねて吊り橋を大きく揺らした。
「うああああ!こらっ!やめろ…殺すぞ、貴様ぁ!」
鉄線にしがみつきながら、シメオンは絶叫している。
「ふははは…情けない男だな」
「あれでよく騎士団の部隊長が務まったね」
陸人とオーガストは呑気に笑っていたが、その一方でエレミアは吊り橋のメインケーブルを見上げ、じっと目を凝らしていた。
「ねぇ、オーガストさん。あなた浮遊の魔法は使える?」
「浮遊の魔法?いや、まったく使えんなぁ」
「おじさんは“浮遊”っていうより、“浮浪”の男だもんね」
「ははは、上手いことを言うな。しかしエレミア、なぜ急に浮遊のことを?」
エレミアは吊り橋を支えるメインケーブルを指差した。
「ケーブルが今にも千切れそうだからよ。浮遊術が使えなければ、私達全員川に落ちるわ」
彼女の口調があまりに淡白だったので、陸人達はにわかにその言葉の意味を理解することができなかった。
頭の中で彼女の台詞を反芻し、徐々に細くなっていくケーブルを目にした彼らはようやく事の重大さに気付き、言うまでもなくパニックを起こした。
「陸人!お前がジャンプなんかするからだぞ!」
「おじさんだって一緒になってやってたじゃん!っていうかエレミア!どうしてもっと早く言ってくれないのさ!」
「おい、文句を言ってる場合か!」
シメオンは青ざめた顔で立ち上がり、声を張り上げた。
「とにかく、橋の向こう側まで全力で走るぞ!」
が、一歩も走らないうちにケーブルはブツンと切れた。
吊り橋は崩壊し、四人は真っ逆さまに川へと落ちていく。
「わぁぁぁぁぁ!死にたくないぃぃぃぃ――――」
ところが死を覚悟したその時だった。
突如、川の数メートル上に、どこからともなく巨大な黒い絨毯が出現したのである。
絨毯は陸人達を軽々と受けとめ、浮遊したまま川沿いの岩畳へと移動していった。
「一体、今何が起こったんだろう?」
わけがわからないまま互いに顔を見合わせていると、ふいに絨毯の上に、影が差した。
「危ないところでしたね」
鈴の音のような可愛らしい声で話しかけてきたのは、陸人と同い年くらいの少女だった。
長いタンポポ色の髪に、若草色の瞳、白いチュールレースを身に纏い、無邪気な笑顔で陸人達を見つめている。
「ええと…君は―――?」
「私はロティー。妖精です」
「えっ?妖精?!」
「はい」
「妖精って、羽根があるんじゃないの?君、どう見ても人間だけど…」
「羽根は普段、隠しているんです。人間には見せてはいけないという掟があるので」
「ふーん、そうなんだ。とにかく助けてくれてありがとう!おかげで命拾いしたよ」
「どういたしまして。この渓谷は古い吊り橋がいくつもあって、昔から事故がとても多いんです。だからそういう悲劇を少しでも防ぐために、私達妖精一族はこうして交替で見廻りしているんです」
「へぇ…。僕ら人間のために、そこまでしてくれるんだ」
「はい。人であればどんな悪人でもお助けします。そう言えば先程も、吊り橋ではありませんが空から何人か人が落ちてきて、この絨毯でお助けしました」
「えっ…?空から…?」
陸人達は眉を寄せ、互いに視線を通わせた。
「もしかしてアスパラガスのモヒカンおじさん達じゃない?」
「ああ、違いない」
シメオンは深く頷き、自称妖精のロティーに視線を向けた。
「おい、その空から降ってきた野郎共は、どっちの方向へ行った?」
「ああ、彼らなら気絶していたので介抱するために私達妖精の国へ連れていきましたよ。もしかして、あなた達のお友達でしたか?」
「ンなわけあるか。ただ連中に用があるだけだ。で、あんたらの国ってのはどこにあんだよ」
「すぐ近くに入口があります。ご案内しますよ」
ロティーは笑顔でそう言うと、先頭を切って歩き始めた。
「ねぇ…この展開、なんか既視感ない?」
陸人はさっきから妙な胸騒ぎを覚えていた。シメオンも腕を組んで険しい表情をしている。
「確かに、ラプレッツェルの塔での一件があるからな…」
「僕達、あの子に騙されてたりしないかな?また変な化け物の餌食にされたりして…」
「考えすぎだぞ、お前達」
オーガストがやれやれと首を振る。
「あんな健気で可愛い女の子がそんなおぞましい事するはずないだろう。だいたい、あの子は俺達の命の恩人なんだぞ。疑うなんて無礼ではないか!」
「あーハイハイ、わかったよ。もうどうなっても知らねーからな」
陸人達はロティーに続いて歩き出した。
昼食を食べ終え体力回復した陸人達は、町を出て北東方向へ向かっていた。
「お…おい、待て…!俺を置いていくな!」
最後尾のシメオンは、手すりの鉄線を掴んだままいっこうに動こうとしない。
ここは原生林が生い茂る渓谷。
辺りには巨岩柱が乱立し、眼下には清流が流れている。
そして彼らは今、風が吹いただけで揺れる長い長い吊り橋を渡っている。高所恐怖症のシメオンは恐怖で失神寸前だ。
「シメオン、いつまでそこにいるのー?早くおいでよー!」
「そうだぞ、マトン君!早くしないと、モヒカン長官が逃げてしまうではないか!」
彼よりだいぶ先を行く陸人達は面白がって彼をからかっている。
「そんなに怖がらなくても落ちたりしないよ。この橋見た目はボロいけど、わりと頑丈だし。ほら…」
陸人はその場で飛び跳ねて吊り橋を大きく揺らした。
「うああああ!こらっ!やめろ…殺すぞ、貴様ぁ!」
鉄線にしがみつきながら、シメオンは絶叫している。
「ふははは…情けない男だな」
「あれでよく騎士団の部隊長が務まったね」
陸人とオーガストは呑気に笑っていたが、その一方でエレミアは吊り橋のメインケーブルを見上げ、じっと目を凝らしていた。
「ねぇ、オーガストさん。あなた浮遊の魔法は使える?」
「浮遊の魔法?いや、まったく使えんなぁ」
「おじさんは“浮遊”っていうより、“浮浪”の男だもんね」
「ははは、上手いことを言うな。しかしエレミア、なぜ急に浮遊のことを?」
エレミアは吊り橋を支えるメインケーブルを指差した。
「ケーブルが今にも千切れそうだからよ。浮遊術が使えなければ、私達全員川に落ちるわ」
彼女の口調があまりに淡白だったので、陸人達はにわかにその言葉の意味を理解することができなかった。
頭の中で彼女の台詞を反芻し、徐々に細くなっていくケーブルを目にした彼らはようやく事の重大さに気付き、言うまでもなくパニックを起こした。
「陸人!お前がジャンプなんかするからだぞ!」
「おじさんだって一緒になってやってたじゃん!っていうかエレミア!どうしてもっと早く言ってくれないのさ!」
「おい、文句を言ってる場合か!」
シメオンは青ざめた顔で立ち上がり、声を張り上げた。
「とにかく、橋の向こう側まで全力で走るぞ!」
が、一歩も走らないうちにケーブルはブツンと切れた。
吊り橋は崩壊し、四人は真っ逆さまに川へと落ちていく。
「わぁぁぁぁぁ!死にたくないぃぃぃぃ――――」
ところが死を覚悟したその時だった。
突如、川の数メートル上に、どこからともなく巨大な黒い絨毯が出現したのである。
絨毯は陸人達を軽々と受けとめ、浮遊したまま川沿いの岩畳へと移動していった。
「一体、今何が起こったんだろう?」
わけがわからないまま互いに顔を見合わせていると、ふいに絨毯の上に、影が差した。
「危ないところでしたね」
鈴の音のような可愛らしい声で話しかけてきたのは、陸人と同い年くらいの少女だった。
長いタンポポ色の髪に、若草色の瞳、白いチュールレースを身に纏い、無邪気な笑顔で陸人達を見つめている。
「ええと…君は―――?」
「私はロティー。妖精です」
「えっ?妖精?!」
「はい」
「妖精って、羽根があるんじゃないの?君、どう見ても人間だけど…」
「羽根は普段、隠しているんです。人間には見せてはいけないという掟があるので」
「ふーん、そうなんだ。とにかく助けてくれてありがとう!おかげで命拾いしたよ」
「どういたしまして。この渓谷は古い吊り橋がいくつもあって、昔から事故がとても多いんです。だからそういう悲劇を少しでも防ぐために、私達妖精一族はこうして交替で見廻りしているんです」
「へぇ…。僕ら人間のために、そこまでしてくれるんだ」
「はい。人であればどんな悪人でもお助けします。そう言えば先程も、吊り橋ではありませんが空から何人か人が落ちてきて、この絨毯でお助けしました」
「えっ…?空から…?」
陸人達は眉を寄せ、互いに視線を通わせた。
「もしかしてアスパラガスのモヒカンおじさん達じゃない?」
「ああ、違いない」
シメオンは深く頷き、自称妖精のロティーに視線を向けた。
「おい、その空から降ってきた野郎共は、どっちの方向へ行った?」
「ああ、彼らなら気絶していたので介抱するために私達妖精の国へ連れていきましたよ。もしかして、あなた達のお友達でしたか?」
「ンなわけあるか。ただ連中に用があるだけだ。で、あんたらの国ってのはどこにあんだよ」
「すぐ近くに入口があります。ご案内しますよ」
ロティーは笑顔でそう言うと、先頭を切って歩き始めた。
「ねぇ…この展開、なんか既視感ない?」
陸人はさっきから妙な胸騒ぎを覚えていた。シメオンも腕を組んで険しい表情をしている。
「確かに、ラプレッツェルの塔での一件があるからな…」
「僕達、あの子に騙されてたりしないかな?また変な化け物の餌食にされたりして…」
「考えすぎだぞ、お前達」
オーガストがやれやれと首を振る。
「あんな健気で可愛い女の子がそんなおぞましい事するはずないだろう。だいたい、あの子は俺達の命の恩人なんだぞ。疑うなんて無礼ではないか!」
「あーハイハイ、わかったよ。もうどうなっても知らねーからな」
陸人達はロティーに続いて歩き出した。
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