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第52話 もしまた羊化してしまったら、俺の胸を貸してやる

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 その日陸人達はエレミアのヒーリングクリニックに宿泊し、翌日朝食を食べ終えると共にオーガストの転移魔法でメラースの森へと飛んだ。


 日中とは言え、鬱蒼とした森の中の墓場はやはり不気味なものである。

陸人は以前ここへ来た時のことを思い出し、懐かしくなった。

オーガや魔犬に襲われ、帰り道もわからず、ただただ不安と恐怖に駆られていたあの頃が、もう遠い昔のようだ。

「確か、あの墓じゃなかったか?」

オーガストが端の方にある古びた墓石を指さす。

「うん、たぶんそうかも」

陸人達は墓前まで足を運んだ。

「で、入り口はどこにあるんだ?何か仕掛けでもあるのか?」

眉を寄せ、墓石をあらゆる方向から観察するシメオン。

「ふふふ…。これはこうするのだよ、マトン君」

オーガストが墓石に向かって両手を翳し、例の呪文を口にする。

「“開け墓石、パッカーーーン”」

直後、墓石がゆっくりと横に動き、下からおよそ一メートル四方の大きな穴が現れる。

思わずシメオンはずっこけそうになった。

「なんでそんなダサい呪文で開くんだよ!」

「それは勿論、俺が偉大な魔法使いだからだろう」

「は?どこがだよ」

「うん。偉大な魔法使いは食い逃げや窃盗しないと思うけど」

「この世界はわりとセキュリティが緩いから、どんなに重厚そうな扉も魔法使いっぽい人がそれっぽい呪文を唱えるだけで簡単に開くのよ」

「おいっ!魔法使いっぽい人ってなんだ!俺はれっきとした魔法使いだぞ!」

「どうでもいいから早く中に入ろうぜ」

「そうだね。でも地下は暗いから、灯りが必要だよ」

「灯りか…」

シメオンがさっとオーガストに視線を送る。

「おい、偉大な魔法使いっぽいおっさん。あんたの魔法っぽいやつで灯りを頼む」

「だから“ぽい”って言うのはやめんか!まったく君達ときたら…」

ぶつくさ文句を言いながらも、オーガストは腰からステッキを取り出し、魔法で先端に火を灯した。

灯りを持つオーガストを先頭に、四人は長い長い階段を下り、いざ地下神殿へと向かった。

地下は前回来たときと同様、薄ら寒く不気味な空気が流れていた。

中央に設置された円卓や長櫃にも変化はない。

「おい、なんだこの馬鹿でかい箱は?」

シメオンが長櫃の蓋に手を伸ばす。

「あ、それ開けない方がいいよ」

陸人が忠告した時には、もうすでに彼は蓋を開けて中を見てしまっていた。

エレミアも反対側から覗き込み、興味深げに白骨遺体を観察している。

「うわ…なんだ、これ?本物の人骨か?」

「だとしたら、とても保存状態がいいわね。この頭蓋骨なんてランタンに加工できそうなくらい綺麗だわ」

「どういう程度表現だよ!つーか頭蓋骨のランタンとか不気味すぎるだろ!」

「そうだよ、絶対呪われるって!」

『いや、呪うことはできない。そこに魂はないからな』

突如ジャン・ダッシュが陸人の心に語りかけてきた。

―――――もしかしてあの人骨って、ジャンの?

『ああ、そうだ。だから彼女に言っておいてくれ。もしランタンにするのなら、灯りの色は私の好きな情熱の赤にしてくれと』

―――――赤?!益々怖いじゃん、それ!

「おーい、君達!人骨観察はそのくらいにして、そろそろ石を並べないか?」

オーガストに呼び掛けられ、陸人達は棺桶の蓋を閉めて円卓の周りへ集まった。

表面を覆う埃をよけると、深く刻まれた魔法陣が現れる。

「いよいよだね…」

両手に一つずつデルタストーンを持ち、陸人はごくりと生唾を飲んだ。

ちなみに残りの三つの石はシメオン、オーガスト、エレミアがそれぞれ一つずつ持っている。

「では、一二の三で置くとしよう」

オーガストは他の三人を見回し、準備が整ったことを確認してから、大きく息を吸った。

「一、二の…三!」

五つの石が五芒星のそれぞれの先端に設置される。

とたんに魔法陣がカッと青い光を放ち、暗闇に包まれる神殿を明るく照らした。

円卓上の石がふわふわと宙に浮き、魔法陣の中は銀色の泉で満たされる。

そして揺らめく水面から、艶やかで黄金色の何か・・がゆっくりと姿を現した。

「なるほど、あの泉の中から願いを叶えてくれる神様が現れるのだな!」

「すごい…。これぞまさにファンタジーって感じだね!」

陸人達は胸を躍らせながらまだ見ぬ神の登場を待った。

全身から眩い光を放ちながら、ついに神様が円卓の上に姿を現す。

「え…?」

思わず陸人は目が点になった。

円卓の上に仁王立ちで立っているのは、星の形をした、全長およそ一メートルの謎の生き物。

中心よりやや上部に、つぶらな黒い瞳と小さな口がコンパクトに収まっており、見た目はまるでぬいぐるみのようだ。

荘厳たる雰囲気を一気にぶち壊すような間の抜けた外見の神様に、陸人達はただただ茫然としていた。

宙に浮く五つのデルタストーンを全て回収し、星の生き物は満足そうに頷いた。

「ふむふむ、これはまさしくデルタストーンですね」

声は子供のように可愛らしい。星は陸人達に向かって深々とお辞儀し、愛想よく挨拶を始めた。

「はじめまして!ボクは精霊王、すなわち精霊界を統べる王、ギャラクシアス。この五つの魔法石と引き換えに、あなた達の願いを三つ叶えてあげましょう!」

「ギャラクシアス…?」

シメオンは疑わしげに眉を寄せ、陸人達に小声で囁いた。

「おい、こいつ本当に精霊王ギャラクシアスなのか?どう見たってギャラクシアスって名前の似合うキャラじゃねーだろ」

「そうね。ギャラクシアスというよりは、ミルキーって感じだわ」

「まぁ、名前などどうでもよいではないか。本物かどうかは今にわかることだ」

オーガストはギャラクシアスに向き直ってさっそく切り出した。

「オホン…。ではまず、一つ目のお願いを言うぞ」

「はい。いつでもどうぞ!」

オーガストは陸人に目配せし、巻物を出すように合図した。

「このジャン・ギッフェルの巻物―――朔の書の呪いを解除して、俺とエレミアとシメオンを元の体に戻して欲しい。それが一つ目の願いだ」

「ふむふむなるほど!わかりました!」

ギャラクシアスはあっさりと承諾し、くるりと一回転して体から無数の光の粒を散布した。

光の粒子が白いベールとなって、呪いに掛かった三人を包み込む。

瞬く間に河童化していたオーガストは人間の姿に戻り、幼女だったエレミアは成人化した。シメオンは羊化した状態ではなかったので、特に見た目は変わらない。

「おお、戻った!戻ったぞ!やはりこの星くんは本物の精霊王だ!」

「隊長さんの呪いが解けたかどうかは今夜月が出てみないとわからないけどね」

「おい、不安になるようなことを言うな!」

「はは!そんなに不安なら今夜一緒に付き合ってやろう。もしまた羊化してしまったら、俺の胸を貸してやる」

「誰が借りるかよ!」

「あのぉ~、みなさ~ん?」

ギャラクシアスがぴょんぴょん跳ねながら陸人達を促す。

「そろそろ二つ目のお願いを言ってもらってもいいですか?」

「ああ、そうだったな、すまんすまん!おい、陸人――――」

オーガストが陸人の背を軽く押す。

「う…うん」

陸人は一歩前に出てから、名残惜しそうに三人を振り返った。

二つ目の願いを叶えれば、もう二度とこの世界には戻って来られない。彼らに会うこともできない。

別れの挨拶は昨夜きっちり済ませたが、やはり込み上げる寂しさは押さえきれなかった。

「陸人」

シメオンが励ますように陸人の肩を叩く。

「何泣いてんだよ。帰りたかった場所にやっと帰れるっていうのに」

「だって…もう皆と二度会えないんだと思うと、悲しくて――――」

「別に無理して元の世界に戻る必要ないのよ」

陸人の背後からエレミアが悪魔のように囁く。

「こちらの世界に永住するという選択肢もあるし…」

「そうだぞ、陸人」

彼女に同調し、欲丸出しの顔でオーガストが言う。

「この際二つ目の願い事は“金銀財宝”にしたらどうだ?元の世界に戻っても今までと変わらない生活が待ってるだけだぞ?ついでに俺が後見人になって財産管理をしてやろう」

「いや…遠慮しておくよ」

陸人は改めて三人に別れを告げ、ギャラクシアスと向かい合った。

「二つ目のお願いは、僕を元の世界に――――」

喋っている最中に、突然何者かがバタバタと階段を降りて神殿に乱入してきた。

「ちょっと待てぇぇぇい!」

しわがれた声で叫びながら現れたのは、メラースの森に棲む山姥―――もとい、齢八十のベテラン魔女アラクネだった。
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