色彩の処刑台

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第一章 白金の蛛網

第九話 色聴の聖域

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 それから約十分後───再び戻ってきた絢の手には、大きなキャンバスが抱えられていた。

「お待たせしました」

 彼女はまるで一生に一度の贈り物を届けるように、両手でそっとキャンバスを差し出した。 

「あなたには隠していましたが……これが私の秘密です」

 キャンバスに宿る色彩の奔流が視界に飛び込んできた瞬間、響介は息を呑んだ。

  神韻縹渺──その言葉すら生温い。鮮烈な赤を基調とした、万華鏡の深淵を覗き込むような色彩。気の遠くなるほど緻密な筆致で描かれたそれは、見る者の意識を強引に引きずり込み、底知れぬ場所へと吸い寄せていく。世界中の宝石を砕いて散りばめたとしても、この絢爛たる輝きには遠く及ばないだろう。あまりに幻想的で、神々しいまでの美しさに、彼は我を忘れて立ち尽くした。

「それがあなたの紡ぎだす“音色”ですよ」

「……は?どういう意味だよ」

 絢は満足げに、いたずらっぽく微笑んだ。

「とても不思議なことなんですが、私は左腕を失ったあの日を境に、音楽を聴くと色や光が見えるようになったんです」

 囁かれたその秘密は、絵の神秘をさらに深めるものだった。とてもにわかには信じがたい告白。しかし、かつて彼女がウッドデッキで描いていた抽象画や、彼が演奏しているときの遠い目。旋律を語る時の『色』を用いた独特の表現。それら日常の澱のような記憶が、今、彼女の打ち明けた秘密と共鳴し、静かに、けれど激しく彼を納得させた。

 絢は独り言のように、最後にぽつりと付け足した。

「色聴という共感覚の一種かと思うのですが……」

 響介は改めて油絵をじっと眺めた。一瞬で消え去るはずの自分の演奏が、彼女のキャンバスの上で永遠の命を得ていた。その奇跡に触れたとき、何とも言えない愛おしさが胸の奥から溢れ出し、視界が熱く潤んだ。

「霧生さんほど鮮やかな色を出す人はそうそういないんですよ。この絵はあなただけが紡ぎ出せる、特別な音色なんです」

 その言葉が、心にわだかまっていた黒い濁りを一瞬で消し去った。

 響介を雁字搦めにしていたはずの白金プラチナ蛛網おりは、今や彼を祝福する聖域へとその表情を変えていた。

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