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第二章 濃赤の葬送曲
第二十話 武装解除
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響介は嘲笑っていた。その横顔には、以前のような青臭さは感じられない。
「いいぜ。あんたの望み通り、最高に濃い『赤』を見せてやるよ」
響介がピアノの前に座る。だが彼は鍵盤に背を向け、足を組んで勿体ぶるように片足をぶらぶらさせていた。
「だがそう簡単には聴かせねぇ」
響介は絢の左腕に真っ直ぐ視線を注ぎながら、冷たくも愉しそうな口調で言った。
「その鎧みたいな腕、外せよ」
「───なんですって…?」
絢は守るように義手を掴んだ。
「どうして外さなければならないんですか……これは私の補助道具なんですよ」
「いらねぇだろ、そんなもん。俺の『色』があんたの左腕の代わりになるんだから」
それでも彼女は頑なに首を振る。
「嫌です……これがないと私は───」
「言う通りにしないってんなら、あんたにピアノは弾いてやれねぇな」
絢の瞳が揺れる。プライドと渇望、本能と理性が彼女の中でせめぎ合っているのだろう。
やがて彼女は、あきらめたようにベルベットのボレロを脱ぎ捨てた。覚束ない片手で、ブラウスのボタンを一つずつゆっくりと外し始める。
偉く時間がかかっていたが、響介は焦れることなく──むしろその時間すら愉しみながら彼女をじっと見ていた。
シルクのキャミソール一枚になった絢は、右手を震わせながら、義手を固定するハーネスを外す。カチャリと金属音が響き、重い義手が、テーブルに転がされる。
上腕の中ほどで切断された空虚な左腕を晒し、無防備な姿で彼女は響介と向き合う。
「これで……いいでしょう?」
それでも「飼い主」としてのプライドを捨てきれないらしい。その瞳には、暴れる獣を捻じ伏せる方法を模索するような「執念」の光が弱々しく宿っていた。
「よし、じゃあこっちへ来い」
響介は絢を手招きする。絢は肩で息をしながら、ゆっくりと彼に歩み寄る。
「そこに跪け」
響介は自分の足元を指さした。言う通りにするしかない絢は、黙って彼の正面に膝をつく。屈辱に満ちた目が響介を見上げる。
自分をコントロールできずに肩を震わせる彼女を見て、響介は支配の悦びに打ち震える。
「純粋な祈り」という鮮明な「赤」に「支配欲」という濃密な赤黒いインクを混ぜて作ったこの「濃赤」は、絢という怪物を飼い慣らすための甘美な毒となったのだ。
「いい眺めだな」
響介は、薄着の絢の体つきを隅々までつぶさに観察した。
欠損した左腕の先から、爆風にさらされた皮膚に広がる火傷の痕跡。未完成で危うい、その少女のような骨格は、まるで爆音にすべてを焼かれた16歳のあの日から、彼女の時間だけが永遠に凍りついてしまったかのようだった。
ピアニストとして、これからさらに骨格が固まり、広背筋や前腕の筋肉が発達していくはずだった「可能性」が、爆発とともに失われてしまった。左腕と同じように、彼女の肉体もまた、前へ進むことを拒絶しているのかもしれない。義手を着け、大人の女を装っていたあの凛とした佇まいは、単なる虚飾に過ぎなかったのだ。
白金の翅で武装していたその中身は、ただの翅をもがれた蝶だった。 その鎧を失った彼女は、もはや飛ぶことも、逃げることもできない。
ただ、響介という捕食者の前で、その柔らかな喉を晒して震えることしかできないのだ。
響介の目は、より一層どろりとした暗い愉悦を帯びた。
彼は絢の方へ身を乗り出し、彼女の細い顎をぐいと掴んで上を向かせた。自暴自棄になって屋敷を飛び出したあの夜、自分が彼女がやられたように。
絢は抵抗して首を振ったが、響介の剛腕には到底太刀打ちできなかった。剥き出しの白い喉笛を、彼は獲物を捕らえるようにがっしりと締め上げる。
「あんたにとって俺は『鎮痛剤』なんだろ? だからもっと奥までよく効くように、俺があんたの精神そのものを『調律』し直してやったんだよ。あんたはもう、他の誰の音も受け付けない。俺の音を聴かないと指先から腐っていくような感覚になるまで、あんたの脳を俺の色で徹底的に塗り潰してやる。覚悟しろよ……絢」
響介は鍵盤に指を下ろす。放たれたのは、これまでの「祈り」を捨て、絢を捕らえて離さないための、粘りつくような情熱を帯びた「濃赤」の旋律。その猛毒のような音色が、絢の脳内のキャンバスを蹂躙していく。
絢は剥き出しの左腕を抱き、快楽とも苦痛ともつかぬ声を漏らして崩れ落ち、延々と体を捩らせていた。執拗なまでに濃密な「濃赤」に翻弄された彼女の肌は昂揚によって赤みが差し、まるで彼の色が本当に染み付いてしまったかのように見えた───
「いいぜ。あんたの望み通り、最高に濃い『赤』を見せてやるよ」
響介がピアノの前に座る。だが彼は鍵盤に背を向け、足を組んで勿体ぶるように片足をぶらぶらさせていた。
「だがそう簡単には聴かせねぇ」
響介は絢の左腕に真っ直ぐ視線を注ぎながら、冷たくも愉しそうな口調で言った。
「その鎧みたいな腕、外せよ」
「───なんですって…?」
絢は守るように義手を掴んだ。
「どうして外さなければならないんですか……これは私の補助道具なんですよ」
「いらねぇだろ、そんなもん。俺の『色』があんたの左腕の代わりになるんだから」
それでも彼女は頑なに首を振る。
「嫌です……これがないと私は───」
「言う通りにしないってんなら、あんたにピアノは弾いてやれねぇな」
絢の瞳が揺れる。プライドと渇望、本能と理性が彼女の中でせめぎ合っているのだろう。
やがて彼女は、あきらめたようにベルベットのボレロを脱ぎ捨てた。覚束ない片手で、ブラウスのボタンを一つずつゆっくりと外し始める。
偉く時間がかかっていたが、響介は焦れることなく──むしろその時間すら愉しみながら彼女をじっと見ていた。
シルクのキャミソール一枚になった絢は、右手を震わせながら、義手を固定するハーネスを外す。カチャリと金属音が響き、重い義手が、テーブルに転がされる。
上腕の中ほどで切断された空虚な左腕を晒し、無防備な姿で彼女は響介と向き合う。
「これで……いいでしょう?」
それでも「飼い主」としてのプライドを捨てきれないらしい。その瞳には、暴れる獣を捻じ伏せる方法を模索するような「執念」の光が弱々しく宿っていた。
「よし、じゃあこっちへ来い」
響介は絢を手招きする。絢は肩で息をしながら、ゆっくりと彼に歩み寄る。
「そこに跪け」
響介は自分の足元を指さした。言う通りにするしかない絢は、黙って彼の正面に膝をつく。屈辱に満ちた目が響介を見上げる。
自分をコントロールできずに肩を震わせる彼女を見て、響介は支配の悦びに打ち震える。
「純粋な祈り」という鮮明な「赤」に「支配欲」という濃密な赤黒いインクを混ぜて作ったこの「濃赤」は、絢という怪物を飼い慣らすための甘美な毒となったのだ。
「いい眺めだな」
響介は、薄着の絢の体つきを隅々までつぶさに観察した。
欠損した左腕の先から、爆風にさらされた皮膚に広がる火傷の痕跡。未完成で危うい、その少女のような骨格は、まるで爆音にすべてを焼かれた16歳のあの日から、彼女の時間だけが永遠に凍りついてしまったかのようだった。
ピアニストとして、これからさらに骨格が固まり、広背筋や前腕の筋肉が発達していくはずだった「可能性」が、爆発とともに失われてしまった。左腕と同じように、彼女の肉体もまた、前へ進むことを拒絶しているのかもしれない。義手を着け、大人の女を装っていたあの凛とした佇まいは、単なる虚飾に過ぎなかったのだ。
白金の翅で武装していたその中身は、ただの翅をもがれた蝶だった。 その鎧を失った彼女は、もはや飛ぶことも、逃げることもできない。
ただ、響介という捕食者の前で、その柔らかな喉を晒して震えることしかできないのだ。
響介の目は、より一層どろりとした暗い愉悦を帯びた。
彼は絢の方へ身を乗り出し、彼女の細い顎をぐいと掴んで上を向かせた。自暴自棄になって屋敷を飛び出したあの夜、自分が彼女がやられたように。
絢は抵抗して首を振ったが、響介の剛腕には到底太刀打ちできなかった。剥き出しの白い喉笛を、彼は獲物を捕らえるようにがっしりと締め上げる。
「あんたにとって俺は『鎮痛剤』なんだろ? だからもっと奥までよく効くように、俺があんたの精神そのものを『調律』し直してやったんだよ。あんたはもう、他の誰の音も受け付けない。俺の音を聴かないと指先から腐っていくような感覚になるまで、あんたの脳を俺の色で徹底的に塗り潰してやる。覚悟しろよ……絢」
響介は鍵盤に指を下ろす。放たれたのは、これまでの「祈り」を捨て、絢を捕らえて離さないための、粘りつくような情熱を帯びた「濃赤」の旋律。その猛毒のような音色が、絢の脳内のキャンバスを蹂躙していく。
絢は剥き出しの左腕を抱き、快楽とも苦痛ともつかぬ声を漏らして崩れ落ち、延々と体を捩らせていた。執拗なまでに濃密な「濃赤」に翻弄された彼女の肌は昂揚によって赤みが差し、まるで彼の色が本当に染み付いてしまったかのように見えた───
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