偽名地区

夏炉 冬扇

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 僕は職員室を後にし、教室に戻っていた。担任からはこのまま手ぶらで帰宅しろと言われたが正直、もう一人の「自分」を見たいという好奇心と何かしらのドッキリ(もしそうなら相当達が悪い話だが)という疑念があったため、どうしても気になった。いや、正直ドッキリであって欲しかった。それに、アパートの鍵は教室のバッグの中だ。

(ドッキリにしては少々 馬鹿げた設定だ…もしかしたら裏をかいて… あいつら そこまで考えるか?それとも 僕自身を馬鹿にしているのか?)

 と頭の中は苛つきながら思考を巡らせていた。
 階段を登り、踊り場にある窓をチラリと見た。

「いた…」

 見間違いではない。高校の中庭に一人ポツンと誰かが立っていた。叫びたかったが場所がバレるのはまずいと思いグッとこらえた。中庭には瓜二つの「僕」がいたのだから。そして「僕」は僕に気付いた…いや僕が窓からチラリと見る前から僕がいる所を見ていたに違いない。
 「僕」は目を横に細長くし、口角をいやらしい程吊り上げてこちらを見ていたのだから。
 僕は職員室から退室する際、担任との会話を思い出していた。



「ここの高校の校則…意味がわからないのが一つあるだろ」

 担任は古臭い地図を丁寧に畳み、引き出しに戻しハンカチで汗を拭き、苦虫を噛み潰したように言う。

「頭髪とか化粧禁止の下らない校則以外にありましたっけ?」

 この発言で職員室の空気が悪くなったが、僕は気にしなかった。正直に思っていることを言って何が悪いんだろう位にしか思っていない。
 担任は首を横にふった。

「持ち物に名前の記入禁止…」

 担任は続ける。

「高校だから持ち物に名前を書く事っていうのはあまりないと思うが...不思議な事にここら辺の小中学校も名前に関する...特に本名に関する物を学校外で書いたり名前が書かれた物をもって外出するのも禁止らしい...」

「今時の個人情報漏れ防止とかですか...?」

「いや...もうこの話はよそう...とりあえず帰るんだ」

 そう言われ、僕は職員室を後にした。とりあえず僕が職員室を出るとき、他の先生が担任にこう質問していた。

「彼...本物ですか...?」





 僕は「僕」がそのまま中庭から動かずに湿度を感じるほどジトッとこちらを見つめているのを確認した。階段を急いで駆け上がり、教室に向かった。教室の階に着いて教室に急いで向かおうとした。廊下の方が少しうるさく感じた。

「…?」

 僕は足を止めた。違和感を感じたからだ。今は授業中のはずなのに、授業中だから、先生達の声しか廊下に響くはず(たまに生徒の声が響く事もあるが),だが廊下にケタケタと笑う生徒と先生達の合唱が聞こえる。

(てか よくよく考えたら授業に遅れていくのいやだな…あいつらの視線怖いし……よし 帰ろう)

 僕は階段を降りようと振り向いた。
 ドタドタと何かが階段を這い上がって来る音が聞こえた。

「おい…帰れと言っただろう…」

「先生…」
 
 息を切らした担任がいた。何か言いたそうだが息を整えて言うつもりなのか右手を情けなく挙げて「ちょっと待って」というようなジェスチャーをしている。
 チラリと踊り場の窓を見たが「僕」はいなかった。

「お前…本物…みたいだな…」

「…?」

「奴らと表情が違うから分かりやすい」

 なんとなくだが、この場から逃げたくなった。いや「僕」を見た時点でなぜ逃げずにしばらく考えて教室に向かおうとしていたのか。わからない。だが、これだけは言える。

「先生…以前にも同じような事が…?」

 担任はゆっくりと頷く。

「とりあえず今は帰るんだ…そして しばらく『偽名』を使え…」

「いやいや 何でですか…?」

 僕は担任の案の意味が理解出来なかった。
 ここで僕は一つ疑念が生まれた。

(数十体の『僕』の遺体って…警察は動いていないのか?)

 朝から僕らは警察のサイレンの音や学校に警察が来た等の話は聞いていない。ましてや、何故担任や他の先生達がそれを知っているんだ?
 元々だが、担任はあまり信用していない。学生や先生達からの評判は良いし大人で社会人としては立派な方だとは思うが、個人的に何かが引っ掛かる。

「笑顔すぎる…」

 と僕が呟く。
 違和感は表情だ。ずっと笑顔なのだ。誰にたいしても口角を上げて目を横に細長く…

(あれ どこかで…)

 内蔵が冷えるように感じ、僕は担任の横から階段を飛び降り、踊り場に着地する。というのを何回か繰り返し、学校の裏門から出た。足の痛みや足首の関節の痛みを忘れる程、アパートに走って向かった。
 心臓がちぎれそうになるほど、走った。

(これほど走ったのはいつぶりだろう…)

 僕は足を止めて膝に手をつき息を整える。血管内の血液の流れを感じる程、体温で血液が暖められているような感覚。
 誰かが僕の前に立った。膝に手をついているため視線は下を向いていたため靴しか見えていない。

(同じ 制服のズボンとローファー)

 気がついた。いや気付くべきではなかった。走るのをやめた場所があの道、あの地区だったのだから。
 目の前の人間聞き覚えしかない声でこう言った。

「君…今日帰り早いね」
 
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