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すぐ横に立つ人物に触れると、於菟春ははっきりと口にした。
その言葉に、私も恐る恐る目の前の人物へと触れる。僅かではあるが心臓が動いていた。だがその体温は低く、ひんやりとしている。表面はうっすらと蝋が張られているような状態になっており、於菟春が東京タワー──二〇一三年にその四十三年の歴史に幕を降ろした、東京の子どもであれば誰もがトラウマになっている蝋人形館があった──や、蝋人形の本場英国のマダム・タッソー蝋人形館の名を口にするのもわからなくもなかった。
ぐるり、と周囲を見渡す。ややもすれば市場の喧騒が聞こえてきそうなほど、多くの人が行き交っている風景だ。だがその全てが瞬間の一コマを、まるでカメラで切り取ったかのように、誰もが固まり、そうして蝋引きされている。
「コールドスリープ、とか」
「こんな屋外で?」
「そもそも全然コールドやないな」
魔法のランプでこの世界に飛ばされ、魔神に出会い、魔法の絨毯に乗ってきたのだ。この状況で考えられることは、理知的なことではないのだろう。
「うーん。何かの呪いとかやろうか」
ひょいひょい、と周りの人たちの間をすり抜け、私たちは街の中心部へと進んで行く。人と人の隙間を抜ける度に耳を澄ますが、どの人間からもかすかな心拍が聞こえる。そうして良く見ると、どの人物の両肩にも小さな天使が宿っていた。だが、その天使は瞳を閉じ、まるで何も見えない、何も聞こえない、と全てを閉ざしているかのようであった。
「天使……」
「人形じゃないのか?」
「街の人がおそろいでか」
「ないな」
「そうやろう」
ふと、イスラム教の伝承を思い出す。
「こういう状況やから言うけど」
「ふむ?」
「イスラム教では一人の人間の両肩にそれぞれ天使が宿って、その人の行いを記録するんやって。そんで死後アッラーがその記録を確認して天国と地獄を振り分けるそうや」
「途中から改宗した場合はどうなるんだ?」
「さぁ。途中から登場するんやろうか」
そもそも宗教上の教えだ。こういう状況でなければ、存在をどこまで信じるかはまた別の話だろう。
つん、と天使の頬を突くが、ふにふにとした柔らかな頬に指先が入るだけで、ぴくりともしない。
「体とつながっているのか?」
「どうやろうか。因みに右肩にいる天使が善行を、左肩が悪行を記録するそうや──仏教に於いても、似たようなもんがあったな」
「倶生神か」
於菟春の言葉に頷く。
人の善悪を記録し、死後に閻魔大王に報告するという二柱の神のことで、生まれたときにその人と共に生まれ、常にその人間の両肩で行いを記録していく。
なおも街を歩きまわる。端から端まで巡ったところで、やはりどこにも生きている──固まっていないという意味で──人間はおろか、猫の子一匹いなかった。
「うーん。とりあえずあの城の中に行ってみるか。何か手がかりがあるかもしれない」
「そうやね」
於菟春の言葉に、城への入り口を探す。
だが。
「……入り口が、ない」
何度も城の周りを確認するが、入る場所がない。門が閉ざされている、ではなく門自体がないのだ。
城を見上げれば、随分と高い位置に一つだけ小さな窓が見える。
通常であればのぼることができない高さ。しかし、今の私たちには魔法の絨毯がある。
折りたたんでカバンにしまっておいたいた絨毯を広げ、乗り込む。
「ウシルシル、ウシルシル、あの窓まであがれ」
於菟春の低音の声が呪文を唱えるのは、なかなか悪くない。その命令に絨毯はふわりと浮かび上がる。
ぐんぐんと高度をあげ、あっという間に地上数十メートルの高さまであがった。ビルの何階分か、という高さまであがると窓の中を覗き込む。
「人影がみえる。しかも──動いとる!」
「女性のようだな。一人だろうか」
「とにかく中に」
その言葉に、私も恐る恐る目の前の人物へと触れる。僅かではあるが心臓が動いていた。だがその体温は低く、ひんやりとしている。表面はうっすらと蝋が張られているような状態になっており、於菟春が東京タワー──二〇一三年にその四十三年の歴史に幕を降ろした、東京の子どもであれば誰もがトラウマになっている蝋人形館があった──や、蝋人形の本場英国のマダム・タッソー蝋人形館の名を口にするのもわからなくもなかった。
ぐるり、と周囲を見渡す。ややもすれば市場の喧騒が聞こえてきそうなほど、多くの人が行き交っている風景だ。だがその全てが瞬間の一コマを、まるでカメラで切り取ったかのように、誰もが固まり、そうして蝋引きされている。
「コールドスリープ、とか」
「こんな屋外で?」
「そもそも全然コールドやないな」
魔法のランプでこの世界に飛ばされ、魔神に出会い、魔法の絨毯に乗ってきたのだ。この状況で考えられることは、理知的なことではないのだろう。
「うーん。何かの呪いとかやろうか」
ひょいひょい、と周りの人たちの間をすり抜け、私たちは街の中心部へと進んで行く。人と人の隙間を抜ける度に耳を澄ますが、どの人間からもかすかな心拍が聞こえる。そうして良く見ると、どの人物の両肩にも小さな天使が宿っていた。だが、その天使は瞳を閉じ、まるで何も見えない、何も聞こえない、と全てを閉ざしているかのようであった。
「天使……」
「人形じゃないのか?」
「街の人がおそろいでか」
「ないな」
「そうやろう」
ふと、イスラム教の伝承を思い出す。
「こういう状況やから言うけど」
「ふむ?」
「イスラム教では一人の人間の両肩にそれぞれ天使が宿って、その人の行いを記録するんやって。そんで死後アッラーがその記録を確認して天国と地獄を振り分けるそうや」
「途中から改宗した場合はどうなるんだ?」
「さぁ。途中から登場するんやろうか」
そもそも宗教上の教えだ。こういう状況でなければ、存在をどこまで信じるかはまた別の話だろう。
つん、と天使の頬を突くが、ふにふにとした柔らかな頬に指先が入るだけで、ぴくりともしない。
「体とつながっているのか?」
「どうやろうか。因みに右肩にいる天使が善行を、左肩が悪行を記録するそうや──仏教に於いても、似たようなもんがあったな」
「倶生神か」
於菟春の言葉に頷く。
人の善悪を記録し、死後に閻魔大王に報告するという二柱の神のことで、生まれたときにその人と共に生まれ、常にその人間の両肩で行いを記録していく。
なおも街を歩きまわる。端から端まで巡ったところで、やはりどこにも生きている──固まっていないという意味で──人間はおろか、猫の子一匹いなかった。
「うーん。とりあえずあの城の中に行ってみるか。何か手がかりがあるかもしれない」
「そうやね」
於菟春の言葉に、城への入り口を探す。
だが。
「……入り口が、ない」
何度も城の周りを確認するが、入る場所がない。門が閉ざされている、ではなく門自体がないのだ。
城を見上げれば、随分と高い位置に一つだけ小さな窓が見える。
通常であればのぼることができない高さ。しかし、今の私たちには魔法の絨毯がある。
折りたたんでカバンにしまっておいたいた絨毯を広げ、乗り込む。
「ウシルシル、ウシルシル、あの窓まであがれ」
於菟春の低音の声が呪文を唱えるのは、なかなか悪くない。その命令に絨毯はふわりと浮かび上がる。
ぐんぐんと高度をあげ、あっという間に地上数十メートルの高さまであがった。ビルの何階分か、という高さまであがると窓の中を覗き込む。
「人影がみえる。しかも──動いとる!」
「女性のようだな。一人だろうか」
「とにかく中に」
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