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「ん、危うく指を切るところやったわ」
「現代とは医療の質が違うんだ。破傷風にでもかかったらコトだぞ」
於菟春の心配はもっともだ。素直に頷く。
黒曜岩。火山岩の一種で、それを研磨したものを黒曜石と言う。岩石の外側と内側で異なる成分を持ち、内側はほぼガラス質でできている。中を割ると鋭い断面を持ち、古来より金属器の代わりに用いられてきた。欧州の来訪以前の十五世紀まで金属器を持たなかった南アフリカに於いては、この黒曜岩が不可欠で、手術用のメスや剃刀に至るまでをこれで賄っていた。アステカが金属器を持たずに、巨大な軍事力で周辺諸国を制圧していた理由は、黒曜岩を掌握していたからだといわれている。
「ぶらタモ見てて良かった」
「あの知識は、頭がさがるよな」
「本当に。旅で相席してみたいわ」
「一緒じゃないのかよ」
「いやぁ、一緒の旅は絶対喧嘩になると思うんや」
私の言葉に、於菟春が笑いだす。失礼なやつだな。
続く道は行けども行けども、切り立った黒曜岩の森。
「ほんとにここに魔神がおるんやろうか」
「さぁなぁ。でも、いてもおかしくはなさそうな雰囲気ではある」
きょろり、と見回しながら、山の頂上を目指す。八合目あたりに来た時であろうか。不意に周囲に霧が発生し始めた。
「おお! 御誂え向きな演出やな」
「この霧が実は毒ガスでした、的な展開じゃないといいな」
「それは……。もう絶望的な展開やないか」
絨毯の速度を上げる。念のため息を止めて霧のエリアを抜けきった。
「ふは。助かったわ。あれが毒ガスやったかどうかはわからんけども」
周囲は再び黒曜石の森の姿をはっきりと見せてくれる。どうやら霧はもうでないようだ。今度は絨毯をゆっくりと前に進めていくと、足音が聞こえた。
「よーうこそ我が聖なる山へ」
先端が尖りぐるりと弧を描く靴を履き、まるで女性のベリーダンサーの様に、腰にヒップスカーフを巻いた男性がにこりと笑いながら現れた。上半身は裸で、二の腕には真鍮の細工のある輪をかけ、褐色の肌を彩る。体は巨体で、身長は二メートルはあろうか。動く度にヒップスカーフについたコインがしゃらんしゃらんと鳴り、その巨体と相反する可憐さを主張する。バルーン型のパンツは、足首をやはり真鍮の飾りで絞っており、その両足の間には、絹糸で出来ているであろう鎖がキラキラと輝いていた。黒くおかっぱに切りそろえられた髪の毛には申し訳程度の布が、ターバンの様な顔をしてそこにかけられている。背中にかかる大きな羽根は、まるで鷲のようであった。
「あなたは──」
「そう、我は──」
「誰ですか?」
「えっ」
「えっ、って何や於菟春」
「いや今のお前のノリは、完全にわかっている口調だったよな?」
「そうである。今我のことを知っているノリであったろ」
「何で私が彼の事を知っとるんや」
「我ってそんなに認知度低い?!」
「あ、それは俺たちはその──旅行者! 旅行者なので」
於菟春が慌ててフォローをする。おそらく魔神であろう彼は、少しだけしょげた表情を見せたが、すぐに復活した。ハートが強いのか。
「そうであったか。では改めて──」
めげないでくれていて助かった。
「我はこの山の主。この山は死と哀しみの山である。途中の切り立った岩にも倒れず、よくぞここまで登ってきた」
「さんざんノリツッコミした後で、よくそれだけしか情報ださずにドヤ顔できるもんやなぁ」
しみじみとした表情で私が言うと、於菟春ものってくる。
「まったくだ。もっと情報を出してくれても良いのになぁ」
言われた魔神は、しょんぼりとうなだれてしまう。
「だって久しぶりに、この山に人間がやってきてくれたんだし、ちょっとは魔神らしく……」
魔神は大きな体の割に、もじもじと奥手な少女のような動きをしながら、笑みを作った。
「いやまぁ、そうやろうな。普通ここには人、来おへんやろう」
外から見ても、中に入っても、おどろおどろしさ満載である。日本にあったら、もしかしたら商魂たくましい人たちが、無駄にホスピタリティの高いレジャー施設にしてしまう可能性はあるけれど。
私の言葉に、魔神が表情を明るくさせた。
「せっかくお出でになったんですし、お茶会をしましょう。絨毯を降りてくださいな」
「は?!」
私たちは同時に声をあげる。それと同時に、いつの間にかその場に用意されている大きな蒼い絨毯──勿論美しい刺繍が施されている──と、数々の茶器に気付き、目を丸くしたのだった。
「現代とは医療の質が違うんだ。破傷風にでもかかったらコトだぞ」
於菟春の心配はもっともだ。素直に頷く。
黒曜岩。火山岩の一種で、それを研磨したものを黒曜石と言う。岩石の外側と内側で異なる成分を持ち、内側はほぼガラス質でできている。中を割ると鋭い断面を持ち、古来より金属器の代わりに用いられてきた。欧州の来訪以前の十五世紀まで金属器を持たなかった南アフリカに於いては、この黒曜岩が不可欠で、手術用のメスや剃刀に至るまでをこれで賄っていた。アステカが金属器を持たずに、巨大な軍事力で周辺諸国を制圧していた理由は、黒曜岩を掌握していたからだといわれている。
「ぶらタモ見てて良かった」
「あの知識は、頭がさがるよな」
「本当に。旅で相席してみたいわ」
「一緒じゃないのかよ」
「いやぁ、一緒の旅は絶対喧嘩になると思うんや」
私の言葉に、於菟春が笑いだす。失礼なやつだな。
続く道は行けども行けども、切り立った黒曜岩の森。
「ほんとにここに魔神がおるんやろうか」
「さぁなぁ。でも、いてもおかしくはなさそうな雰囲気ではある」
きょろり、と見回しながら、山の頂上を目指す。八合目あたりに来た時であろうか。不意に周囲に霧が発生し始めた。
「おお! 御誂え向きな演出やな」
「この霧が実は毒ガスでした、的な展開じゃないといいな」
「それは……。もう絶望的な展開やないか」
絨毯の速度を上げる。念のため息を止めて霧のエリアを抜けきった。
「ふは。助かったわ。あれが毒ガスやったかどうかはわからんけども」
周囲は再び黒曜石の森の姿をはっきりと見せてくれる。どうやら霧はもうでないようだ。今度は絨毯をゆっくりと前に進めていくと、足音が聞こえた。
「よーうこそ我が聖なる山へ」
先端が尖りぐるりと弧を描く靴を履き、まるで女性のベリーダンサーの様に、腰にヒップスカーフを巻いた男性がにこりと笑いながら現れた。上半身は裸で、二の腕には真鍮の細工のある輪をかけ、褐色の肌を彩る。体は巨体で、身長は二メートルはあろうか。動く度にヒップスカーフについたコインがしゃらんしゃらんと鳴り、その巨体と相反する可憐さを主張する。バルーン型のパンツは、足首をやはり真鍮の飾りで絞っており、その両足の間には、絹糸で出来ているであろう鎖がキラキラと輝いていた。黒くおかっぱに切りそろえられた髪の毛には申し訳程度の布が、ターバンの様な顔をしてそこにかけられている。背中にかかる大きな羽根は、まるで鷲のようであった。
「あなたは──」
「そう、我は──」
「誰ですか?」
「えっ」
「えっ、って何や於菟春」
「いや今のお前のノリは、完全にわかっている口調だったよな?」
「そうである。今我のことを知っているノリであったろ」
「何で私が彼の事を知っとるんや」
「我ってそんなに認知度低い?!」
「あ、それは俺たちはその──旅行者! 旅行者なので」
於菟春が慌ててフォローをする。おそらく魔神であろう彼は、少しだけしょげた表情を見せたが、すぐに復活した。ハートが強いのか。
「そうであったか。では改めて──」
めげないでくれていて助かった。
「我はこの山の主。この山は死と哀しみの山である。途中の切り立った岩にも倒れず、よくぞここまで登ってきた」
「さんざんノリツッコミした後で、よくそれだけしか情報ださずにドヤ顔できるもんやなぁ」
しみじみとした表情で私が言うと、於菟春ものってくる。
「まったくだ。もっと情報を出してくれても良いのになぁ」
言われた魔神は、しょんぼりとうなだれてしまう。
「だって久しぶりに、この山に人間がやってきてくれたんだし、ちょっとは魔神らしく……」
魔神は大きな体の割に、もじもじと奥手な少女のような動きをしながら、笑みを作った。
「いやまぁ、そうやろうな。普通ここには人、来おへんやろう」
外から見ても、中に入っても、おどろおどろしさ満載である。日本にあったら、もしかしたら商魂たくましい人たちが、無駄にホスピタリティの高いレジャー施設にしてしまう可能性はあるけれど。
私の言葉に、魔神が表情を明るくさせた。
「せっかくお出でになったんですし、お茶会をしましょう。絨毯を降りてくださいな」
「は?!」
私たちは同時に声をあげる。それと同時に、いつの間にかその場に用意されている大きな蒼い絨毯──勿論美しい刺繍が施されている──と、数々の茶器に気付き、目を丸くしたのだった。
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