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「どういうことなんや」
屋敷の中。日の沈んだ屋敷の内は、香油についた灯りでほの明るかった。香油から立ち上る、独特の甘い香りが、リラックス効果を生んでいる。
──筈だった。
今、魔神は私たちの前で正座をさせられている。
「魔神さん──タンムーズ、でええか」
「……ハイ」
「いやその前に、エリカ。お前もだ」
「私?」
「なんで彼の名前がわかったんだ?」
そうだった。於菟春にきちんと説明をしていなかったことを思い出す。これは申し訳なかった。
とはいえ──。
「私もついさっき気付いたんや。絨毯の呪文やな。不思議な言葉やなぁとは思っとったんやけど」
「絨毯の呪文──ウシルシル、か」
「そう。ウシルシルってのはウシルの変化形。メソポタミアの古い祈祷文に、タンムーズへそう呼びかけているものがあるんや」
何故知っているのかといえば、先週の『世界のふしぎを発見!』的な番組でやっていたのだ。見ておくべきは知識情報系バラエティ。
曰く。
タンムーズは元々はシュメール人の救世主であった。時代が下り、その後エルサレムでは、聖王という扱いになり生贄と共に、タンムーズの母でもあり花嫁でもあるイシュタルへと捧げられる。
「あれ、ちょっと待てよ。死んじゃうじゃないか、生贄になったら」
「うん。やからイシュタルが冥府へと迎えに行くんや」
冥府へと下ったタンムーズを取り戻すべく、イシュタルは同じく冥府へと向かう。冥界の王はイシュタルへその服従を露わにし、頭をさげた。そうしてタンムーズはイシュタルと共に地上に戻ることができたのだ。
だが、一瞬でもイシュタルがこの地上から消え去った為に、この世界には作物ができない時期が生まれてしまった。そうして、イシュタルとタンムーズが秘密の小部屋で聖婚を行うと、新しい年が始まり、生命の芽吹きがするようになる。
「どっかで聞いたことがある話だな」
「イザナギとイザナミの黄泉比良坂の黄泉の国下りの話やな。あれは二人が決別したやろう。あとはギリシャ神話のペルセポネの話やな。豊穣の女神デメテルの愛娘を冥府の王に嫁がせるにあたり、一年の四分の一だけを冥府に連れて行かせる話や」
「なんだそれは」
「無理矢理冥府の王に娘を嫁がされて、怒ったデメテルとの折衷案で一年の四分の一の期間だけ冥府に行くことを取り決められたんや。その間は、豊穣の女神が娘がいない悲しさに嘆き、冬がやってくるんやって」
つまりこれは、シュメール人の一年の成り立ちの物語でもあった。
「お前さんは随分と詳しいなぁ」
魔神──タンムーズはしみじみとそう口にした。
「まぁこう見えても私は、絵本作家やからね」
「本当は?」
「先週テレビで見たんや。バラさせるな」
じとりと於菟春を睨んでやれば、楽しそうに笑う。
「つまり、ウシルシルっていうのは、タンムーズを称える祈祷文の一節なんだな」
「そう。それでピンときたんや」
なるほど、と言うと於菟春はタンムーズへと目を遣った。
「あなたは封印を解かれたのですし、イシュタルを迎えに行けば良かったのでは? そもそも以前はイシュタルが迎えに来てくれたんだ。男女どうこうと言いたくはないが、今度は自分から行くのが筋なのではないだろうか」
それともまさか、今回もお迎えを待っていたとか? と続ければ、彼は慌てて違う違う、と両手を振った。
「それがなぁ。お前さんたちが去った後、じっくり考えていたら漸くいろんなことを思い出して」
「へぇ。どんなこと思い出したんや?」
楽しそうに体を前のめりにする私を見て、於菟春が笑った。
「食事でもしながら話を聞くといないか。タンムーズ、お願いしても?」
「そりゃあ勿論さ」
やっと足を楽にできる、とタンムーズは軽やかに立ち上がった。途端。
「うわっ」
慣れない正座をしていたせいだろう。足を床につけずに、跳ね上がるタンムーズを見ながら、私たちは「魔神でも足が痺れるんだ」などと言う感想を同時に持つ。これは素直にこう言うしかないだろう。「ご愁傷様です」と──。
「それじゃあお二人さん、あちらの食事に向いてる部屋にどうぞ。ああ、なんなら先に風呂に入ってくれてもいいな」
「それはええ。お言葉に甘えて、風呂をもらおうかな。なぁ於菟春」
「うん。そうしよう」
あまりにも目まぐるしい一日だったのだ。ゆっくりと体を温めて、そうしてタンムーズが用意した美味しい料理を堪能しようじゃないか。
屋敷の中。日の沈んだ屋敷の内は、香油についた灯りでほの明るかった。香油から立ち上る、独特の甘い香りが、リラックス効果を生んでいる。
──筈だった。
今、魔神は私たちの前で正座をさせられている。
「魔神さん──タンムーズ、でええか」
「……ハイ」
「いやその前に、エリカ。お前もだ」
「私?」
「なんで彼の名前がわかったんだ?」
そうだった。於菟春にきちんと説明をしていなかったことを思い出す。これは申し訳なかった。
とはいえ──。
「私もついさっき気付いたんや。絨毯の呪文やな。不思議な言葉やなぁとは思っとったんやけど」
「絨毯の呪文──ウシルシル、か」
「そう。ウシルシルってのはウシルの変化形。メソポタミアの古い祈祷文に、タンムーズへそう呼びかけているものがあるんや」
何故知っているのかといえば、先週の『世界のふしぎを発見!』的な番組でやっていたのだ。見ておくべきは知識情報系バラエティ。
曰く。
タンムーズは元々はシュメール人の救世主であった。時代が下り、その後エルサレムでは、聖王という扱いになり生贄と共に、タンムーズの母でもあり花嫁でもあるイシュタルへと捧げられる。
「あれ、ちょっと待てよ。死んじゃうじゃないか、生贄になったら」
「うん。やからイシュタルが冥府へと迎えに行くんや」
冥府へと下ったタンムーズを取り戻すべく、イシュタルは同じく冥府へと向かう。冥界の王はイシュタルへその服従を露わにし、頭をさげた。そうしてタンムーズはイシュタルと共に地上に戻ることができたのだ。
だが、一瞬でもイシュタルがこの地上から消え去った為に、この世界には作物ができない時期が生まれてしまった。そうして、イシュタルとタンムーズが秘密の小部屋で聖婚を行うと、新しい年が始まり、生命の芽吹きがするようになる。
「どっかで聞いたことがある話だな」
「イザナギとイザナミの黄泉比良坂の黄泉の国下りの話やな。あれは二人が決別したやろう。あとはギリシャ神話のペルセポネの話やな。豊穣の女神デメテルの愛娘を冥府の王に嫁がせるにあたり、一年の四分の一だけを冥府に連れて行かせる話や」
「なんだそれは」
「無理矢理冥府の王に娘を嫁がされて、怒ったデメテルとの折衷案で一年の四分の一の期間だけ冥府に行くことを取り決められたんや。その間は、豊穣の女神が娘がいない悲しさに嘆き、冬がやってくるんやって」
つまりこれは、シュメール人の一年の成り立ちの物語でもあった。
「お前さんは随分と詳しいなぁ」
魔神──タンムーズはしみじみとそう口にした。
「まぁこう見えても私は、絵本作家やからね」
「本当は?」
「先週テレビで見たんや。バラさせるな」
じとりと於菟春を睨んでやれば、楽しそうに笑う。
「つまり、ウシルシルっていうのは、タンムーズを称える祈祷文の一節なんだな」
「そう。それでピンときたんや」
なるほど、と言うと於菟春はタンムーズへと目を遣った。
「あなたは封印を解かれたのですし、イシュタルを迎えに行けば良かったのでは? そもそも以前はイシュタルが迎えに来てくれたんだ。男女どうこうと言いたくはないが、今度は自分から行くのが筋なのではないだろうか」
それともまさか、今回もお迎えを待っていたとか? と続ければ、彼は慌てて違う違う、と両手を振った。
「それがなぁ。お前さんたちが去った後、じっくり考えていたら漸くいろんなことを思い出して」
「へぇ。どんなこと思い出したんや?」
楽しそうに体を前のめりにする私を見て、於菟春が笑った。
「食事でもしながら話を聞くといないか。タンムーズ、お願いしても?」
「そりゃあ勿論さ」
やっと足を楽にできる、とタンムーズは軽やかに立ち上がった。途端。
「うわっ」
慣れない正座をしていたせいだろう。足を床につけずに、跳ね上がるタンムーズを見ながら、私たちは「魔神でも足が痺れるんだ」などと言う感想を同時に持つ。これは素直にこう言うしかないだろう。「ご愁傷様です」と──。
「それじゃあお二人さん、あちらの食事に向いてる部屋にどうぞ。ああ、なんなら先に風呂に入ってくれてもいいな」
「それはええ。お言葉に甘えて、風呂をもらおうかな。なぁ於菟春」
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