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床に直置きのソファはふかふかの柔らかさ。そこにかけられている黄金色の布は、インドの野蚕糸で縫われたものだ。しっとりとした肌触りが心地よく、素肌で触れていたいと思うほどのもの。
そのソファがコの字を描くように置かれ、私たち三人はそれぞれ一つずつのソファを使う。床に直置きの為、ソファに座るというよりも、寄りかかる、と言ったほうが正しいのかもしれない。
絨毯は羊毛のペルシア絨毯。臙脂に大きな柄の刺繍が施されており、短い毛足の上には銀色のトレイが。そこに数々の料理が現れ、手元の銀のグラスにはなみなみとワインが注がれていた。
「お前さんたちがこの屋敷を後にしてから、ぼんやりと過ごしていたんだ。今まではとにかく財宝を守って誰かに渡して、封印を解かれたい、という思いしかなかったからなぁ」
洗脳の一種だ。欲求を絞れば絞るほど、思考は停滞し、驚くほど脳の活動が低下する。
だが。
私たちが現れた。通常の状態の人間であれば、解くことの出来ないトリガーを引いたのだ。
「それで思い出したのよ」
タンムーズはぐい、とぶどうジュースを口へと運んだ。
通常魔神には二種類いると考えられている。神を崇拝した魔神と崇拝していない魔神。タンムーズは自己紹介したときに言っていた通り、イスラム教徒が口にしない酒をきちんと避けているところを見ると、本当にイスラム教に帰依をしているようだった。
「俺を封じたのはソロモン王。この財宝は王の財宝だっていうことをね」
またしてもソロモン王である。
「まるでRPGや。そろそろソロモン王がラスボスとして登場しても可笑しくないくらいには、その名前を聞いとる気がしとる」
「まったくだな」
くつくつと笑いながら、ワインをどんどんと口へと運ぶ。
「君そんなに強くないんやから、気を付けろよ」
「わかってるって」
どうだか。まぁ家飲みみたいなものだ。飲みすぎても自分が辛いだけだろうし、放っておくか。
「ふぉれで」
子羊の肉を口に頬張りながら、私はタンムーズへと話しかける。
「おお」
食事を満喫する私を興味深そうに見ながら、彼は言葉を続けた。
「恐らくソロモンは、自分以外に魔神と相対して平常心でいられる者が現れるわけがない、と思っていたんだな。だからきっと財宝を守るという役割を作って、俺を封じる手段としたんだ」
「ところがどっこいぎっちょんちょん。俺たちがやってきたって訳なんだな」
「──於菟春、もう酔っとるんか」
「割と素面だ」
「うせやん」
どう見てもご機嫌な於菟春に笑いながら、話を続ける。
「それで俺たちが登場して、うっかりその封印が解けてしまった、というわけや」
「そうそう。その辺りちゃーんと思いだしたのがつい先ごろよ。それで、あぁ俺の大事なイシュタルもソロモンに魔神として呼び出されてたから、封印されているんだろうなぁ。どこにいるんだろうなぁ。迎えに行きたいなぁ、ってなった時に、大事なことを思い出したんだわ」
妙に饒舌になっていると思えば、タンムーズもいつの間にか酒を飲み始めているではないか。手元の酒はすでに三つのデキャンタが空になっていた。
ついさっきまで、ジュースを飲んでいたではないか。戒律を守るということに、こんなにもゆるゆるで良いのか。いや良くはないだろう。でもまぁ、それはそれ、これはこれなのだろうな。
それにしても、これはもうすぐダウンするパターンだ。
私たちの手元のデキャンタも十分過ぎるほどの本数が空になっている。
「なにがあった? 何か問題でもあったのか?」
すっかり楽しい酒になっている於菟春が、ノリノリで先を促せば、こほん、と小さく咳払いをして、タンムーズは口を開いた。
「俺、魔法の絨毯がないと、空を飛べないんだった」
そのソファがコの字を描くように置かれ、私たち三人はそれぞれ一つずつのソファを使う。床に直置きの為、ソファに座るというよりも、寄りかかる、と言ったほうが正しいのかもしれない。
絨毯は羊毛のペルシア絨毯。臙脂に大きな柄の刺繍が施されており、短い毛足の上には銀色のトレイが。そこに数々の料理が現れ、手元の銀のグラスにはなみなみとワインが注がれていた。
「お前さんたちがこの屋敷を後にしてから、ぼんやりと過ごしていたんだ。今まではとにかく財宝を守って誰かに渡して、封印を解かれたい、という思いしかなかったからなぁ」
洗脳の一種だ。欲求を絞れば絞るほど、思考は停滞し、驚くほど脳の活動が低下する。
だが。
私たちが現れた。通常の状態の人間であれば、解くことの出来ないトリガーを引いたのだ。
「それで思い出したのよ」
タンムーズはぐい、とぶどうジュースを口へと運んだ。
通常魔神には二種類いると考えられている。神を崇拝した魔神と崇拝していない魔神。タンムーズは自己紹介したときに言っていた通り、イスラム教徒が口にしない酒をきちんと避けているところを見ると、本当にイスラム教に帰依をしているようだった。
「俺を封じたのはソロモン王。この財宝は王の財宝だっていうことをね」
またしてもソロモン王である。
「まるでRPGや。そろそろソロモン王がラスボスとして登場しても可笑しくないくらいには、その名前を聞いとる気がしとる」
「まったくだな」
くつくつと笑いながら、ワインをどんどんと口へと運ぶ。
「君そんなに強くないんやから、気を付けろよ」
「わかってるって」
どうだか。まぁ家飲みみたいなものだ。飲みすぎても自分が辛いだけだろうし、放っておくか。
「ふぉれで」
子羊の肉を口に頬張りながら、私はタンムーズへと話しかける。
「おお」
食事を満喫する私を興味深そうに見ながら、彼は言葉を続けた。
「恐らくソロモンは、自分以外に魔神と相対して平常心でいられる者が現れるわけがない、と思っていたんだな。だからきっと財宝を守るという役割を作って、俺を封じる手段としたんだ」
「ところがどっこいぎっちょんちょん。俺たちがやってきたって訳なんだな」
「──於菟春、もう酔っとるんか」
「割と素面だ」
「うせやん」
どう見てもご機嫌な於菟春に笑いながら、話を続ける。
「それで俺たちが登場して、うっかりその封印が解けてしまった、というわけや」
「そうそう。その辺りちゃーんと思いだしたのがつい先ごろよ。それで、あぁ俺の大事なイシュタルもソロモンに魔神として呼び出されてたから、封印されているんだろうなぁ。どこにいるんだろうなぁ。迎えに行きたいなぁ、ってなった時に、大事なことを思い出したんだわ」
妙に饒舌になっていると思えば、タンムーズもいつの間にか酒を飲み始めているではないか。手元の酒はすでに三つのデキャンタが空になっていた。
ついさっきまで、ジュースを飲んでいたではないか。戒律を守るということに、こんなにもゆるゆるで良いのか。いや良くはないだろう。でもまぁ、それはそれ、これはこれなのだろうな。
それにしても、これはもうすぐダウンするパターンだ。
私たちの手元のデキャンタも十分過ぎるほどの本数が空になっている。
「なにがあった? 何か問題でもあったのか?」
すっかり楽しい酒になっている於菟春が、ノリノリで先を促せば、こほん、と小さく咳払いをして、タンムーズは口を開いた。
「俺、魔法の絨毯がないと、空を飛べないんだった」
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