マトイマトワレ

クリオネ

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♯19 「ショーウィンドウに企てる者」

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[西唐野街・コンビニ内]

 ゴールデンウィークが始まった。その言葉の響きだけで、今日は丸一日寝て過ごすことが確定する。
がしかし時刻13時53分現在、紡は一人ぽつんとコンビニの雑誌コーナーを眺めていた。その理由は、そろそろやって来る筈の親友を待つためである。
 初奈の発案によって、紡は連休の初日にも関わらず隣町まで駆り出される事になった。目当てはたぶん、去年出来たばかりのショッピングモールだ。
「…あ、飲み物忘れた」
家の冷蔵庫にペットボトル飲料を冷やしておいたのに、しくじったな。仕方ない、適当に何か買うか。
 紡は興味のない単行本たちから目を逸らし、代わりに大きなショーケースに並んだ飲料コーナーを目で捉える。
(今日は時間的にお昼ご飯は食べないだろうし、いつものお茶で良いかな)
他のラインナップを見ても、特別そこまで惹かれるものは——
「……っ」
目に入ったのは、一昨日も口にした蜜柑味の缶ジュースだ。味は自体は普通というか、想像しうるオレンジジュースという具合である。だが視界に入るたび、何かがこちらをキッと睨むのだ。白いコートの影が、印象という負の呪縛となって喉元に絡みつく。
「……(もう、俺には関係ない)」
紡は首を振り、冷凍庫から緑のラベルのお茶を取り出した。と、その時。
「隙あり!」バシンッ。
「あだっ⁉︎」
背中に走るいつもの一撃。振り返ればやはり、私服に身を包んだ陸上少女がニマニマ笑いながら掌を向けている。そうだった。「初奈に背中を見せてはいけない」…家の飲み物に加えて、その鉄の掟もすっかり忘れていた。
「よっ。時間通りだね」
「そりゃどうも」
空調によってほんのり香るシャンプーの匂い。予言していた通り、部活後に家でシャワーを浴びてからこちらへ来たのだろう。
「そっちこそ時間通りじゃん。ちょっと遅れるかもって言ってたのに」
「今日は顧問の話が短く済んだからね~。支度は済んでたからソッコー帰って飛んで来たのさ」
純白のキャミソールをふわりと揺らし、彼女はコンビニの出口——延いてはバス停の方を振り返った。
「じゃ、行こっか!」
「…っ」
瞬間、紡は自分を疑った。いつもと同じようにニコッと微笑むその表情が、何故か特別輝いた印象で脳裏に焼きついたからだ。

[路線バス:一番後ろの二人席]

「結局コンパスだと思うんだよね」
「急にどうした?」
休日ゆえにやや混んでいる市営バスは、住んでいる街を越えて隣町の区画にまで進行していた。あと数分も走れば目当てのショッピングモールに辿り着く。
 初奈越しに窓を流れる景色に目を向けていると、彼女は燦々とした口調で突拍子もない事を呟いた。
「もしも文房具が武器になるデスゲームに参加したら、何が一番強いのかなーって思ってさ。紡はなんだと思う?」
「その前にその奇天烈な状況についての説明が欲しいな」
当然極小にボイスを設定しつつも、彼女の出した議題への好奇心をそのまま口にする。
 で、つまりは「デスゲームで使える文房具」についての議題というわけだ。つまりあれだな?より殺傷レベルの高い文房具を選んだ方が良いわけだ。
「なんでコンパス?」
「だってあの尖った…針?あれ手に刺さった時信じられないぐらい痛くない?」
かつて自分の身に起きたであろう悲劇に、初奈は再び掌をそっと押さえる。それはまあ、うん。納得だ。今のところはまだ暫定だが、このまま一位を独占してもおかしくはない。
「んー……生理的な攻撃なら液体のりとか」
直接攻撃ではさして強くないが、壁や床に塗っておけば手がずっとベタベタするあの嫌な感覚を常に与えられるのだ。ああ、思い出しただけで手を洗いたくなってくる。
「あー。でも足止めぐらいにしか使えないかもね」
「そうそう。そもそも手のベタベタとか気にしないタイプには意味ないし」
だとすれば、結局強いのはコンパスか。いや待て、殺傷レベルの高い文房具なら他にもあるだろう。たとえば…
「ハサ…カッターは?あれこそ怪我のリスク大きい気がするけど」
図画工作の分野において、一体何回素材を誤って切ったか分からない。「誤って」の中には当然手指も入るので、これはコンパスにも勝てるだろう。と、思っていたのだが。
「んー……」
初奈はお気に召さないといった具合に唸った。「それを言っちゃお終いよ」とでも言いたげな顔をする。
「ダメだよ。そんなのただの脆いナイフじゃん。そうじゃなくて、意外と強いぐらいの難易度にしないと」
あーたが一番強いって言ったんじゃないスか。っていうかコンパスだって「意外と」の枠には入らないだろ。
……まあゲームマスターがそう言うなら、そうなのか。
〔次は 先々高せんせんだかです。 お降りの際は バスが停車してから 席をお立ちください〕
意味のない問答を引き裂いて、意味のある機械声がバス中にアナウンスされる。
いよいよ目的地か。紡は近くのポールに設置された降車ボタンを押した。この最強文房具の話題はまたいつかに持ち越しだな。続きは学校で、隼人と三人でやろう。

[南唐野町・サンシャインモール]

 総合ショッピングモール「サン・シャイン」。映画館,ゲームセンター,本屋,雑貨屋,飲食店…一気には挙げられない程多くの店舗が建ち並ぶ、言わば暇つぶしの楽園だ。
 休日には小中高とバラバラな年代の学生がフードコートに押し寄せ、子供連れの家族の姿もよく見られる。
 バス停からほぼ真正面にこの場所が出来たのは、近辺の学生にとって大革命だった。遊びの約束は取り付けたものの、何処に遊びに行こうかは決めていなかった…そんな時に活躍するのがこのショッピングモールだ。
「んー。来たはいいけど何処に行こうか!」と初奈。
「あらら、そっちが遊ぼうって誘ったんじゃなかったっけ」
例に漏れず、初奈も何か動機があってここに来たのではない。こうなれば今から目的地を設定するか、来た道を振り返って真っ直ぐ帰るかの二択だ。まあ、後者はかなり「最終手段」が過ぎるか。
入り口付近に電光掲示された案内図と睨めっこする初奈を尻目に、紡はエントランスをザッと見渡した。もう15時過ぎだと言うのに、人の波は一向に途切れそうもない。流石の人気っぶりだ。
「かーくんは何が食べたい?」
幼稚園児ぐらいの男の子を連れた母親が、微笑みながら聞き尋ねた。中々に格好いい忍者の描かれたTシャツが霞むほど、彼は天真爛漫な笑顔でその場に飛び跳ねる。
「カレープ!前食べた甘いやつ!」
「うんうん。クレープね」
優しそうな母親はカバンを肩に掛け直すと、クレープ屋のある二階へのエレベーターへ向かった。その親子並んだ背中が妙に痛々しく写り、紡はチラ目を逸らした。
「………」
「よし、決めた!」
初奈は左手で紡の袖をひっぱり、右手で案内図を指差した。階数は三階…彼女が指で示したのは、何の因果かこの建物唯一のクレープ屋だった。


「はぁむっ」
切り分けた果物と生クリームを厳選された生地で包み、上からたっぷりとチョコレートソースを垂らした至高のクレープ。思い切り齧り付いたせいか、初奈は口の周りに少しクリームをはみ出させた。
 ここのクレープ屋はいわゆる屋台タイプの店で、注文して出来上がった後は小脇に設置されたベンチに座ってゆっくりクレープを楽しめる。真隣に座る初奈を見れば…
「おー、まい、が」
口の中に広がる喩えようのない甘みを表情で体現し、ギュッと両方の目を瞑っている。
「やっぱ犯罪級のスイーツだよ、クレープって。じゃない?」
「犯罪って…美味しいのは分かるけども」
流石にそこまでじゃないだろ。心の中でぼやきながら自分の分のクレープに目を下す。
 初奈が食べているのは、確かDXチョコレートクレープ。紡のはカラフルベリークレープだ。決定的な違いはその色にある。生地の中にはイチゴにブルーベリー、生クリームはデフォルトとしてストロベリーソースがたんと掛けられているのだ。こんなの…嫌いじゃなければ好きにならないはずがない(?)。
「んんー」
 一口目を噛みちぎった途端、喉の奥が思わず唸った。見た目の豪快さとは打って変わって、繊細な甘みの連鎖が舌先を撫でた。ほんのり苦味を帯びたチョコレートの味を、濃厚な生クリームと柔らか食感の生地が上手くまとめ上げている。
「確かに、犯罪級だ」
「ふふんっ。だしょ?」
初奈はまるで自分が作ったかのように胸を張った。まあ彼女がこの店に行きたいって言い出したんだし、良しとするか。………こういうの、なんか久しぶりだな。
ここでいう「こういうの」とは、親友とクレープを食べることではない。いやまあ、正確にはそれも久しぶりなんだけど。
 初奈と隼人が運動部に入ってから、こうして休日に集まって遊びに行く事も格段に減った。初めはみんな何とか時間を作って遊びに行こうと画策したが、各々の前に聳える壁の違いがそれを断念させた。
実際、今日だって隼人は部活の関係で来れなかったのだ。
「?。どうかした?」
クレープを貪る手を止め、初奈は俯きかけた紡の顔を覗き込む。
「何むつかしー顔で考え込んでんのさ」
「ん、ああいや、別に」
苦笑いで首を振る。初奈はあからさまにムスッと頬を膨らませ、残りのクレープを口に無理やり突っ込んで完食した。
「よし、次行こう次!」
「え、ええっ?」
どうやらその場のノリではなく、本気でもう次のお店へ行くつもりのようだ。その証拠に、初奈は手荷物片手にクレープの包み紙をゴミ箱へと捨てに向かった。食べ始めてからまだ五分と経っていない。
「ど、どうしたんだよ急に…」
「ほら紡も立って立って!時間は待っちゃくれないよ!」
カンカン響く声が鼓膜にこだまする。なんかいつも以上に元気なんだけど、この人。
 そんな急がなくても良いだろうに…なんて反論しても、きっと聞く耳は持ってくれない。昔から彼女はそういう奴だ。紡は仕方なくショルダーバックを掛け、食べかけのクレープを手早く腹に収めた。

 その後も、いろいろな店を転々と回った。サンシャインモールの殆どの店に行き尽くしたと錯覚するほどに(後に確認したが、全店舗の四分の一にも満ちていなかった)。
 ぬいぐるみ屋にアパレルショップなど、その殆どは初奈の興味がある店で、紡はその度に悩み事の渦に呑まれていった。
 一時間ほど回った時、初奈はゲームセンターの入り口に置かれた長椅子にドサッと腰掛けた。何やら随分とお疲れのご様子だ。
「はあー、つかれだあ!」
「遊んでただけじゃん」
軽口を吐きながら、紡もその隣に腰を下ろす。途端、初奈の澄んだ瞳がじろっとこちらを睨み上げた。怒っている…いや、観察してる……?
「えっと、俺の顔に何かついてる?」
微かにはにかみながら尋ねるも、初奈はカウンターのように質問を返してきた。
「……何で今日、に来たか分かる?」
「えっ」何でって…
一瞬言葉を詰まらせたが、一度ひとたび脳に検索をかけてみれば容易に答えが見つかった。
「あ、今日がゴールデンウィーク唯一の休みだったからだろ」
あれだけ短時間で様々な店を見て回ったのは、きっと次に来れるのがいつになるか分からなかったからだろう。と、思ったのだが。
「……………半分正解」
初奈は苦虫を噛み潰したように眉を顰め、加えて口をギュッと噤んだ。半分正解とはいえ、どうも真実には程遠いらしい。
「もう半分は——」
「ひっぐ…うぐっ………」
もう半分は何だよ、と途中まで問いかけた辺りで、啜り泣くような子供の声が耳に入った。咄嗟にチラッとそちらを見る。
 向こうからぽつぽつと一人歩いてくるのは、一時間前に入り口で見かけた忍者の服の男の子だった。

次回 「射した光に縋る者」
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