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底辺声優の私が、遠い未来で神声優になっている件
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「写真お願いしまーす」
その声に応え、沙織はチラシを胸に抱えると、笑顔を作った。
笑う時は歯を見せること。
ファーストフードのバイトで叩き込まれた事が、今でも役に立っている。
まるでバズーカの様な、太いレンズを向けた青年が、バシャバシャとシャッターを切る。
「こちらもお願いしまーす」
沙織の今日の衣装は、メイド服をアレンジした戦闘服。
一人終わると、別の声がかかる。
同じ格好をしたCGキャラクターが、背後の巨大モニターで動き回っている。
スカートは短く、当然、下にはサポーターを履いているが、撮影者を引きつけるには充分な衣装だ。
撮影を希望する客が一段落すると。沙織は再び、行き交う人々にチラシを配り始めた。
ここは臨海地域にある巨大コンベンションセンター。
休日の今日は、五つある展示場すべてを使い、ゲームの新作発表イベントが開催されていた。
天井近くにキャラクターの巨大風船がいくつも浮かび、コスプレ・コンパニオンや着ぐるみが場内を闊歩している。
チラシを配っている沙織に、スーツ姿の青年が歩み寄った。彼女が所属する事務所のマネージャーだ。
「沙織ちゃん、お疲れさま。お昼の休憩入って」
「川本さん!ありがとうございます」
「一般日だから人が多いね。ちゃんと水分取ってる?」
「はい、大丈夫です」
手にしたチラシを近くのラックに置き、休憩を取るべくバックヤードへ向かおうとした沙織に向かい、川本は気マズそうに言った。
「それでね。沙織ちゃん、ちょっと話があるんだけど……」
◆
そして、先日のオーディションの落選を告げられた。
一般客は入れない、展示場奥の関係者控え室で。沙織はテーブルに突っ伏した。
事務所に入って九ヶ月。そろそろ実績を出したかったのに、
沙織は弱小声優事務所に所属している。
テレビアニメや洋画の吹替を得意とする大手の声優事務所と違い、もともとは美少女ゲームの音楽制作からスタートした事務所だった。
ゲームに出る声優のマネジメントだけでなく、コスプレ衣装の販売、メイド喫茶の経営まで、幅広く手がけていた。
また沙織の様に、役が付かない新人の受け皿として、平日はメイド喫茶のウェイトレス、休日はイベントコンパニオンを派遣する業務も行っている。
あきらめようか……。
十九歳なら、大学でも専門学校でも。まだ間に合う年だし。
ギュっ、と両こぶしを握り締め、沙織は顔を上げた。
今日を最後に辞めよう!
やっぱり声優なんて、簡単になれる仕事じゃなかったんだ!
決めたら、逆にスッキリした。涙が流れた頬を両手で軽くはたき、沙織は自分に言い聞かせた。
「最後のお仕事、あと三時間、頑張ろ!」
◆
その後も何回か休憩を鋏み。沙織はチラシを配り続けた。
「間もなくサイン会が始まりまーす!整理券をお持ちの方はお並び下さーい」
チラシ配りから写真撮影の対応、ブースで行われるイベントの呼び込みまで。コスプレ・コンパニオンは何でもやらされる。
今日のイベントは、これが最後……。
気が緩みかけた沙織の前に。
いつの間に来たのか、若い女が立っていた。
最初は、自分と同じコスプレイヤーかと思った。
腰まで伸ばしたロングヘアー。
体に密着したスーツは、ロボットアニメのパイロットを思わせた。
その右手には、これまたSFアニメで出て来る様な、大きな銃を持っている。
端正な顔立ちに、気の強さを感じさせる釣り上がった目。
そのブルーの瞳に見据えられ、沙織は吸い込まれる様な気がした。
「お前がサオリ・ヘキミズ。やっと見つけた」
「えっ」
今まで無表情だった顔を歪めて笑うと、女は、右手に持った銃を構えた。
私、撃たれるの?
その時。
耳元で風を切る様な音がしたかと思うと。
後ろから前へ、衝撃波が走り抜け、沙織の髪がフワッ、と舞い上がった。
「!」
飛びのいた女の背後にあったガラスケースが、粉々に砕け散った。
避けるのが一瞬遅かったら、彼女自身が吹っ飛んでいただろう。
床に散らばるガラスの破片を踏んで。
沙織の前に、もう一つの人影が現れた。
「ディアさん!サオリさんは殺させませんヨ!」
大きなバイザーで両目を隠し、体に密着したスーツを身に付けたその人物は、右手に持った銃をディアと呼んだ敵に向けた。
それを見て、ディアが驚く。
「反重力銃?この時代にレジスタンスの野郎がいるだと?」
「野郎じゃないデス!」
二人の戦士は、床を蹴って走り出すと、反重力銃の打ち合いを始めた。
銃から放たれた重力波が、展示ブースの巨大モニターを直撃する。
CGキャラクターが踊っていたモニターは、火花を散らして倒れ、周囲にいた人々は悲鳴を上げて逃げ出した。
「犯人は武器を、何か武器を持っています」
展示物である痛車の陰に隠れた警備員が、トランシーバーに向けて怒鳴っているのが聞こえた。
「このままじゃ、マズいデスね!」
後から現れた人物は、銃をホルスターにしまい、沙織を抱き寄せると。
紫のリップを引いた唇を開き、沙織に囁いた。
「跳びマス!捕まって下サイ!」
風変りなイントネーションに、沙織が驚いた瞬間。
二人は軽やかに、空中へと跳び上がっていた。
ホールの天井近くまでジャンプした二人は、そこに浮かんでいたゲームキャラクターの巨大アドバルーンの上に落下する。
「きゃああああ!」
「喋らないで下サイ!舌を噛みま……はがっ!」
巨大なカエルをかたどったバルーンの上に着地した二人は、ボヨン、ボヨンとバウンドした。
不安定な足場で四つん這いになり、必死でバランスを取る。
「はうっ!舌を噛んでしまったのデス!」
「あ、あなた、一体何なの?」
「私、ケイトリン!ケイトでいいデスよ」
「名前を聞いてるんじゃなくてぇ!」
「いいから、外へ逃げマス!」
そのまま壁沿いのキャットウォークに飛び乗ると。
再び跳躍し、窓ガラスを割って。
沙織を連れたケイトリンは、展示ホールの外へ跳び出した。
展示場の脇を走る、臨海鉄道の屋根に着地する。
「やっと一息つけたのデス」
「つけてない!全然つけてない!」
走る鉄道の車体の上で。沙織はケイトリンに説明を要求した。
「あの、ケイトリンさん?」
「ケイトでいいデスよ!さおりサン!」
「じゃぁ、ケイトちゃん。あなた私の事、知っているの?」
「はい!私たちの時代では、さおりサンは有名人デス!」
ケイトリンの語った事は、俄かには信じられなかった。
遠い未来。
人類は全ての文化活動を制限させられた。
本、歌、演劇、映画。
全ての創作活動に検閲が入り、体制側に都合の良い内容しか認められ無かった。
当然、各地でレジスタンス運動が起こったが。
体制側の圧倒的な武力に、レジスタンスが敗れそうになった時。
誰かがネット上に流した、一曲の歌が、戦局を変えた。
有名なシンガーでも、専業のアーティストでもない。
アニメのヴォイス・アクターが歌った、キャラクター・ソング。
その歌で描かれる、ポップで自由な生活に、人々は魅了された。
歌は消されても消されても、ネット上で拡散され。
自分で歌ったり、合わせて踊ったり、歌に合わせた動画を作るなどの「文化」が復活した。
それと同時に。
レジスタンス側も、民衆の応援を受ける形て、息を吹き返し。
体制側は押されまくり、敗北寸前だった。
「歴史を変えた一曲の歌。それを歌ったのが、サオリ・ヘキミズ」
「わっ、私?」
「体制側は、サオリさんのいる過去に、暗殺者を送り込みまシタ。声優になる前のサオリさんを殺せば、歌は存在せず、逆転は起こりまセン」
「ちょっと待って。なんだか、ややこしい」
「暗殺者は、様々な時代に送られまシタ。それを察知した我々レジスタンスも、サオリさんをガードする戦士を、様々な時代に送ったのデス。そしてビンゴ!私ケイトリンが、当たりを引き当てたのデス。おっと、来ましたヨ!」
その言葉に、後ろを見た沙織はギョッとした。
空飛ぶ円盤。最初はそう思った。
直径2メートルほどの円盤の上に、ディアが直立している。
「反重力で飛ぶ兵器。この時代の人たちに見られる事を気にしないなんて、大胆不敵なのデス!」
そう言うとケイトリンは屋根に立て膝をつき、ホルスターから銃を抜いた。
ディアは重心移動で円盤を操り、ケイトリンの放つ重力弾を、いとも簡単に避ける。
みるみるうちに列車との距離を縮めてきた。
追いつかれる!と思った瞬間。
列車は駅に到着しようとしていた。
「くそっ!」
ディアは駅舎への激突を避ける為に、円盤を列車から離した。
「今デス!」
列車がホームに滑り込む直前。
ケイトリンの放った重力弾が、駅を避ける事に気を取られていたディアに命中した。
乗っていたディアは吹っ飛ばされ、高架のそばに建っている屋内型テーマパークにガラスを破って突っ込んだ。
操縦者を失った円盤は、回転しながらテーマパークと隣接するビルとの隙間を飛んで行った。
観光客で賑わう人造ビーチを越え、屋形船が浮かぶ横に、水しぶきを上げて落ちる。
「このまま逃げまショウ!」
「ここからだと地下鉄に乗り換えた方が……」
液のホームに止まった車両の屋根から飛び降り、沙織とケイトリンは、駅の外へと駆け出した。
◆
「いただいていきます。ありがとうございます」
音響会社の受付に声をかけて、沙織は自分の分のアフレコ台本と、練習用の白箱ⅮⅤⅮを受け取った。
三日後の収録に向けて、練習に励まないと。
いつ、どんな形だかわからないが、私はアニメに出演して、キャラクターソングを歌う。
そして遠い未来、それが世界を救う。
まさにアニメみたいな話だが。
一度、折れた心を蘇らせるには十分だった。
私が声優になれる未来が、あったんだ。
地道に練習して、オーディションを受け続けるうちに、ポツポツと役が付く様になった。
今回のお仕事も、小さな役だけど頑張るぞ!
帰宅した沙織が、ワンルームのドアを開けると。
「サオリさん!お帰りなサイ!」
沙織のお古のジャージを来たケイトリンが飛びついてきた。
ケイトリンは「過去に送り込まれたっきりで、元の世界に還れない」一方通行のタイムトラベラーであり、沙織の家に居候していた。
そして、もう一人。
「おう、バイト先から余りもん貰って来たぞ」
ディアがお惣菜の入ったビニールを手に言った。
「いつもありがとう。ディアちゃん」
あの後、数回、沙織の命を狙って襲って来たディアだが。
彼女も同じく、帰る手段の無い、一方通行のタイムトラベラーであり。
何回も何回もケイトリンと戦ううちに、帰れるわけでもないのに、命を賭けて戦うのが馬鹿らしくなり。
なし崩し的に、沙織の家に同居していた。
「メンチカツなのデス!今日のご飯は豪華デス!」
「いいからお前も、バイトして生活費を沙織に入れろよ」
「はうぅ、未来人は雇ってもらえないのデス!」
「おめぇは履歴書を偽造しても偽造しても、ドジだからすぐクビになるんだろうが!」
「まぁまぁ、ご飯食べてから考えましょ」
沙織は思った。
ここも手狭になってきたから、そろそろ引っ越さなきゃね。
その声に応え、沙織はチラシを胸に抱えると、笑顔を作った。
笑う時は歯を見せること。
ファーストフードのバイトで叩き込まれた事が、今でも役に立っている。
まるでバズーカの様な、太いレンズを向けた青年が、バシャバシャとシャッターを切る。
「こちらもお願いしまーす」
沙織の今日の衣装は、メイド服をアレンジした戦闘服。
一人終わると、別の声がかかる。
同じ格好をしたCGキャラクターが、背後の巨大モニターで動き回っている。
スカートは短く、当然、下にはサポーターを履いているが、撮影者を引きつけるには充分な衣装だ。
撮影を希望する客が一段落すると。沙織は再び、行き交う人々にチラシを配り始めた。
ここは臨海地域にある巨大コンベンションセンター。
休日の今日は、五つある展示場すべてを使い、ゲームの新作発表イベントが開催されていた。
天井近くにキャラクターの巨大風船がいくつも浮かび、コスプレ・コンパニオンや着ぐるみが場内を闊歩している。
チラシを配っている沙織に、スーツ姿の青年が歩み寄った。彼女が所属する事務所のマネージャーだ。
「沙織ちゃん、お疲れさま。お昼の休憩入って」
「川本さん!ありがとうございます」
「一般日だから人が多いね。ちゃんと水分取ってる?」
「はい、大丈夫です」
手にしたチラシを近くのラックに置き、休憩を取るべくバックヤードへ向かおうとした沙織に向かい、川本は気マズそうに言った。
「それでね。沙織ちゃん、ちょっと話があるんだけど……」
◆
そして、先日のオーディションの落選を告げられた。
一般客は入れない、展示場奥の関係者控え室で。沙織はテーブルに突っ伏した。
事務所に入って九ヶ月。そろそろ実績を出したかったのに、
沙織は弱小声優事務所に所属している。
テレビアニメや洋画の吹替を得意とする大手の声優事務所と違い、もともとは美少女ゲームの音楽制作からスタートした事務所だった。
ゲームに出る声優のマネジメントだけでなく、コスプレ衣装の販売、メイド喫茶の経営まで、幅広く手がけていた。
また沙織の様に、役が付かない新人の受け皿として、平日はメイド喫茶のウェイトレス、休日はイベントコンパニオンを派遣する業務も行っている。
あきらめようか……。
十九歳なら、大学でも専門学校でも。まだ間に合う年だし。
ギュっ、と両こぶしを握り締め、沙織は顔を上げた。
今日を最後に辞めよう!
やっぱり声優なんて、簡単になれる仕事じゃなかったんだ!
決めたら、逆にスッキリした。涙が流れた頬を両手で軽くはたき、沙織は自分に言い聞かせた。
「最後のお仕事、あと三時間、頑張ろ!」
◆
その後も何回か休憩を鋏み。沙織はチラシを配り続けた。
「間もなくサイン会が始まりまーす!整理券をお持ちの方はお並び下さーい」
チラシ配りから写真撮影の対応、ブースで行われるイベントの呼び込みまで。コスプレ・コンパニオンは何でもやらされる。
今日のイベントは、これが最後……。
気が緩みかけた沙織の前に。
いつの間に来たのか、若い女が立っていた。
最初は、自分と同じコスプレイヤーかと思った。
腰まで伸ばしたロングヘアー。
体に密着したスーツは、ロボットアニメのパイロットを思わせた。
その右手には、これまたSFアニメで出て来る様な、大きな銃を持っている。
端正な顔立ちに、気の強さを感じさせる釣り上がった目。
そのブルーの瞳に見据えられ、沙織は吸い込まれる様な気がした。
「お前がサオリ・ヘキミズ。やっと見つけた」
「えっ」
今まで無表情だった顔を歪めて笑うと、女は、右手に持った銃を構えた。
私、撃たれるの?
その時。
耳元で風を切る様な音がしたかと思うと。
後ろから前へ、衝撃波が走り抜け、沙織の髪がフワッ、と舞い上がった。
「!」
飛びのいた女の背後にあったガラスケースが、粉々に砕け散った。
避けるのが一瞬遅かったら、彼女自身が吹っ飛んでいただろう。
床に散らばるガラスの破片を踏んで。
沙織の前に、もう一つの人影が現れた。
「ディアさん!サオリさんは殺させませんヨ!」
大きなバイザーで両目を隠し、体に密着したスーツを身に付けたその人物は、右手に持った銃をディアと呼んだ敵に向けた。
それを見て、ディアが驚く。
「反重力銃?この時代にレジスタンスの野郎がいるだと?」
「野郎じゃないデス!」
二人の戦士は、床を蹴って走り出すと、反重力銃の打ち合いを始めた。
銃から放たれた重力波が、展示ブースの巨大モニターを直撃する。
CGキャラクターが踊っていたモニターは、火花を散らして倒れ、周囲にいた人々は悲鳴を上げて逃げ出した。
「犯人は武器を、何か武器を持っています」
展示物である痛車の陰に隠れた警備員が、トランシーバーに向けて怒鳴っているのが聞こえた。
「このままじゃ、マズいデスね!」
後から現れた人物は、銃をホルスターにしまい、沙織を抱き寄せると。
紫のリップを引いた唇を開き、沙織に囁いた。
「跳びマス!捕まって下サイ!」
風変りなイントネーションに、沙織が驚いた瞬間。
二人は軽やかに、空中へと跳び上がっていた。
ホールの天井近くまでジャンプした二人は、そこに浮かんでいたゲームキャラクターの巨大アドバルーンの上に落下する。
「きゃああああ!」
「喋らないで下サイ!舌を噛みま……はがっ!」
巨大なカエルをかたどったバルーンの上に着地した二人は、ボヨン、ボヨンとバウンドした。
不安定な足場で四つん這いになり、必死でバランスを取る。
「はうっ!舌を噛んでしまったのデス!」
「あ、あなた、一体何なの?」
「私、ケイトリン!ケイトでいいデスよ」
「名前を聞いてるんじゃなくてぇ!」
「いいから、外へ逃げマス!」
そのまま壁沿いのキャットウォークに飛び乗ると。
再び跳躍し、窓ガラスを割って。
沙織を連れたケイトリンは、展示ホールの外へ跳び出した。
展示場の脇を走る、臨海鉄道の屋根に着地する。
「やっと一息つけたのデス」
「つけてない!全然つけてない!」
走る鉄道の車体の上で。沙織はケイトリンに説明を要求した。
「あの、ケイトリンさん?」
「ケイトでいいデスよ!さおりサン!」
「じゃぁ、ケイトちゃん。あなた私の事、知っているの?」
「はい!私たちの時代では、さおりサンは有名人デス!」
ケイトリンの語った事は、俄かには信じられなかった。
遠い未来。
人類は全ての文化活動を制限させられた。
本、歌、演劇、映画。
全ての創作活動に検閲が入り、体制側に都合の良い内容しか認められ無かった。
当然、各地でレジスタンス運動が起こったが。
体制側の圧倒的な武力に、レジスタンスが敗れそうになった時。
誰かがネット上に流した、一曲の歌が、戦局を変えた。
有名なシンガーでも、専業のアーティストでもない。
アニメのヴォイス・アクターが歌った、キャラクター・ソング。
その歌で描かれる、ポップで自由な生活に、人々は魅了された。
歌は消されても消されても、ネット上で拡散され。
自分で歌ったり、合わせて踊ったり、歌に合わせた動画を作るなどの「文化」が復活した。
それと同時に。
レジスタンス側も、民衆の応援を受ける形て、息を吹き返し。
体制側は押されまくり、敗北寸前だった。
「歴史を変えた一曲の歌。それを歌ったのが、サオリ・ヘキミズ」
「わっ、私?」
「体制側は、サオリさんのいる過去に、暗殺者を送り込みまシタ。声優になる前のサオリさんを殺せば、歌は存在せず、逆転は起こりまセン」
「ちょっと待って。なんだか、ややこしい」
「暗殺者は、様々な時代に送られまシタ。それを察知した我々レジスタンスも、サオリさんをガードする戦士を、様々な時代に送ったのデス。そしてビンゴ!私ケイトリンが、当たりを引き当てたのデス。おっと、来ましたヨ!」
その言葉に、後ろを見た沙織はギョッとした。
空飛ぶ円盤。最初はそう思った。
直径2メートルほどの円盤の上に、ディアが直立している。
「反重力で飛ぶ兵器。この時代の人たちに見られる事を気にしないなんて、大胆不敵なのデス!」
そう言うとケイトリンは屋根に立て膝をつき、ホルスターから銃を抜いた。
ディアは重心移動で円盤を操り、ケイトリンの放つ重力弾を、いとも簡単に避ける。
みるみるうちに列車との距離を縮めてきた。
追いつかれる!と思った瞬間。
列車は駅に到着しようとしていた。
「くそっ!」
ディアは駅舎への激突を避ける為に、円盤を列車から離した。
「今デス!」
列車がホームに滑り込む直前。
ケイトリンの放った重力弾が、駅を避ける事に気を取られていたディアに命中した。
乗っていたディアは吹っ飛ばされ、高架のそばに建っている屋内型テーマパークにガラスを破って突っ込んだ。
操縦者を失った円盤は、回転しながらテーマパークと隣接するビルとの隙間を飛んで行った。
観光客で賑わう人造ビーチを越え、屋形船が浮かぶ横に、水しぶきを上げて落ちる。
「このまま逃げまショウ!」
「ここからだと地下鉄に乗り換えた方が……」
液のホームに止まった車両の屋根から飛び降り、沙織とケイトリンは、駅の外へと駆け出した。
◆
「いただいていきます。ありがとうございます」
音響会社の受付に声をかけて、沙織は自分の分のアフレコ台本と、練習用の白箱ⅮⅤⅮを受け取った。
三日後の収録に向けて、練習に励まないと。
いつ、どんな形だかわからないが、私はアニメに出演して、キャラクターソングを歌う。
そして遠い未来、それが世界を救う。
まさにアニメみたいな話だが。
一度、折れた心を蘇らせるには十分だった。
私が声優になれる未来が、あったんだ。
地道に練習して、オーディションを受け続けるうちに、ポツポツと役が付く様になった。
今回のお仕事も、小さな役だけど頑張るぞ!
帰宅した沙織が、ワンルームのドアを開けると。
「サオリさん!お帰りなサイ!」
沙織のお古のジャージを来たケイトリンが飛びついてきた。
ケイトリンは「過去に送り込まれたっきりで、元の世界に還れない」一方通行のタイムトラベラーであり、沙織の家に居候していた。
そして、もう一人。
「おう、バイト先から余りもん貰って来たぞ」
ディアがお惣菜の入ったビニールを手に言った。
「いつもありがとう。ディアちゃん」
あの後、数回、沙織の命を狙って襲って来たディアだが。
彼女も同じく、帰る手段の無い、一方通行のタイムトラベラーであり。
何回も何回もケイトリンと戦ううちに、帰れるわけでもないのに、命を賭けて戦うのが馬鹿らしくなり。
なし崩し的に、沙織の家に同居していた。
「メンチカツなのデス!今日のご飯は豪華デス!」
「いいからお前も、バイトして生活費を沙織に入れろよ」
「はうぅ、未来人は雇ってもらえないのデス!」
「おめぇは履歴書を偽造しても偽造しても、ドジだからすぐクビになるんだろうが!」
「まぁまぁ、ご飯食べてから考えましょ」
沙織は思った。
ここも手狭になってきたから、そろそろ引っ越さなきゃね。
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