悪役令嬢は嫌なので、放浪して好き勝手します

cqrijy

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閑話 始祖

巫女が視たもの

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「ねぇ、フィックス。このドイリーが仕上がったら、リリーちゃんに渡してくれる?」

乙女草で編む海スイレンの花。
花言葉は純真、澄んだ水、清浄、浄化。
海で見掛けたあの人間の女の子の印象で編んだ。透明で一点の曇りもない綺麗な魔力。

「……ねぇ、フィックス。聞いてる?」

手元から顔を上げると既にいなくなっていた。んもうっ~!
あ、テリーがわたくしのしゅを大海原の楽園に放って戻って来たわ。

「ねぇ、テリー」
「どうした?」
「リリーちゃんには、いつ会わせてもらえるの?  フィックスったら、リリーちゃんの名前を出しただけで逃げるのよ。全然日程が決められないんだけど」
「……フィクサーナに会わせて、万が一、あのお嬢ちゃんは番じゃないと言われたら困るからその話題は避けてるんだろうな」
「んもうっ、フィックスのあの様子なら絶対に番よ!」

この短期間でリリーちゃんに接触しようとした騎士やら獣人やら、あれだけ海に棄てといて。何故か即死するような海域には飛ばしていなかったけど、それもリリーちゃんに配慮してのことだわ。まさか自分でも気付いてないのかしら?

「俺もそう思うが、十年も姿を消されて、ようやく見付けた番だ。そこで違うと言われたら……俺だったら狂化する」
「……やだもしかして恐れてるの?」
「だろうな」
「もう~っっ、ならなんで気付かないの、そんな感情が出てくること事態、番だと信憑性を高めてるじゃない!」

海で見掛けたあの女の子は、裏の世界で後天的に海王蛇の始祖になる存在。それが視えた。ならフィックスの番かもしれないと、だから出来るだけ早く会いたいのに────ん?  あら、視えたわ。

「……テリー」
「どうした?」
「今度フィックスとリリーちゃんの邪魔をしてみて。いちゃついてる時に」
「ああ、わかった」

どうせそうなる運命なら、遅かれはやかれ知っておいた方がいいわ。

「今夜は何を食べさせてくれるの?」
「銀狐を捕まえておいた。残念ながら金狐は居なかったが、銀狐の九尾はドレスの素材で欲しいと言っていただろう?」
「あら嬉しいっ、なら今夜はあのドレスを着て向かうわっ。天の星空、あの女の子の瞳に似た、あのドレスでっ」


  ◇ ◇ ◇ ◇


「…………まあ、金狐じゃない」
「たまたま二体見つけてな。どうやら長年探してた金狐の正体は獣人だったらしい。勘を頼りに寿命を奪ったら金狐の姿になった」
「この手触り……それになんて美しい毛皮なのっ!  この前、リリーちゃんから貰ったあの素晴らしい服を台無しにしたことは許してあげるっ」
「そうか……助かった」
「でもわたくしを勝手にのみ込んだことは許さなくてよ。いつ出してくれるの?」
「……事態が、解決するまで……待ってくれ。俺より強い、純血種の海王蛇がいるかもしれないんだ。そいつに美しいフィクサーナを寄越せと言われたら、どちらかが死ぬまで決闘するしかない。最後は勝てない相手だ……なら見せないのが得策だと思った」
「……ぅ」
「泣かないでくれ!  すぐだ!  すぐ解決する!」
「……ぅう……いつ?」
「……」
「……ぅぅ……あと、次はいつリリーちゃんに会わせてくれるの?」
「…………」

苦悶の表情のテリーを視てわたくしは悟った。
フィックスとリリーちゃんに起こったあの事態を利用して、出来るだけ長くわたくしを胃の中に入れておきたいと、なんなら解決した後も全てをうやむやにして一生このまま入れておきたいと、テリーの顔がはっきり物語っていた。

純血種なんてもういないのにね。
視えないのが、その証拠。
最後は勝てない相手でも、テリーとフィックスで戦えば勝てるのに。海王蛇って番に関することでしか動かない、どこまでも腰が重い蛇だからね。

でもこの事態でリリーちゃんが改めてフィックスの存在の大きさに気付くから、それにフィックスもリリーちゃんの気持ちを繋ぎ止めようと無理矢理のみ込むことは無くなるから、それは視えたから、今は嘘泣きでテリーに台無しにされた天の星空の素材をおねだりしなくちゃね。



  ◇ ◇ ◇ ◇


「……まあ、鍵を渡したのね。ならもう、リリーちゃんが純血種にのみ込まれても、いつでもフィックスの胃の中に帰って来れるということよね?」
「ああ」

海王蛇の始祖が誕生する。
あの光景が現実味を帯びてきた。
それは海王蛇が進化の過程では得られなかった、もっと大きな変革。不変を変化させる程の。

これでようやく海王蛇が狂化の恐怖から逃れられるかもしれない。禁忌であった高位人魚の血を以てしても、避けられなかった運命から。

ホッとして一面に広がる大海原の楽園を眺めると、わたくしの子供達が水飛沫をあげてはしゃいでいた。

「あはははっ」
「やだぁ、そっちいったわ」
「捕まえたっ」
「大きいから皆で分けようよっ」
「そうね、食べきれないわっ」
「うふふふっ」

わたくしのしゅが支配する大海原の楽園。

地上におりるとゆっくりとしか歩けないわたくしの為に、海面積が大部分をしめる、テリーの胃の中。テリーがわたくしの為だけに造った世界。


──わたくしはモンスターオクトパスの始祖。始祖の役目は自分が生まれた世界にしゅが繁栄するよう、広範囲にしゅを放つこと。

どんな生物も、はじまりの始祖は限りなく寿命が短い。

わたくしはこの世に存在してすぐ、寿命を迎える数年までに自分が果たさなければいけない役目を悟り、しゅを放った。

既存のモンスターオクトパスは途絶えてしまったから。前の始祖はしゅを放つのに失敗したのだ。放ち終える前に、生命力に溢れた肉体を狙われて、根こそぎ喰われてしまった。
だから新たに始祖わたくしが生まれた。進化を求めて、二度としゅを途絶えさせぬよう、海王蛇すらも喰らうあの化け物を避けて放つよう、新たに備わった未来視を駆使してわたくしは使命を全うした。

後は絶えるだけ……なんの為に存在しているかなんて、しゅを残すこと以外、考えたこともなかった。子供達は自分の力で繁殖できるから、始祖のわたくしは絶え、そのしゅは残る。それでいい。そう思って目を閉じた。

生命力の殆どを使いはたした。

髪は全て無くなり、体も水分が抜けて干からびていた。

あとは残った体が朽ちるのを待つだけ。

と思ったらテリーに出会った。


"なんて美しい……番に違いない"
"……え?"


訳の解らないまま、すぐ襲われたんだけど、テリーがわたくしに命を与えながら許しを乞ってくるから、百年くらいで許してしまったわ。そしてありとあらゆるものをわたくしに与えた。


"君は俺と出会う為に生まれてきたんだ。役目は前座だ、これから俺と一緒に生きる、この時間こそが君の本当の人生なんだ"


うふふ。
テリーはわたくしをこの世に繋ぎ止めようと、毎日必死だったわ。
役目を終えたわたくしにフィクサーナ美と生命の泉という名を与え、もう君はモンスターオクトパスの始祖じゃない。俺の番だ。そう言ってわたくしを繋ぎ止めた。

そう、繋ぎ止めたの。
その時、頭の中で何かが変わった気がしたから。

思考が外に飛び出してきて、朽ちはてたくない、生きたい、本当は誰かに側に居て欲しいと欲が出てきた。

テリーと出会う前に放ったしゅはそのまま表の世界に。それ以降は元々のモンスターオクトパスの数と生態系を変えぬよう、テリーが裏の世界に連れていって帳尻を合わせている。このテリーの行動もあいまって、わたくしは消えなくてもよいのだと、存在していてもよいのだと、初めて欲が出てきたのだと思う。

全ての生物は本能が生きることを望んでいる。自害する人族のような変わりだねもいるけれど、始祖わたくしだって生きたい。生きて楽しみたい。これからもずっとドレスを作りたい。帽子だって作りたい。それを被ってリリーちゃんに会いたい。


「フィックスは、リリーちゃんにどんな世界を造るのかしら?  きっと美しい世界なんでしょうね」
「少し相談にはのったんだが……あいつ今とんでもないものを考えてるぞ。趣味が悪いのかもしれない」
「うふふ」

あぁ……視なくてもわかるわね。

きっとフィックスは、リリーちゃんが喜ぶ世界を既に造り始めているんだわ。

ああ……また視えた。
リリーちゃんが、リリーちゃんになる未来。テリーがわたくしをこの世に繋ぎ止めたように、あともう少しで、フィックスもリリーちゃんをこの世に繋ぎ止めるのね。
喜ばしいことだわ。


「それで、いつわたくしを出してくれるの?」
「……ん。ああ、……そうだな」
「……ぅ」
「泣かないでくれ!」
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