悪役令嬢は嫌なので、放浪して好き勝手します

cqrijy

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閑話 中堅漁師の怪

①触れてはいけないもの

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カプルス共和国は1800年の歴史がある。
でもそれは違うと、老漁師の爺共が、集会で酔っぱらって話す時がある。

「この国は王政だった名残もあるぞ。たまに海からその軌跡が釣り上がるからな」
「そうじゃのう。儂が坊の頃はまだ海底にその名残りもあった。ティアント大陸で最初に国を築いたのはアルレントじゃねぇ。儂らがいるこの国だ」
「まーた爺共の与太話がはじまったよ」

酒が入るといつもこうだ。
ここは港にある水産加工場の端。
漁を終えて昼になると集会とは名ばかりの、漁師達の宴会場になる。

「それより今日見た金髪の子、すっげー可愛かったよなぁ!」
「今朝の港の売上4位に入った子か。いいねぇ、ありゃいい体してるぜ」

そうそう、女が漁師をしているなんて珍しくて、観察していたらあの細腕で軽々と大判鮫を持ち上げた。ありゃ足腰が鍛えられてる。顔付きはまだ幼かったが、脱いだらいい体してそうだと、それと同時に具合もよさそうだと、生唾を飲み込んだ。

「アルレントから一人で入港してくるくらいなんだ。ぜってー男いないよなぁ?」
「わかんねーぜ?  お前、今度聞いてみろよ」
「港で女に騒がれてる五男坊には見向きもしねーんだ。遊び慣れてる可能性もあるぜ?」
「それなら一発、頼んでみるかっ!」

そこで爺共が低い声で言った。

「おい、あれは手を出していいものじゃねぇぞ」
「これだからガキ共は……海に出て何年だ?  それなのにまだ分別も身に付いちゃいねぇ」

宴会は終わりだとばかりに酒瓶を置いて、爺共が帰り支度をはじめた。

「な、なんだよ急に……今朝だって止めなかっただろ?」
「儂らは反応を見ていただけだ。お前達のような者の前でも、完璧に取り繕っていたな」
「はぁ?」
「おめー達はあの船を見てなんとも思わなかったってことか?」
「……あの小型船か?  まぁ、一人で漁を続けるならあれくらいの規模が限界だろうな」
「あの船には海の軌跡がついていなかった。燃料の匂いもしねぇ。周りの大型船を避けてすいすい通って、まるで道を歩いてるみたいにな」
「腕がいいんだろ?  それに小型船はタンクが小さいが、そのぶん小回りがきく」
「……舵に手を添えていた」
「はぁ?」
「ああ……添えていたな」
「なに言ってんだ?  そりゃ舵は持たなきゃ船は動かせねーだろ」

やれやれといった様子の爺共が言った。

「これも平和の象徴かねぇ」
「引退には程遠いがな」
「ああ、馬鹿やんねーよう、テリーさんに一声かけとくか」

テリー……あの大型の串焼き店の主か。
爺達がよく贔屓にしてるが、この界隈では値段が高いので俺達中堅はあまり行く機会がない。たまに組合の予算で飲み食いできる時くらいだ。

そうだ。あそこは料理もうまいし氷も出してくれる。頼めばある程度の物も作ってくれる。あの店にあの女の子を誘ったら、ほいほいついてくるんじゃないか?



翌日。
空を見上げると時化空だった。
漁に出るか爺共が会議を始めたので横槍をいれた。

「話す必要なんてねぇよ、今日はダメだ」
「……風はふいていない」
「時間帯によってはわからないだろ?  それに落下の危険性がある」
「時化にも色々あってな。こんな日は釣果が落ちる。だが不思議と事故は起こらないんだ。それを経験しておけ」
「……はあ?」

この泥水を含んだような雲を見ても漁に出るというのか?

その時、遠くの方で金髪が見えた。
あの女の子だ。船を出す準備をしている。
こんな日に漁をするなんて……若いしまだ経験が浅いんだろう。今日はダメだと教えてやらないと。

「なあ!  そこの、」

呼び掛けようとしたら爺共に肩を掴まれた。齢六十をこえているというのに、重石がのし掛かってきた感覚だった。

「っ、なんだよ?」
「見ろ。船に乗って、もう動き出した」

あっ……くそ。今呼び掛けたら振り向いて周りの漁船に当たってしまうかもしれない。

「もう構うな。準備しろ」
「チッ……わかったよ」

機関エンジンを動かし、照明を点けて梯子に足をかける。ゴミや釣糸が付着していないか回転羽根スクリューを調べる。整備も燃料の補充も前日に済ませているが、漁の直前も必ず点検する。塗装を溶かす寄生貝が付着していたので、こそぎ落とした。
あの女の子の小型船なら整備も簡単ですぐ済みそうだよな。今度色々教えてやると海に誘ってみようか。海上で二人きりになったら、大型船でしかいけない沖までいってやろう。この界隈は小島も多いし、観光客用の宿泊施設も整ってる。漁師しか知らない穴場も沢山ある。ちょっと危険な雰囲気を出して、実は何の害も無い男だったと、最初はそれでドキドキさせてやろう。泣かれたら困るからな。初日は飯でも奢ってそのまま宿に送っていこう。なんせ今まで見たこともない上玉だ。腕もいいようだし、きっと狙う奴も出てくる。でも最初に味見するのはこの俺だ。港の娼婦は船に乗りたがらないからな。でもあの子は漁師だ。上手くいけば船で一発できるかもしれない。



その日、確かに風はふかなかった。
でも終始雲行きはあやしく、釣り糸も絡んで、結局不漁に終わった。

「風もないのに海中が荒れてるな」
「おまけに海中が濁ってない……こんなの初めてだ」
「波も穏やかだ。なのに糸は絡むし船も揺れる。どうなってんだ?」
「これ……時化、なのか?  空は晴れてきてるぜ」
「誰か素潜りして海中の様子を見てこいよ」
「いや、でも泳げるような気はしない」
「見ろ、いま海中の魚が、……溺れてる?」
「はあ?  ありえねーだろ」

爺が船にあった海草を海に投げた。
飲み込まれるように回転して沈んでいく。波も、風もないのに。海上だけが穏やかで、海中はまるで時化と同じ状態。

まぁ、こんな訳の解らない日もあるよな。そう思いながら港に向かって船を進めていると、真横を小型船が通り過ぎた。あの子だ。

煙草を吸いながら、もう片方で舵に手を添えていた。それなのに不安定な海の上で、まるで滑るように一定の速度を保って航行させている。
漁だけじゃなく操縦の腕もあるのか……。
あんな速度で、よく平然と煙草が吸えるな。
それに知らないのかもしれないが、燃料に引火する危険性もあるから船では火気は御法度なのに。

一人がボソッと呟いた。

「……なぁ、いま……通り過ぎたよな」

なんだそれ?
いま通り過ぎたのは全員が見てたろ。

「あ」

そこで気付いた。
音だ。あれだけの速度で、近くを通り過ぎて、視界に入るまで認識しなかったのだ。……水飛沫すら、聞こえなかった。

海の無気味な状態も相まって背筋がゾクッとした。触れてはいけないものに手を伸ばしたような……幼い頃、爺達がよく話してくれた海の怪談話を聞いて、畏怖を覚えるような、そんな感覚だった。

「…………」
「…………」
「見たか?  あれは手を出していいものじゃねぇ」
「……別に。普通に話すくらいなら、」
「あれは漁師じゃねぇぞ」
「は?」
「そのうちわかる」
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