闇堕ち聖女の軌跡

柴田 沙夢

文字の大きさ
33 / 40

32

しおりを挟む

ティグレさんの口から響いた私の名前。
その名前を呼ぶ、声色が、イントネーションが、いつもと違っていて。

でも、聞き覚えがあって。


ーーー そんな、まさか。


混乱する私の前でゆらりと起き上がったティグレさんは、両手で私の顔を挟み込んだ。

私を写す、琥珀色の瞳が揺れる。



「ーーー ホントに、桜、だ。会いたかった。」



へにゃり、と泣きそうな顔で笑う顔が、懐かしくて。
私は、その名前を口にした。



「琥太郎、くん、な、の?」

「あぁ・・・思い出した。俺さ、桜の事が心配で、転生したんだ、きっと。良かった。ホントに、桜の所に来られた。」



ぎゅう、と、私を抱きしめる仕草が、記憶の中の琥太郎くんとおんなじで。
私は彼に縋り付いて、大声で泣いた。




***




私が落ち着いてから、彼はゆっくりと私がいなくなった後の事について教えてくれた。


元の世界では、私は行方不明者扱いとなって。
警察も出て捜索になったけど。
結局手がかりは何もなく、捜索は打ち切られた。

神隠しにあった
世間ではそう言われたけど。

口さがない話では、琥太郎くんを犯人扱いするような話まであったのだそう。

私の姿が消えた時、道路に私の鞄が落ちていて。
琥太郎くんはすぐに私の家に乗り込んで、お母さんと、弟の健と妹の椿に会っていて、アリバイもしっかりしていた。

それに、私の住んでいた家の周囲は、お店や個人事務所のような所が多くて、個人的な監視カメラも多くあったみたいで。
琥太郎くんに送ってもらって、召喚された後の時間のカメラには、どこにも私の姿は映っていなかった。
だから、容疑者候補からはすぐに外れていた。

でも、噂は根深くて、琥太郎くんを目の敵にしていた私を虐めた学校の人達や、他校の空手部の人達が、いつまでもそれをネタにぐちぐち言っていた、と。

だけど、健や椿は、『姉の彼氏』だった琥太郎くんに懐いていて。
真っ先にその噂を否定して歩いていたのだそう。

それから、8年以上が経過して、私は失踪人から死亡人扱いとなった。
その間、私の家族と琥太郎くんの家族達は、家族ぐるみで交流していて。

琥太郎くんのお宅は、琥太郎君が小学生の時にお母さんを病気で亡くしていて。
事故でお父さんを亡くした私のお母さんと、琥太郎くんのお父さんが良い仲になるのは時間の問題だったみたい。

私がいなくなって10年が経過して、1番年下の椿が就職して。
お母さんと、琥太郎くんのお父さんは再婚した。

その後、琥太郎くんの2人のお兄さんも、健も椿も、良いパートナーに出会い、それぞれに結婚して、子どもにも恵まれた。

でも琥太郎くんは、自分はずっと結婚しなかった、と話した。
琥太郎くんのお父さんと同じ柔道整復師の資格を取って。その上、健康運動指導士、管理栄養士の資格まで取り、プロスポーツ選手の個人トレーナーとして海外を渡り歩いていた、と。

甥っ子姪っ子達も懐いてくれて、可愛がったけど。
でも、自分の子どもはいいや、って、思っていたって。



「何で?琥太郎くんとなら、結婚したい人なんていっぱい、いたでしょ?」



だって、彼は強面だけど優しいから。
・・・私と付き合いはじめてから、粉かける子いたの知ってたし。
そう思い出して、少し拗ねる口調になってしまう。



「んー?何かさぁ、自分が他の誰かと家庭を作るイメージがつかなかったんだ。だから、独身貴族でいた。」

「え、何で?」



反射的に聞いてしまった。
だって、琥太郎くんは、良いお父さんになるイメージしかなかったから。
でも、琥太郎くんから話されたのは、トンデモナイ事実で。



「いや、さぁ。なんとなく付き合ってみる事もあったケド。なんつーか、さ・・・申し訳ない程に、誰にも反応しねぇんだもん。」


しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

包帯妻の素顔は。

サイコちゃん
恋愛
顔を包帯でぐるぐる巻きにした妻アデラインは夫ベイジルから離縁を突きつける手紙を受け取る。手柄を立てた夫は戦地で出会った聖女見習いのミアと結婚したいらしく、妻の悪評をでっち上げて離縁を突きつけたのだ。一方、アデラインは離縁を受け入れて、包帯を取って見せた。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?

きららののん
恋愛
優しきおっとりでマイペースな令嬢は、太陽のように熱い王太子の側にいることを幸せに思っていた。 しかし、悪役令嬢に刃のような言葉を浴びせられ、自信の無くした令嬢は……

答えられません、国家機密ですから

ととせ
恋愛
フェルディ男爵は「国家機密」を継承する特別な家だ。その後継であるジェシカは、伯爵邸のガゼボで令息セイルと向き合っていた。彼はジェシカを愛してると言うが、本当に欲しているのは「国家機密」であるのは明白。全てに疲れ果てていたジェシカは、一つの決断を彼に迫る。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

処理中です...