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『約束』の行方
337.『約束』の行方 其の七(カン視点)
しおりを挟む「あぁ・・・頼む。」
「分かりました。【 清潔 】」
カンは、クロナの了承の言葉だけを聞いて、生活魔法の術式を展開した。
威力が増さないように、この部屋だけに薄く広げるイメージで。
「うぉ、すっげえな・・・埃っぽさも無いし脱臭も完璧だ・・・ありがとう。」
「いえ・・・」
仏頂面に見えていた表情に、少し笑みが浮かぶ。
かなり威力は抑えたつもりなのだが、それでも一般から見たら強力なのだろう。
「此処までしてもらうなんて思わんかった・・・手伝いっていうから精々換気くらいかと・・・んー、対価はどうしたら良い?」
「対価?」
クロナからの思わぬ言葉に、カンは首を傾げる。
「あぁ、正直、商業ギルドなんかに依頼を出して清掃してもらう以上の出来だ。だから、対価が必要と思ったんだが・・・」
クロナの申し出に、謙遜国民性が出て、思わず「要らないですよ。」と言いそうになるのを押し留めた。
・・・実際に大した労力は費やしていないのだが。
でも、コレが対価となるのならば、自分の望みを伝える格好の機会だ。
「対価・・・と言うなら、俺の質問に答えてもらっても良いですか?」
「質問・・・?構わんが・・・」
訝しげな顔をしたクロナを、カンはじぃ、と見据える。
そして、気持ちを落ち着かせるように軽く目を伏せ、一息つき。
無詠唱で【 完全遮音 】を展開してから、口を開いた。
「クロナさん・・・昨日の話の事で確認したいことがあります。」
「ん?」
「・・・貴方は、『約束』の詳細を覚えているのではないですか?」
「っ!?」
ポーカーフェイスのクロナの顔が、一瞬だけ歪んだのを、カンは見逃さなかった。
「『約束』が何に起因するものなのか、貴方は覚えている筈だ。・・・それは先程の『鋼』という絵に描かれた男性由来の物。違いますか?」
「アンタは・・・何を、知っているんだ?」
動揺を隠すように、苛立たしげにクロナはカンを睨む。
「・・・想いあっていた筈の人に、何も告げられず自然消滅させられた上、後からその人が自分の知らない所で死んでいた、と知った女性の、悲哀、後悔・・・ですね。」
「なっ・・・」
思いもかけないカンの台詞に、怯んだクロナの顔をぐ、と睨み返し、その先を続けた。
「・・・悼む思いを何処にもぶつけられず、ずっと自分の中に抱え込んだ末、その女性は、誰かを愛することも愛されることも拒む様になった。それでも、情に絆され漸く受け入れたパートナーがいた。・・・だけど、また、同じ様に病で亡くした。・・・自分が繋がろうとすると、その人が居なくなるからと、自分で呪詛をかけ、幸せになることを拒むんだ。何も、あの人の所為じゃ無いのに。こっちがどんなに想いを伝えたって、根本の思いは変わらない。それでも、少しずつ解れてきたのに・・・その矢先で、貴方の絵を見てしまった。」
ぐ、と息を呑んだのはどちらだったか。
苦しそうな表情で目を伏せたクロナか、
滾る想いをこれ以上溢れさせない様に唇を噛みしめたカンか・・・
「・・・俺の話で、貴方に思い当たる節がないなら、今のは聞かなかったことにしておいて下さい。ただ『約束』を覚えてる、と言うなら。」
「・・・言う、なら?」
「ケリをつけて下さい。」
「それは、どう言う・・・」
「キチンと、二人の想いを終わらせて下さい。じゃないと、あの人は罪悪感で過去に縛られたままだ。・・・貴方が苦しんでることも、死んでしまったことも知らないまま、自分だけのうのうと生きていたんだって。」
「ちょっと待ってくれ・・・アンタは・・・アンタらは『漂流者』ではなかったのか?」
はた、と思い出したように、クロナが告げる。
「そんなの、煩わしさから逃れる“設定”ですよ。力のない『黒持ち』の『迷い人』なんて、パワーゲームに使われるだけだから。それに、貴方が言ったイリューンの事だってある。」
「じゃぁ、アイツは・・・やっぱり、《小川 鈴》なのか・・・?」
戸惑いと、幾らかの喜色に満ちた声が発せられる。
その声を聞いて、カンは胸の奥がぐつりと煮えたぎる様な気がした。
「だったら・・・だったら、どうしますか?」
「そんな、こと、」
「・・・その気がなく、中途半端に思わせぶられるのは迷惑なんだ。小出しにして、あの人からアプローチさせようなんて、そんな事をするつもりなら、いっそ知らないフリをして下さい。」
「っ・・・。」
「これ以上・・・俺は、あの人を煩わせたくはない。漸く、前を向き始めたんだ。噂という悪意に晒させるのも、自責の念に駆られる姿を見るのも、もう嫌なんだ。・・・貴方にも事情や想いがあったんだろうけど・・・あの人との過去に向き合うつもりが無いのなら、もう、この話は持ち出さないで下さい。」
ぎ、と、カンが睨みつけた先に居るクロナは、何かを言おうと口を開いては閉じる。
そのうちに目を伏せ、ぎり、と拳を握り込んだ。
「・・・少し、考え、させてくれ。」
「・・・わかり、ました。」
大きく息を吐き、カンは屋根裏部屋から降りていく。
その途中、ちらりと見たクロナは、拳を握り締め、俯いたままだった。
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