誘惑系御曹司がかかった恋の病

伊東悠香

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1章

1話 偶然の出会い

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「はぁ……」

 既読のつかないSNSアプリの画面を開き、ついため息が漏れる。
 わかっている。
 このお相手は私のことを愛してはいない。
 数ヶ月付き合ったけれど、仕事が鬼のように忙しいと言う彼とは普段連絡がほとんどつかない。
 でもたまに甘い言葉をくれたり、優しい連絡をくれたりするから切るにも切れない。

 夜にしか会えないという事実はあっても、たまに会える瞬間が嬉しくて別れを決断できない。

(そう思いたくないけど、他にも彼女がいるんじゃないかな)

 恋人とは名ばかりで、私は優先順位が低い存在。
 気が向いた時にだけ相手にされている。

(わかってるのに、どうして期待しちゃうんだろう)

 転職先も見つからず、ほうとまた息が漏れる。
 こんなことではまた父に心配をかけてしまう。
 大学の教授をしている父は、小さい頃離婚した母に代わって随分私を甘やかして育ててくれた。
 それはありがたいのだけれど、27歳になる今でも毎日様子を窺ってくるほどに私の将来を心配している。

(親離れ、子離れができてない感じなんだよね……)

「早く安心させてあげたいなあ」

 そう呟いた時、ふと覗いたブランドショップのマネキンが着ていたワンピースに目がとまった。
 秋の色が淡く配色され、可愛い雰囲気とシックな雰囲気が絶妙にブレンドされたデザイン。
 私はガラスに張り付き、思わずまじまじとそのマネキンを見つめてしまった。

「素敵だな。これを着たら、私でもちょっと可愛くなれる気がする」

 容姿に自信がないのは昔からで、あまりグイグイ外に出る性格でもないから余計地味になってしまった。
 そんな自分が、こんなに惹かれる洋服に出会うのは珍しいことで。
 かなり高そうなショップだったけれど、試着してみたい気持ちになっていた。

「いらっしゃいませ」
「っ!」

 驚いて声のした方を見ると、気後れしてしまうほどの美人が立っていた。
 艶のある黒髪は、彼女が首を傾げると同時にサラサラと肩からこぼれる。
 ふわっとその場を包むのは、嫌味ならない程度の花のような香水の香りだ。
 
(すごいオーラ……私、絶対この場にふさわしくない)

 逃げたい気持ちに駆られて一歩足を後ずさると、女性は近づいてきて私に微笑みかけた。

「店内で実際に見てみます? ちょうど試着してくれる人を探してたんです」
「えっ」

 近くなったと同時に花の香りが強くなって軽い眩暈がした。

「でも私……多分、購入とかできません」

 求職中の私がブランド服なんか買えるわけがない。
 それでもその人は構わないと言って私の背にさりげなく手を添え、店内へと導く。

「購入するかどうかはお客様の自由ですよ。こちらは新作の感想を聞かせてもらえるだけでいいので。さあ、どうぞ」
「ふわぁ」

 触れられた手から何か熱いものを感じて、思わず変な声が出てしまった。
 そんな私の反応を見て、彼女はクスリと笑った。
 その笑顔も極上に美しくて、この人をずっと見ていたいと思ってしまう。

(女性なのに、どこか凛としていてカッコいいっていうか……ドキドキしちゃうんですけど)

 お店に足を踏み入れながら、私はいつになく高鳴る鼓動を感じていた。

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