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1章
3話 その頃の瑞樹の心中(SIDE瑞樹)
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恩師の久我先生が適任のアシスタントを紹介するというのでパーティー当日は期待していた。
先生の知り合いなら変な人間はいないだろうし、有能であると思ったからだ。
なのにまさか、先生の娘さんを紹介されるとは当日まで予想していなかった。
(あの時の客が久我先生の娘?)
店で新作のワンピースを気に入ってくれた子だった。
俺の正体を知って、慌てて店を出て行った。
(あぶなっかしい女性だな)
これが第一印象で。
目が澄んでいるな……というのが次の印象だった。
異性を見る独特の色香のある目じゃなく、綺麗なものを見てキラキラさせている少女みたいな輝き。
(吸い込まれる……なんだこの感覚?)
どれだけ有名な女優に会っても、どれだけ美しいモデルと会話しても、こんな気持ちになったことはなかった。
胸の奥に何か小さな炎が灯ったような、そんな気分だ。
(いやまさか、俺がこんな簡単に心を奪われるとか。あり得ない)
そう思いつつ、なぜか無性に側に置いておきたいという衝動が出る。
ちょっかいを出したいような、からかっていたいような、そんな子供じみた衝動だった。
それでもあの時は客だと思って深くは考えないようにしていた。
(にしてもあの時の反応は面白かった。俺の女装ってどれだけ完璧なんだよ)
いろんな経緯の果てに完璧な女装をするようになってから随分経つが、俺が男だと知って彼女は相当に面白い反応を示した。
あんな新鮮な反応を見せられると、こちらとしても笑わずにはいられない。
付き合いの笑いではなく、自然に笑いが漏れたのは久しぶりだった。
(逃げられたから、あれっきりだと思ってたのに……妙な縁があるものだな)
あの日試着しなかったワンピースをしっかり着て、印象もかなり変わるほどのメイクや髪のセットもしてくれているのを見て正直嬉しいと思ったのは否めない。
ただ、なぜかそれを素直に彼女に伝えてやれない自分がいた。
普段の俺なら『可愛いね、似合ってるよ』『素敵ですよ。着てくれて嬉しいな』こんなセリフがサラサラ出てくるのだけれど……なぜか一言も褒めの言葉が出なかった。
それどころか、一度会ったことも覚えていないふりをした。
自分の中に眠っていた少年のような青い感情が、陽毬の登場で炙り出されたみたいだった。
*
飲み過ぎで顔を赤くしている陽毬は、やっぱりあぶなっかしいという印象だ。
アシスタントとして雇うことにしたのも、恩師である久我先生の役に立てるかもしれないと思ったのもある。
(娘が心配だって何度も言ってたけど、確かにこれは心配するかもな)
悪意がないというのは、悪意につけ込まれる要素をたっぷり含んでいるということだ。
猜疑心が少なく、全てを直球で受け止めるストレートさは強みにもなるけれど、最大の弱点にもなり得る。
「じゃあ来週からここに出社して。副社長室は12階の奥だから」
本社の住所が記されている名刺を渡して立ち上がると、陽毬は大きな目をさらに大きくして俺を見上げた。
「あのっ、服装ってどんなのが相応しいですか?」
「……適当でいいよ。君がこれでいいと思うもので」
「は、はい」
世話をお願いしようという相手なのだけれど、逆に俺が世話をしなくちゃいけないんじゃないか?
そんな気持ちにもなるが、それはそれで面白そうだ。
(退屈しのぎのおもちゃみたいな?)
「ふっ」
また自然に笑いが漏れた。
油断しないよう常に気を張っている俺が、陽毬の前だとなぜか緩んでいる。
どうしてなのか。
(疲れすぎてるのかもな)
こんなふうに考え、この時の俺は心の奥にチラチラと灯っている炎には気づかないふりをした。
先生の知り合いなら変な人間はいないだろうし、有能であると思ったからだ。
なのにまさか、先生の娘さんを紹介されるとは当日まで予想していなかった。
(あの時の客が久我先生の娘?)
店で新作のワンピースを気に入ってくれた子だった。
俺の正体を知って、慌てて店を出て行った。
(あぶなっかしい女性だな)
これが第一印象で。
目が澄んでいるな……というのが次の印象だった。
異性を見る独特の色香のある目じゃなく、綺麗なものを見てキラキラさせている少女みたいな輝き。
(吸い込まれる……なんだこの感覚?)
どれだけ有名な女優に会っても、どれだけ美しいモデルと会話しても、こんな気持ちになったことはなかった。
胸の奥に何か小さな炎が灯ったような、そんな気分だ。
(いやまさか、俺がこんな簡単に心を奪われるとか。あり得ない)
そう思いつつ、なぜか無性に側に置いておきたいという衝動が出る。
ちょっかいを出したいような、からかっていたいような、そんな子供じみた衝動だった。
それでもあの時は客だと思って深くは考えないようにしていた。
(にしてもあの時の反応は面白かった。俺の女装ってどれだけ完璧なんだよ)
いろんな経緯の果てに完璧な女装をするようになってから随分経つが、俺が男だと知って彼女は相当に面白い反応を示した。
あんな新鮮な反応を見せられると、こちらとしても笑わずにはいられない。
付き合いの笑いではなく、自然に笑いが漏れたのは久しぶりだった。
(逃げられたから、あれっきりだと思ってたのに……妙な縁があるものだな)
あの日試着しなかったワンピースをしっかり着て、印象もかなり変わるほどのメイクや髪のセットもしてくれているのを見て正直嬉しいと思ったのは否めない。
ただ、なぜかそれを素直に彼女に伝えてやれない自分がいた。
普段の俺なら『可愛いね、似合ってるよ』『素敵ですよ。着てくれて嬉しいな』こんなセリフがサラサラ出てくるのだけれど……なぜか一言も褒めの言葉が出なかった。
それどころか、一度会ったことも覚えていないふりをした。
自分の中に眠っていた少年のような青い感情が、陽毬の登場で炙り出されたみたいだった。
*
飲み過ぎで顔を赤くしている陽毬は、やっぱりあぶなっかしいという印象だ。
アシスタントとして雇うことにしたのも、恩師である久我先生の役に立てるかもしれないと思ったのもある。
(娘が心配だって何度も言ってたけど、確かにこれは心配するかもな)
悪意がないというのは、悪意につけ込まれる要素をたっぷり含んでいるということだ。
猜疑心が少なく、全てを直球で受け止めるストレートさは強みにもなるけれど、最大の弱点にもなり得る。
「じゃあ来週からここに出社して。副社長室は12階の奥だから」
本社の住所が記されている名刺を渡して立ち上がると、陽毬は大きな目をさらに大きくして俺を見上げた。
「あのっ、服装ってどんなのが相応しいですか?」
「……適当でいいよ。君がこれでいいと思うもので」
「は、はい」
世話をお願いしようという相手なのだけれど、逆に俺が世話をしなくちゃいけないんじゃないか?
そんな気持ちにもなるが、それはそれで面白そうだ。
(退屈しのぎのおもちゃみたいな?)
「ふっ」
また自然に笑いが漏れた。
油断しないよう常に気を張っている俺が、陽毬の前だとなぜか緩んでいる。
どうしてなのか。
(疲れすぎてるのかもな)
こんなふうに考え、この時の俺は心の奥にチラチラと灯っている炎には気づかないふりをした。
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