19 / 29
2章
5話 本当に大切にしてくれる人(1)
しおりを挟む
あれから数日経った。
アシスタント兼恋人の契約が再度結ばれてからの生活は、意外にも特に以前とは変わらなかった。
「陽毬、午後の予定は2件だったかな」
「はい。1件は先方がこちらに出向いてくださるので、15時にはオフィスに戻った方がいいかと」
「わかった」
こんな会話だけで1日が終わることもあり、特別恋人感を出すようなことはない。
多少それっぽいシチュエーションがあるとしたら、食事へのお誘いくらいだ。
「疲れたな……今日の夕飯に付き合ってもらえないかな」
「いいですよ。いつものレストランにしますか?」
「いや、今日は陽毬が入りやすそうなイタリアンにしてよ」
「探してみます」
私が行くイタリアンといえば安くて美味しいファミレスなんだけれど。
流石に瑞樹さんと食事するにはちょっと違う感じがして、友人と行ったことのある隠れ家的パスタ屋さんを予約してそこへ向かった。
あまり高くないグラスワインを頼んで、お互いが好みだと思われるパスタを注文する。
瑞樹さんは不満もなくワインを口にして、パスタも綺麗に平らげた。
「悪くないね。ここ、よく来るの?」
ナプキンで口を拭いながら尋ねられ、私はフォークを置いて頷く。
「高校からの友達とよく来るんです。結構リーズナブルだし、雰囲気も好きで」
「なるほどね」
店内をぐるっと見回して、瑞樹さんはふっと目を細めた。
「高校時代の陽毬か……可愛かったね」
「え?」
「覚えてないだろうけど。先生を訪ねて君の家に行った時、陽毬が制服姿で紅茶を出してくれたんだよ」
「そ、そうだったんですか」
(ぜんぜん覚えてない。でもそっか……やっぱり瑞樹さんとは高校時代に会ってたんだ)
こんな素敵な人を覚えてないなんて、当時の私はよっぽど誰のことも見てなかったんだろう。
お客様が持ってきてくれた美味しそうなお菓子を皿に移して、ちょっとつまみ食いして。
それから紅茶かコーヒーを淹れてお出しする。
これが私のできる精一杯の接客だった。
「まあ、当時の陽毬に会ってたんだなって思い出したのは最近なんだけどね」
「そうなんですか?」
瑞樹さんはうんと頷いて、当時も今も女性の顔はあんまり覚えないのだという。
「仕事上必要な人は写真みたいにして記憶するけどね。心には入れない」
(写真みたいに記憶……そんなこと可能なんだ)
よっぽど恋愛というものが面倒だったのだろうか。
おそらく猛烈にモテる人なはずだけれど、彼の心に入り込めた人はいなかったということなのかな。
「そんな中で、なぜか陽毬だけは俺の心の扉を開けた……ってわけ」
「っ」
こんな決め台詞を言われたら、ドキッとしないではいられない。
最初の頃はからかってるんじゃないかと思っていたけれど、最近では本当に瑞樹さんは私を待ってくれているんじゃないかと感じる時がある。
その理由の一つに、再契約した時以来、彼は私に強引に迫ってきたりしなくなった。
キスどころか、手を繋いだりハグしたりすることもない。
仕事上どうしても触れなきゃいけない時は、「触れていい?」と確認してからという徹底ぶりだ。
(嫌われたっていうわけでもなさそうなんだよね)
嫌なら私を側に置いておくわけがない。そういう人だ。
ということは、やっぱり私がタカちゃんと別れるのを待っているということなのかな?
(どうしていいかまだわからないけど。このままでもいいって思ってしまうのは私だけかな)
いつ別れるの? いつ答えが出るの?
瑞樹さんから、こんな質問をしょっちゅうされていたら、かなり困っていただろうから。
アシスタント兼恋人の契約が再度結ばれてからの生活は、意外にも特に以前とは変わらなかった。
「陽毬、午後の予定は2件だったかな」
「はい。1件は先方がこちらに出向いてくださるので、15時にはオフィスに戻った方がいいかと」
「わかった」
こんな会話だけで1日が終わることもあり、特別恋人感を出すようなことはない。
多少それっぽいシチュエーションがあるとしたら、食事へのお誘いくらいだ。
「疲れたな……今日の夕飯に付き合ってもらえないかな」
「いいですよ。いつものレストランにしますか?」
「いや、今日は陽毬が入りやすそうなイタリアンにしてよ」
「探してみます」
私が行くイタリアンといえば安くて美味しいファミレスなんだけれど。
流石に瑞樹さんと食事するにはちょっと違う感じがして、友人と行ったことのある隠れ家的パスタ屋さんを予約してそこへ向かった。
あまり高くないグラスワインを頼んで、お互いが好みだと思われるパスタを注文する。
瑞樹さんは不満もなくワインを口にして、パスタも綺麗に平らげた。
「悪くないね。ここ、よく来るの?」
ナプキンで口を拭いながら尋ねられ、私はフォークを置いて頷く。
「高校からの友達とよく来るんです。結構リーズナブルだし、雰囲気も好きで」
「なるほどね」
店内をぐるっと見回して、瑞樹さんはふっと目を細めた。
「高校時代の陽毬か……可愛かったね」
「え?」
「覚えてないだろうけど。先生を訪ねて君の家に行った時、陽毬が制服姿で紅茶を出してくれたんだよ」
「そ、そうだったんですか」
(ぜんぜん覚えてない。でもそっか……やっぱり瑞樹さんとは高校時代に会ってたんだ)
こんな素敵な人を覚えてないなんて、当時の私はよっぽど誰のことも見てなかったんだろう。
お客様が持ってきてくれた美味しそうなお菓子を皿に移して、ちょっとつまみ食いして。
それから紅茶かコーヒーを淹れてお出しする。
これが私のできる精一杯の接客だった。
「まあ、当時の陽毬に会ってたんだなって思い出したのは最近なんだけどね」
「そうなんですか?」
瑞樹さんはうんと頷いて、当時も今も女性の顔はあんまり覚えないのだという。
「仕事上必要な人は写真みたいにして記憶するけどね。心には入れない」
(写真みたいに記憶……そんなこと可能なんだ)
よっぽど恋愛というものが面倒だったのだろうか。
おそらく猛烈にモテる人なはずだけれど、彼の心に入り込めた人はいなかったということなのかな。
「そんな中で、なぜか陽毬だけは俺の心の扉を開けた……ってわけ」
「っ」
こんな決め台詞を言われたら、ドキッとしないではいられない。
最初の頃はからかってるんじゃないかと思っていたけれど、最近では本当に瑞樹さんは私を待ってくれているんじゃないかと感じる時がある。
その理由の一つに、再契約した時以来、彼は私に強引に迫ってきたりしなくなった。
キスどころか、手を繋いだりハグしたりすることもない。
仕事上どうしても触れなきゃいけない時は、「触れていい?」と確認してからという徹底ぶりだ。
(嫌われたっていうわけでもなさそうなんだよね)
嫌なら私を側に置いておくわけがない。そういう人だ。
ということは、やっぱり私がタカちゃんと別れるのを待っているということなのかな?
(どうしていいかまだわからないけど。このままでもいいって思ってしまうのは私だけかな)
いつ別れるの? いつ答えが出るの?
瑞樹さんから、こんな質問をしょっちゅうされていたら、かなり困っていただろうから。
5
あなたにおすすめの小説
包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。
恋色メール 元婚約者がなぜか追いかけてきました
國樹田 樹
恋愛
婚約者と別れ、支店へと異動願いを出した千尋。
しかし三か月が経った今、本社から応援として出向してきたのは―――別れたはずの、婚約者だった。
お前が欲しくて堪らない〜年下御曹司との政略結婚
ラヴ KAZU
恋愛
忌まわしい過去から抜けられず、恋愛に臆病になっているアラフォー葉村美鈴。
五歳の時の初恋相手との結婚を願っている若き御曹司戸倉慶。
ある日美鈴の父親の会社の借金を支払う代わりに美鈴との政略結婚を申し出た慶。
年下御曹司との政略結婚に幸せを感じることが出来ず、諦めていたが、信じられない慶の愛情に困惑する美鈴。
慶に惹かれる気持ちと過去のトラウマから男性を拒否してしまう身体。
二人の恋の行方は……
肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです
沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!
ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~
cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。
同棲はかれこれもう7年目。
お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。
合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。
焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。
何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。
美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。
私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな?
そしてわたしの30歳の誕生日。
「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」
「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
鬼隊長は元お隣女子には敵わない~猪はひよこを愛でる~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「ひなちゃん。
俺と結婚、しよ?」
兄の結婚式で昔、お隣に住んでいた憧れのお兄ちゃん・猪狩に再会した雛乃。
昔話をしているうちに結婚を迫られ、冗談だと思ったものの。
それから猪狩の猛追撃が!?
相変わらず格好いい猪狩に次第に惹かれていく雛乃。
でも、彼のとある事情で結婚には踏み切れない。
そんな折り、雛乃の勤めている銀行で事件が……。
愛川雛乃 あいかわひなの 26
ごく普通の地方銀行員
某着せ替え人形のような見た目で可愛い
おかげで女性からは恨みを買いがちなのが悩み
真面目で努力家なのに、
なぜかよくない噂を立てられる苦労人
×
岡藤猪狩 おかふじいかり 36
警察官でSIT所属のエリート
泣く子も黙る突入部隊の鬼隊長
でも、雛乃には……?
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される
絵麻
恋愛
桐島花は父が病没後、継母義妹に虐げられて、使用人同然の生活を送っていた。
父の財産も尽きかけた頃、義妹に縁談が舞い込むが継母は花を嫁がせた。
理由は多額の結納金を手に入れるため。
相手は二十五歳も歳上の、海軍の大佐だという。
放り出すように、嫁がされた花を待っていたものは。
地味で冴えないと卑下された日々、花の真の力が時東邸で活かされる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる