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2章
佐伯の過去(彼目線)
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付き合うことを提案した途端、槙野は困った表情で黙ってしまった。
(それはそうかもしれない。俺の事情を少し話せばわかってくれるだろうか、ここまでまわりくどくなってしまった理由を)
一呼吸置いて、俺は口を開いた。
「この前、俺は槙野に理不尽なことを言ったと思う。自分を大事にしない女性は大嫌いだって」
「言いましたね。結構、きつかったです」
「過去の記憶が重なって出てしまった言葉で……ごめん、あの時は言いすぎた」
「……過去って、どんなことですか?」
槙野は警戒心を解いた様子で俺の顔を見つめた。
真っ直ぐで他人を疑わない、彼女特有の眼差しだ。
(この純粋さが好きなんだよな。彼女は俺の過去を話したらどんな顔をするだろう)
軽蔑されるかもしれないと思うと、正直なことを口にすることができない。
(女性との付き合いには辟易していると思っていたのに、槙野に軽蔑されるのは怖いなんてな……)
つい笑いが込み上げそうになる。
(何から話そうか)
グラスの中のアルコールを飲み干してから、俺は心の奥にしまっていた記憶をひきずりだした。
***
俺の実家は地元ではわりと名の知れた老舗の旅館だ。
傍にいてくれたのは母親ではなく、旅館で働いているスタッフの誰かだった。
女将として働く母親が子どもにかかりきりになれないのは当然のことだ、理解していた。
なのに、布団に母親は戻ってないかと夜中に何度も確認する癖が抜けなかった。
(望んだって無駄なのに。僕は普通の家の子じゃないんだから)
こんな思い込みを抱きながら、俺はどこか子どもらしさのないまま成長していった。
その事件は高校1年のある夜に起きた。
わりと親しくしていた佳苗という女性が、風呂に入っている最中にタオルを巻いただけの姿で入ってきたのだ。
「っ、佳苗さん?」
俺がいると分かっていて入ってきたのか、彼女は動じる気配もなく軽くお湯で体を流して湯船に入ってくる。
初めて見る彼女の肌は驚くほど白くて、柔らかそうだった。
この頃、佳苗さんは30歳くらいだったかと思うが、定かじゃない。
年齢などわからないほどに彼女は綺麗で、女性の魅力を全身にまとっていた。
泊まり客も入る大きめの風呂だったとはいえ、女性と一緒に風呂に入るなんてもうずっとなかった。だからか、俺はつい彼女が湯船に浸かるまでの姿を眺めてしまった。
(あ、俺が先に出るべきか)
はっと我にかえり、なるべく佳苗さんを見ないように湯船から上がろうとした。
すると、艶のある声で名を呼ばれた。
「恭弥くん。待って」
佳苗さんはお湯から立ち上がると、お湯で濡れた手で俺の頬に触れた。
眼差しはうっとり潤んでいて、まるでお酒に酔っているような表情だ。
「……酔ってるんですか」
「ううん。でも恭弥くんがあんまり旦那様に似てるから、見惚れてはいるかな」
(旦那様って、親父のことか?)
この時は詳しくわからなかったが、佳苗さんは俺の親父が手を出していたスタッフの一人だった。
外にも内にも女を作る親父だったけれど、母親はそんな父を許し続けていた。
『私のところへ帰ってくる人だから。本当は可愛い人なのよ』
何度もそんなことを呟いていたけれど、表情はいつだって悲しげだったのを覚えている。
「何……する気ですか」
身動きのとれない俺を見上げ、彼女は微笑みながら俺の鎖骨に指で触れた。
「いいこと」
(それはそうかもしれない。俺の事情を少し話せばわかってくれるだろうか、ここまでまわりくどくなってしまった理由を)
一呼吸置いて、俺は口を開いた。
「この前、俺は槙野に理不尽なことを言ったと思う。自分を大事にしない女性は大嫌いだって」
「言いましたね。結構、きつかったです」
「過去の記憶が重なって出てしまった言葉で……ごめん、あの時は言いすぎた」
「……過去って、どんなことですか?」
槙野は警戒心を解いた様子で俺の顔を見つめた。
真っ直ぐで他人を疑わない、彼女特有の眼差しだ。
(この純粋さが好きなんだよな。彼女は俺の過去を話したらどんな顔をするだろう)
軽蔑されるかもしれないと思うと、正直なことを口にすることができない。
(女性との付き合いには辟易していると思っていたのに、槙野に軽蔑されるのは怖いなんてな……)
つい笑いが込み上げそうになる。
(何から話そうか)
グラスの中のアルコールを飲み干してから、俺は心の奥にしまっていた記憶をひきずりだした。
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俺の実家は地元ではわりと名の知れた老舗の旅館だ。
傍にいてくれたのは母親ではなく、旅館で働いているスタッフの誰かだった。
女将として働く母親が子どもにかかりきりになれないのは当然のことだ、理解していた。
なのに、布団に母親は戻ってないかと夜中に何度も確認する癖が抜けなかった。
(望んだって無駄なのに。僕は普通の家の子じゃないんだから)
こんな思い込みを抱きながら、俺はどこか子どもらしさのないまま成長していった。
その事件は高校1年のある夜に起きた。
わりと親しくしていた佳苗という女性が、風呂に入っている最中にタオルを巻いただけの姿で入ってきたのだ。
「っ、佳苗さん?」
俺がいると分かっていて入ってきたのか、彼女は動じる気配もなく軽くお湯で体を流して湯船に入ってくる。
初めて見る彼女の肌は驚くほど白くて、柔らかそうだった。
この頃、佳苗さんは30歳くらいだったかと思うが、定かじゃない。
年齢などわからないほどに彼女は綺麗で、女性の魅力を全身にまとっていた。
泊まり客も入る大きめの風呂だったとはいえ、女性と一緒に風呂に入るなんてもうずっとなかった。だからか、俺はつい彼女が湯船に浸かるまでの姿を眺めてしまった。
(あ、俺が先に出るべきか)
はっと我にかえり、なるべく佳苗さんを見ないように湯船から上がろうとした。
すると、艶のある声で名を呼ばれた。
「恭弥くん。待って」
佳苗さんはお湯から立ち上がると、お湯で濡れた手で俺の頬に触れた。
眼差しはうっとり潤んでいて、まるでお酒に酔っているような表情だ。
「……酔ってるんですか」
「ううん。でも恭弥くんがあんまり旦那様に似てるから、見惚れてはいるかな」
(旦那様って、親父のことか?)
この時は詳しくわからなかったが、佳苗さんは俺の親父が手を出していたスタッフの一人だった。
外にも内にも女を作る親父だったけれど、母親はそんな父を許し続けていた。
『私のところへ帰ってくる人だから。本当は可愛い人なのよ』
何度もそんなことを呟いていたけれど、表情はいつだって悲しげだったのを覚えている。
「何……する気ですか」
身動きのとれない俺を見上げ、彼女は微笑みながら俺の鎖骨に指で触れた。
「いいこと」
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